病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その39
二度寝どころの話ではなくなってしまった。
そのすぐ後に、事件は起こった。
『白縫病院』を出た僕たちは、『海沿保育園』へと帰るため、町の駅を目指していた。
目指した・・・ところまでは良かったのだが。
「・・・変ですね」
思案顔で、沖さんが呟く。
「駅は確か、こちらの方向だったと思うのですが・・・。優くん。どこかで道を間違えてしまったでしょうか?」
「いや、そんなことはないと思うんですけど・・・」
病院を出て一時間後。
僕たちはまだ、駅に到着できていなかった。
病院から駅までは本来、二十分程度で着けるはずなのだけれど・・・沖さんの言う通り、確かに何か変だ。
「似たような道に出てしまったっていうことはないんですか?柳瀬さん。この辺の路地、同じようなところが多いですし」
「うーん・・・仕事に行くときに、この辺の道はよく通っていたから、迷うことはないと思うんだけど・・・」
似たような道が多いといっても、ここまでそっくりな路地が並んでいるとは思えない。実際、駅の屋根はすぐそこまで見えているのだ。なのに・・・近づけない。駅のある方向には進んでいるはずなのに、全然辿り着けない。
これはもう、道に迷ったとか、方向音痴だとか、そういうレベルの話ではなくなってくる。一応、スマホのマップ機能で道を確認してみたり、道を変えて近づこうとしてみたが、残念ながら無駄な努力だった。
気付けば、病院を出てから既に一時間半が経過してしまった。このままでは、いつまでたっても『海沿保育園』に戻れないだろう。・・・・・もちろん、二度寝などもってのほかだ。
「どうしますか?沖さん。隣町まで歩いて、そこから電車に乗るって手段もありますけど」
「そうですね・・・。試してみる価値は、あるかもしれませんが・・・」
沖さんは、あまり乗り気ではなさそうだ。まあ言ってはみたものの、僕だって、「隣町まで行ってみる」という手段を、本当に実行してみようという気はあまりない。
おそらく。おそらくだが。
これは『白縫グループ』からの、何らかの「攻撃」であると見るべきなのだろう。『白縫病院』の人間の失踪と、この「迷い道」が、まったくの無関係であると考えるほど、僕も楽観的ではない。だとすれば、「隣町まで行く」なんて愚策は、とっくに対策されてしまっているだろう。その程度のことが予想出来ないほど、彼らもバカではないはずだ。
「蓮鳥さん。道を複雑したり、人を迷わせたりする『病』を持っている『病持ち』の人って、いなかったかな?」
「さあ・・・。そんな『病』、聞いたことありません。少なくとも『白縫病院』には、そんな人はいなかったと思いますけど」
「そっか・・・」
だとすれば・・・どう動くべきなんだ?蓮鳥さんに聞いても分からない『病』を持った人間が動いているとなれば、この「迷い道」を抜け出すのは至難の技だろう。そう簡単に、帰らせてもらえるとは思えない。
いや・・・そもそも。
そもそも彼らは何故、こんなことをしてきたんだ?何故こんな、ちょっかいを出すような真似を?
考えられるのは、再び『白羽病院』が僕の命を狙ってきたというケース。正直、このパターンが一番あり得そうな気がする。けれどそれならば、粒槍のときと同じように、僕が一人のときを狙ってくると思うのだけれど・・・。
他に考えられるのは・・・。
「・・・沖さん。ひとまず手分けして、この周辺を散策してみませんか?もしも、人を迷わせる『病持ち』の人間がいるとすれば、その人を探し出せれば、この状況も打開できるかもしれませんし」
「手分けして散策、ですか・・・。しかし、バラバラになるのは、余計に危険な気もします。固まって動いた方が、安全に行動できると思いますが・・・」
「でも、それ以外に出来ることもないんじゃないですか?これ以上、駅の周りをウロウロしていても、打開策は見つからないような気がします」
「そうですね・・・」
と、沖さんは、顎鬚に手を当てる。どういう判断を下すべきか迷っている、といった表情だろうか。
「・・・では少しの間、別行動をとることにしましょう。ただし、あまり遠くまでは行かず、危険な状況に遭遇した場合は、すぐにこの辺りに戻ってくると約束してください。三十分間捜索して何も見つからなかった場合は、もう一度、この場所に集合しましょう。・・・それでいいですか?優くん」
「ええ。了解しましたよ」
「鳩音さんも、それで大丈夫ですか?」
「はい。いざとなれば私は、『鳥目の病』で姿を消すことも出来ますし」
「それでも・・・無理はしないでくださいね。本当に危険な状況になったときは、私が君たちの盾になりますから。いつでも、私を呼んでください」
沖さんはそう言って、笑みを浮かべる。
『絶死の病』、ね・・・。それだけで僕らの盾になれるのかどうかは、甚だ疑問だけれど。
だが確かに、蓮鳥さんには『鳥目の病』、沖さんには『絶死の病』がある。この別行動において最も危険なのは、僕ということになるのか・・・。
しかし、それでも。
この別行動には、意味はあるはずだ。
「それでは・・・また、三十分以内に会いましょう」
そして僕たち三人は、それぞれ別方向に足を向けた。沖さんは、来た道を引き返すように『白縫病院』の方へ。蓮鳥さんは、駅周辺を取り巻くアーケード街の方へ。
僕はといえば・・・。
「ふう・・・・・」
駅周辺のカフェで、一息ついていた。
うん、アイスコーヒーが美味しい。真夏の空の下を歩いて乾いた喉に、冷たいコーヒーが染み渡る。ついでに頼んだガトーショコラも、ちょうどいい甘さだ。そんなに広くない、昔ながらの外観のカフェだったけれど、こういうお店も良いものだ。
沖さんと蓮鳥さんは今頃、この状況の打開策を探っているのだろうか?
・・・いや、僕だってサボっているわけじゃない。歩き回って疲れたからといって、カフェでボーっとしているわけではないのだ。
もしも、僕の予想通りならば・・・。
「やあ、こんにちは」
と。
不意に、声を掛けられる。
いや・・・不意ではなかったか。
そういう展開になるかもしれないと、何となく予想できていたのだから。
「ここ、いいかい?」
「・・・ええ」
僕の向かいの席を指差す男に、僕は応答する。
男は、真っ白だった。
頭の白髪から、足のブーツの先まで真っ白。この真夏だというのにピッシリと着ているスーツもまた、真っ白だ。けれどそのスーツ姿も、全然暑苦しそうではない。
真っ白で綺麗で、それでいて輝かしい。
目を覆ってしまいそうな、そんな輝かしさだ。
男は言った。
「初めまして。柳瀬優くん」
椅子に深く座り、彼は軽く微笑む。
「君に会えるのを、楽しみにしていたよ」
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