病名(びょうめい)とめろんぱん
病名とめろんぱん その37
「えーと・・・・・蓮鳥さん?遅くなって、悪かったね。待った?」
「・・・いえいえ、全然待ってないですよ。ほんの一時間くらいですよ。この真夏の夜中に一時間待つくらい、私には余裕ですよ。ええ」
ジトッとした視線をこちらに向ける、蓮鳥さん。・・・どうやら、相当怒っているようだ。
濱江さんとの怪しげな会話を終えた僕は、『白縫病院』の入り口付近にて、無事に蓮鳥さんと合流した。
病院を脱出する際に再び、あの恐怖心を煽る謎の人間(人間・・・でいいんだよな?)に追いかけ回されるのではないかとヒヤヒヤしたが、どうやらその心配は必要なかったらしい。またしても逃走劇を繰り広げる、ということはなかった。
・・・濱江さんが、何かしら手を打ってくれたということだろうか?
いずれにせよ、何事もなく敵の懐から逃げ出せたのは幸いだった。・・・蓮鳥さんを一時間近く待たせてしまった、ということを除けばだが。
「・・・で?出てくるのにこれだけ時間がかかったということは、『病』に関する何かしらの情報を得られた、ということですか?」
「ああ。誰にも見つからずに、というわけにはいかなかったけれどね」
僕は蓮鳥さんに、濱江さんと交わした会話の一部を話すことにした。
もちろん、『忘失の病』や、社会復帰云々の話は伏せる。この情報は、僕の後々の生活に活かすとしよう。『病』の業界を抜け出そうなんていう企みは、他人に知られない方が良いに決まっている。
だから話すのは、『強心症の病』のことと、『白羽病院』の裏事情のことだ。
周りの人間の恐怖心を煽る、『強心症の病』。
『白縫グループ』に属していながらも、かなりの自由が許されている『白羽病院』。
どちらも厄介な事実であることは間違いないが、僕にとって重要な情報は、どちらかといえば後者だ。『白縫病院』からは手が出せず、『白縫グループ』の重役からの介入も難しいとなると・・・『白羽病院』との交渉方法に関しては、かなり頭を悩ませないといけないだろう。
「濱江愁子?」
と、しかし、蓮鳥さんが驚いたのは、その名を聞いたときだった。
「濱江愁子本人と、交渉をしてきたってことですか?」
「・・・そうだけど」
「・・・その人、『白縫病院』の院長ですよ?」
「あー・・・やっぱり?」
「やっぱりって・・・・・最初から分かっていたんですか?濱江愁子が院長だと分かった上で、交渉をするつもりだったと?」
「いや、最初から分かっていたわけではないんだけど・・・」
しかし、あの人にはなんとなく、そんな雰囲気があった。リーダーとしてオーラというか、人を束ねるカリスマ性というか・・・上に立つ人間が持つ、独特な雰囲気だ。性格は違うかもしれないが、機桐孜々に近いものを感じた。
それだけではない。
『強心症の病』や、『忘失の病』、『白羽病院』の情報を握っているという時点で、普通の職員ではないだろうということは予想がついた。ある程度、肩書きのある職員でなければ、あれほどの情報は知り得ないだろう。
・・・院長だとは、さすがに思わなかったけれど。
それも、機桐さんのような、『オモテ』の院長ではないだろう。『病』のこと知り、『病持ち』を秘密裏に保護する、『ウラ』の院長。『白縫グループ』の上の人間とも、相当強い繋がりがあるはずだ。
随分な人と、縁を持ってしまったものだ。
「そういえば、濱江さんから蓮鳥さんに伝言。『元気でやれよ』、だってさ。それから、『責任はこっちでとる』って」
「・・・そうですか」
と、蓮鳥さんは、少し複雑そうな表情になる。
まあ・・・満面の笑み、というわけにはいかないだろう。
「元気でやれよ」、ということは。
「戻って来なくていい」、ということでもあるのだから。
それに、蓮鳥さんがしてしまったことの責任の大きさを、突きつけられてしまったということでもある。これから自立しようという蓮鳥さんには、耳の痛い話だろう。
結局、『白縫病院』という組織の力を借りなければ、彼女は、彼女自身の責任をとれなかったということになるのだ。
彼女がこれから、普通の生活に戻れるかどうか。
普通の幸せを、手に入れられるかどうか。
・・・僕には、予想もつかないことだ。
蓮鳥さんはチラリと、『白縫病院』の上階の方へと視線を向ける。
「・・・蓮鳥さん。本当は、『白縫病院』に戻りたいんじゃないのかい?」
「・・・まさか」
と、彼女は病院から視線を外す。
「私はもう、ここに戻るつもりはありませんよ。自立したいと、そう言ったじゃないですか」
「それは、『戻るつもりはない』じゃなくて、『戻れない』の間違いじゃないのかい?」
犯した罪を背負ったまま、重い責任を背負ったまま、かつての住処には戻れない。戻ったところで、罪も責任も、肩から降ろすわけにはいかない。それらをどうにか出来るほどの強さは、彼女には備わっていない。
ならば、住処を捨て、責任はすべて『白縫病院』に押し付けてしまえばいい。その方が、彼女にとっては楽なはずだ。
「戻るつもりはない」、とは。
そういうことではないのか?
「・・・・・」
再び彼女は、ジトッとした視線をこちらに向ける。
「間違ってないですよ」
と、少し怒気を帯びた声で、彼女は言った。
「あんまり詮索しないでくださいよ・・・・・私たちは、仲の良いお友達、ではありませんよね?」
「・・・そうだね。悪かったよ」
確かに、少し踏み込みすぎた。他人の気持ちを分かりもしない僕が、こんなことを言うべきではなかった。
僕も別に、彼女を責めているわけではないのだ。彼女がどんな生き方を選択しようが、僕にとってはどうでもいいことだ。許す許さない以前に、そんなことは問題ではない。
僕が許せないのは。
僕を殺そうとしたという、ただ一点のみだ。
「それで、柳瀬さん。これからどうするんです?」
「どうするといっても・・・今晩中に出来ることは、これ以上はないかな。だいぶ夜も更けてしまったけれど、ホテルに戻って体を休めよう」
「いやいや・・・そうじゃなくって」
と、彼女は笑った。
悪戯好きの、子どものように。
「まさか柳瀬さん。仲間を一時間も待たせたのを、『悪かった』の一言で済ませようとは思っていませんよね?」
「へえ、僕のことを仲間だと思っていてくれたとは。意外だな」
「・・・・・共犯者を一時間も待たせたのを、『悪かった』の一言で済ませようとは思っていませんよね?」
仲間が共犯者になってしまった。
物騒な間柄である。
「ちょうどあそこに、二十四時間営業のコンビニがあります」
そう言うと彼女は、道路の向かい側を指差した。
「私、プリンが食べたい気分です。なう」
「・・・・・」
意地悪そうな笑顔を浮かべながら、プリンを要求してくる蓮鳥さんだった。まあ・・・プリンで機嫌が直るなら、安いものだが。
でも、「なう」って。
最近の若者かよ・・・・・いや実際、最近の若者か。年齢的には、女子高生くらいのはずだし。
やっぱりこの子、ロクな変化をしてないんじゃないのか?
将来が心配である。
・・・人のことを言えないけれど。
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