病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その15



「いや・・・ちょっと、待ってくださいよ。信条さん」


 と、僕は口を挟む。
 なんだか、名探偵の側にいる、冴えない助手みたいなセリフになってしまったが・・・。
 しんじょうさんの助手になんて、絶対になりたくない。


「僕の名前を名乗っているからといって、僕に関わろうと思っているとは限らないでしょう?僕に、罪を擦りつけようとしているだけかもしれないじゃないですか」


 ・・・と、これはばたさんの推理だけれど。しかし、その可能性はあるわけだ。もし犯人がそれを狙っているのだとすれば、接触しようとしてくるどころか、なるべく僕を避けようとするはずである。


「いや、だから確信があるわけじゃねえって。話、聞いてたか?人の話を聞くときは、手を膝に置いて耳を傾けろよ」
「手を膝に置いたら、それこそ事故になりますけど・・・」


 マナーを守ることで、交通ルールを破ることになる。


「こんなのはただの直感だよ。特に根拠もねえ。ただ、お前に罪を擦りつけようとしているとしても、お前と関連する事件ばかりを起こす必要はないわけだろ?放火やら少女誘拐やら・・・。それも、被害は最小限だって話だったな」


 おかしいじゃねえか。と、信条さんは眉間にしわを寄せる。


「すべての罪をお前に被せるつもりなら、もっと派手に事件を起こしちまえばいい。小規模な放火をしたり、攫った少女を無傷で放置したりはしねえだろ。違うか?」


 うーん・・・・・確かに、それはそうかもしれない。
 それにそれらの事件だって、傍から見れば、僕と直接関係あるものだとは言い切れないのだ。
 確かに僕の視点から見れば、明らかに僕と関連性のある事件ばかり引き起こしているように見える。
 しかし、何も知らない人間(『やまい』のことや、莉々ちゃんの事件のことを知らない人間、という意味だ) から見れば、「やなゆう」と、「マンション放火」や「少女誘拐事件」との関係性なんて、パッと見では分からないはず。
 機桐はたぎりさんが殺された事件だって、『シンデレラ教会』が警察に通報していない以上、世間に知られることはないはずだ。『病持ち』に関わる組織である『シンデレラ教会』が、警察に頼るというわけにもいかないだろう。
 そういう意味では、事件を起こした際に「柳瀬優」を名乗ったとしても、「『柳瀬優』に関わりのある事件ばかりだ!」、「この名前の男が犯人だ!」とはならない・・・・はずだ。せいぜい、重要参考人として名前が挙がるのが関の山だろう。
 ならば・・・やはり犯人は、僕に接触しようとしているのだろうか?これだけ事件を起こした後で?
 一体・・・・・なんのために?


「やっぱり・・・」
「あん?」
「やっぱり、僕を殺そうとしているってことなんですかね?機桐さんを殺したのは、『次はお前を殺す』っていうメッセージなんじゃ・・・」
「さあな。そこまでは、私にも分かんねえよ。お前を殺そうとしてんのか、それとも別の目的があるのか・・・。だが、私たちが行かなきゃいけない場所は、これで決まったな」
「ええ」


 寄り道せず、さっさと『海沿かいえん保育園』に戻るとしよう。


「・・・ありがとうございました。おきさん」


 部屋へと戻って来た草羽くさばねは、そう言って、沖飛鳥あすかに頭を下げた。少し眠って疲れがとれたのか、その顔は引き締まっている。


「ショックで落ち込んでいた使用人たちも、少しは気持ちが晴れたようです・・・本当に、ありがとうございました」
「そんなにお礼を言われることを、した覚えはありませんよ。私は、私にできることをしたまでです」


 沖は微笑んだ。
 実際、沖自身、大したことはしていないと思っている。
 彼がやったのは、『シンデレラ教会』の厨房を借りてあんぱんを作り、住人に配って回りながら話を聞くという、極々単純なことである。信条じんが予想していた通りのことだ。
 住人たちの悲しみや辛さをしっかり受け止められたとは、とてもいえない。
 彼らを慰めることができたとは、とてもいえない。
 ただ笑顔であんぱんを配り、ほんの少しばかり話を聞いただけである。
 「お前に何が分かる!」と、怒鳴られもした。「パンなんかいらない」と、冷たくあしらわれたりもした。
 だが、沖に感謝する住人がいたことも確かである。「ありがとう」と、その優しさにお礼を言う者も、確かにいたのだ。


「一生引きずってしまうような心の傷を、彼らが負っていなければいいんですが・・・」
「どうでしょう。彼らの中には、『一生、ご当主様に仕える』と、誓っていた者もいましたからね・・・。そういう者ほど、完全に立ち直るには、まだまだ時間がかかるでしょう」
「・・・・・本当に、『シンデレラ教会』を解散させてしまうつもりなんですか?」


 沖が、心配そうに質問する。


「そのことなんですが」


 と、草羽は、改めて沖に向き合う。


「使用人たちの気持ちが落ち着くまでは、しばらく解散を延期するつもりです・・・。しかし、ここにいる全員が心の平穏を取り戻し、独り立ちの準備が出来たその時は」


 主人という、心の支えが必要なくなったその時は。


「きちんと、この組織を解散させるつもりです。それが、ご当主様との約束ですから」
「・・・そうですね。皆さんが普通の生活を取り戻せることを、祈っていますよ」


 沖は、草羽の宣言に特に反論することもなく、静かに言った。
 「解散」という決断を曲げるつもりがないことを、草羽の口調から感じ取ったのだ。その決断を揺るがすつもりは、沖にはなかった。


「沖さん。私からも、聞きたいことがあるんですが・・・・・本当に、犯人を保護するつもりですか?」
「・・・というと?」
「殺人事件を引き起こし、あなたたちの仲間である柳瀬さんを陥れようとした犯人を、本当に助けるつもりなのですか?と、そう聞きたいのです」


 草羽の疑問は、もっともである。
 普通は殺人を犯した凶悪犯を、保護したりはしない。してはいけない、と言ってしまってもいいかもしれない。公的機関に突き出すか、自首を促すか・・・せめて「保護」ではなく、「拘束」という形をとるべきである。
 だが、沖は微笑む。
 あくまでも、微笑む。


「助けますよ」


 と。
 どんな人間でも助ける。どんな罪を背負った人間でも助ける。
 そんな風に言い切る沖に対して。
 草羽が、ほんの少しだけ「怖い」と感じたのは、気のせいではないだろう。





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