病名(びょうめい)とめろんぱん

ぢろ吉郎

病名とめろんぱん その14



「融通が利かねえ年寄りは困るよな」
草羽くさばねさんのことですか?」
「ああ。それに、おきの爺さんもな」


 ムスッとした顔で、しんじょうさんは語る。
 草羽さんとの大まかな情報交換を終えた僕らは、再び車に乗り込み、帰路についていた。ちなみに、車の中にいるのは、僕と信条さんの二人だけである。
 車の中で、信条さんと二人きり。
 とてつもなく、危険な状況である。
 命の危機だ。


「おい。事故死したくねえなら、失礼なことを考えるのをやめろ」
「・・・すいません」


 なぜ信条さんと二人で帰る羽目になっているのかといえば、沖さんが、『シンデレラ教会』に残ると言い出したからである。


「私は、個人的な用事がありますからね。ゆうくんとじんさんは、先に保育園に戻っていてもらえますか?あまり長時間、保育園を少人数のままにしておきたくはありませんからね」


 いや、個人的な用事を手伝うから、信条さんと二人きりにしないでくれと言いたかったところだが・・・・そう指示されてしまっては仕方ない。それに、すぐにでも機桐はたぎりさんを殺した犯人探しに動かなければならないのも、事実である。
 そんなわけで、僕は渋々、信条さんと車に乗り込み、保育園へと戻ることにしたのだった。
 僕が運転席。信条さんが助手席だ。
 信条さんも、運転が出来ないわけではないらしいのだが、運転免許証を持っていないそうだ。残念ながら、公道は走れない。・・・まあ、免許証を持っていたところで、信条さんに運転を任せるのは危険な気がする。この人、交通ルールとか守らなさそうだもんなぁ・・・。


「・・・いい加減にしねえとマジで事故らすぞ、こら」


 筒抜けである。


「それにしても・・・沖さんは、なんで『シンデレラ教会』に残ろうと思ったんですかね?個人的な用事とか言ってましたけど」
「露骨に話題を逸らそうとしてんじゃねえよ・・・。まあ、あの爺さんが残ろうとした理由は、大体予想がつく。多分、本業をやるためだろ」
「本業?」
「人助けだよ。人助け。くだらねえ人助けだ」


 「やれやれ・・・」と呆れたように、信条さんは語る。


「困った奴を助ける。どんな奴でも助ける。それが、あいつの本業・・・らしいからな」
「草羽さんの手伝いってことですか?事件の後始末とか、事後処理とか・・・」
「それもあるだろうが、メインは、あそこの住人のケアだろうな」


 住人のケア・・・それは、心のケア的なことだろうか?主人を失い、『シンデレラ教会』の多くの住人が傷ついていると、草羽さんは言っていた。
 沖さんの人助けとは、彼らの心の傷を癒すことなのか?


「そんなこと・・・・できるんですか?人心のケアをするとはいっても、沖さんはカウンセラーとかじゃないんですよね?」
「ああ。その通りだ。あいつには出来っこねえんだよ、心のケアなんて」


 ますます呆れ返った口調になりながら、彼女は言う。


「『シンデレラ教会』の奴らだって、何にも知らねえ爺さんに慰められたくはないだろ。無駄な努力だよ。意味がねえどころか、怒らせて逆効果になる可能性だってある」


 「それこそ、『お前に何が分かるんだ』ってやつだな」と、少し怒ったように、信条さんは言った。


「ただ、あのバカな爺さんはそれでも、くだらん人助けをやめたりはしねえだろうな。あんぱんでも作って、配って回ったりしてんじゃねえのか?」


 ・・・そんなこと、意味があるんだろうか?それは、人助けになるんだろうか?と、純粋な疑問が浮かんでしまう。普通に考えれば、単純に迷惑だろう。他人の心を、悪戯に荒らしてしまうだけではないのか?
 やっぱり、あの人の考え方はよく分からない。


「そういえば、『シンデレラ教会』の解散によって居場所がなくなってしまう人がいれば、『海沿保育園』で保護するとも言ってましたよね?」


 そんな風なことを、草羽さんに申し出ていた。
 『シンデレラ教会』の解散に伴って、路頭に迷ってしまう人や、帰る場所を失ってしまう人が、多少はいるはずなのだ。
 そういった人たちを『海沿保育園』で保護したいと、沖さんは言っていた。


「それも、あいつの人助けの一環なんだろうよ。現実的には、あんまり保育園の住人を増やすわけにもいかねえんだけどな。無計画にもほどがあるんだよ」
「・・・受け入れられる人数にも、限界があるでしょうしね」


 その辺り、沖さんは考えていないのだろうか?人助けという目的のためには、些細な問題だとでもいうのか?


「なんにしても、今は、爺さんの本業について長々と話すときじゃねえだろうな。正直、あいつの人助けの方針なんて、私にはどうでもいいし」
「不本意ながら、僕も同意見ですよ」
「いや、不本意じゃねえだろ。お前、私以上に、あいつの人助けに興味ないんじゃねえのか?」


 信条さんが僕に、冷めた視線を送ってくる。
 おや、気付かれてしまったか。


「爺さんも爺さんで、可哀想だよな。こんなクズみたいな奴を拾っちまって」
「クズとか言わないでくださいよ・・・」


 そこまで言われる筋合いは、さすがにない。
 ただ、今考えるべきは、沖さんの人助けについてではなく、犯人の足取りについてだろう。これは譲れない。
 他人のことより、まずは自分のことだ。


「犯人の足取りか・・・それだって、予想出来なくはないよな」
「・・・え?そうなんですか?」


 信条さんには既に、犯人の行方が分かっているのか?


「いや、確信があるわけじゃねえよ。かなり安易な考えであることは、否定できないな」


 安易な考え・・・「犯人は現場に戻る」とか、そういうことか?再び、『シンデレラ教会』に戻れとでも
いうのだろうか。


「そこまで安易でもないけどな。実際、現場に戻ろうとする犯人なんているのか?」
「どうでしょう?やっぱり、犯行現場が気になってしまう犯人はいるんじゃないですか?」
「そんなもん、自分から捕まりに行くようなもんじゃねえのか?私が犯人だったら・・・いや、違うな。話が逸れた。つまりだな、犯人は、お前の名前を名乗っているんだろう?」
「そう・・・みたいですね。迷惑なことに」
「なら単純に、お前に関わりたいんじゃねえのか?どういう意図なのかは知らねえが、お前に接触したいと、そう考えてるんじゃねえのか?」


 それなら。
 犯人は、どこを目指す?
 

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