勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

144話 研究者のその後回

 人族の中に『覚醒者』が増えたことで魔族はたいへん不利な状況に立たされた。
 初代リッチの時代の基準で言えば、『覚醒者』とは『数人で魔族六王と引き分けるほどの実力者』であり、『一般魔族ごときでは相手にもならないほどの者』だ。

 古い時代を例に出すまでもなく、ロザリーやレイラがどれほど魔族相手に優位に立ってきたかを思い出せば、『覚醒者』の強さ、あらがいがたさというのがわかるだろう。

 だが、人と魔の前線は一進一退、下がったり上がったりを繰り返している。

 もちろんここにはリッチたち死霊術士の活躍もあったが、死霊術士は基本的に全員がインドア派なので、そう多くは戦場に立たない。

 では、なぜか?

 質の低下、なのだった。

 魔族の質が時代を降るとともに落ちてきているというのは魔王が観測した事実だが、では人族の覚醒者はといえば、これもどうにも、質が落ちているようだった。
 少なくとも初代リッチの時代のような強者はいないし、それと同格とおぼしきロザリーやレイラクラスの者もいない。
 少し実力が下がってユングやジルベルダぐらいの者さえ、見当たらなかった。

 普通の人よりは間違いなく強いのだが、『一対一ルール』で戦っている巨人の戦場でも無双できるほどではなく、アンデッドに数でこられると圧殺されることもあり、空飛ぶドラゴンには相性にもよるが手も足も出ない──そういうレベルの覚醒者、なのだった。

 これについて、魔王はこのような見解を述べた。

「数が多いほど弱くなんじゃね?」

 そういえば……という感じで語られたことではあるが、覚醒者は数が少ないほど強かったらしい。
 魔族六王が生きていた時代には十三人の覚醒者がいたという話だが、この十三人は減ってもなお、当時のガチで人を滅ぼそうとしている魔族たちを相手に変わらぬ活躍を続けた……
 つまり、数が減るほど、相対的に強くなっていった印象がある、ということだった。

「でも、ロザリーなんかは相変わらずだし、ゆ、ゆ、ゆ……ユング? の強さもかげっているようには思えないけど……新しく生まれた覚醒者だけが、なんだかみょうに弱い印象というか……」

 リッチはこのように食い下がるが、魔王は知らないことを『知らない』と言えるタイプの性格なので、「知らね」と答えるだけだった。

 リッチはこういう時に探究心が鎌首をもたげ、検証したい欲求にとらわれる。
 だが、あくまでも専門は死霊術、死霊術のための錬金術、それからちょっとだけ通常の魔術といった感じであり、覚醒者の強さに対する検証には未知の部分が多すぎた。
 だから、やめた。

 こういうことは誰でもよくあると思うのだが、『ちょっと興味あるな。始めてみるか』と思ったことでも、スタートラインに立つまでに必要な知識、機材、あるいは見識が多すぎると、やる気が萎えてしまうことがある。
 リッチを襲った検証欲求もそういう力に邪魔されて、『まあ、リッチは死霊術だけやってればいっか』という感じで検証はあきらめられたのだった。

 覚醒者の強さのばらつきについてはこのように検証が遅々として進まない状態だが、この『覚醒者』にまつわる発生の法則や強さの法則などを明文化できないと、ある時点で魔族がどうしようもなく敗北し戦争が終わってしまう可能性がある。

 なのでランツァが主導して特別研究チームが発足した。

 このチームの長になったのは死霊術研究者としてリッチの一番弟子と名高い(※研究室でずっと自称してるので、一時期あだ名が『一番弟子さん』になった)クリムゾン(※クリムゾンではない)が就くことになった。

 クリムゾンと言えば死霊術的に価値無しとされた赤毛を持つ獣人の少女であり、ランツァのライバルを自認し、なんならリッチの生徒で一番早く『死のささやき』と『蘇生』を実戦で試した、ある意味でたしかにリッチの一番弟子なのだ。

 しかしいかんともしがたい才能の差というのか、女王業務でいそがしくてたまにしか研究室に来ないランツァと研究成果では一進一退であり、ランツァの体調がいい日とかはたいてい負けてるような、そういう存在なのであった。

 悲しいかな、努力というのは必ず望んだ成果を保証してくれるわけではないのだ。

 ただし、クリムゾンが覚醒者研究に主題をシフトしたのは、ランツァに負けっぱなしというだけが原因ではなかった(それもわりとでっかい原因ではある)。

「リッチ体の量産のための研究が、どうにも『覚醒者』の仕組みに関連しているような気がしたから……」

 言動、姿勢、表情にすっかり『陰』のオーラをまとうようになってしまったために、なんかとても言い訳くさいのだが、これはあながち言い訳とも言い切れないことだった。

 リッチ体というのは人がリッチ化の術式をあらかじめかけた上で死亡することで成り立つのだが……
『人が、人の力で自分の肉体を作り替える』という観点で見た場合、これら二つにはたしかに共通するところがあるのだ。

 具体的な共通点はまだ未検証だが、研究ということをしていくと、まれに『あれ、これとこれ、なにか関連性があるのでは?』というカンが働くことがある。
 クリムゾンが研究主題を変えた理由には、たしかに、研究室で青春を過ごし続けた研究者経験から来る、こういう直感もあったのだ。

 ちなみにリッチ体の量産はまだできていない。
『記憶』をもとにした『リッチ体に近いもの』はいくらか作れるようになっており、日夜アップデートもされているが、それはまだまだ似て非なるもの──というか、似ても似つかぬ模造品なのだった。

 なかなか成果の出ないストレスもあって、目新しい研究対象に目移りした感もなくはない。

 そんなわけでクリムゾンと、あと長い戦争の中で捕虜から魔族がわについた人たち、あとなんか知らんけど魔族最高! とかいいながらこっちに来た人たち、そして比較的頭のいいゴーストやドラゴン族なんかで研究チームができあがり……

 案外すぐに成果が出た。

 というよりも、これについては『人族』がどういうものかを知っていた人たちにとって、『すでに答えが出ていた』とさえ言えるものなのだった。

 魔族は身体改造によって『異世界汚染』に対処しようとした存在である。
 じゃあ魔族ではない人族がどうやって適応したかといえば、それは、『解釈の変更』なのだった。

 人というものの再定義をした……魔族が科学・生物学的アプローチからの『人類の進化』なら、人族はどちらかといえば異世界的な……ようするに魔術的なアプローチによる進化だ。

 つまり、人、けっこう、あやふや。

「えー、先生、リッチ化について仮説が立ちました」

 ある日クリムゾンがとても言いにくそうに切り出してきたので、リッチはとても興味を惹かれて、クリムゾンを謁見の間に招いて報告を聞くことにした。

 魔王城謁見の間はもうランツァとリッチの共同生活の場と化していて、私物でごちゃごちゃしていて、なんか人んちのにおいがした。

「あ、そのへんの椅子使って」

 リッチが言う。

 クリムゾンは顔をしかめて、

「あの……なんかランツァが、薄着で運動してるんですけど」

 するとスクワットをしていたランツァがキリッとした顔で言う。

「気にしないでどうぞ」

「いや気になるわ! なに!? なんで同棲してるみたいになってるの!?」

 クリムゾンに言われて状況を振り返り、ランツァとリッチは顔を見合わせて『たしかに……』と思い、どうしてこうなったかを考えた。
 そして同時に言った。

「「いちいち家に帰るの面倒で」」

 ランツァもリッチも魔王領に家があるのだが、仕事は謁見の間でやるし、二人で相談することもまあまあ多い(リッチはほぼ聞いてるだけだが)。
 なので謁見の間で寝泊まりすることがかなり増え、二人の私物はどんどん増え、それが今の魔王城謁見の間を作りあげていた。

 その『家に帰らず仕事場で男女の別なく寝泊まりしている』という状況に対し、クリムゾンは……

「まあ、わかるけど……!」

 リッチ研究室、すでにそういう状況なので、わかってしまうクリムゾンなのだった。

 というわけで運動するランツァを背景に、クリムゾンはリッチに研究成果を発表することになってしまった。
 超やりにくいが、説明していくうちにだんだん気にならなくなっていくのは、普段から視界にやかましい状況でまじめな話をすることが多かったからだろう。研究者生活が活きた。

 クリムゾンの研究成果を端的に述べると、こうなる。

「リッチ化も、覚醒も、原理は同じです」

 リッチと覚醒者のみならず、覚醒者同士でも力の差がある理由については……

「『死』が一つのきっかけ、というか……『精神的な死』とか『これまでの自分から生まれ変わる』とか、そういうエモなやつだと効果が薄くて、『死』……つまり蘇生の望みもないほどはっきりした死だと、効果が高い。だから、リッチは強いし、覚醒者たちの強さにもばらつきがあるんじゃないかと」

 まだ仮説段階ではあったが、かなり確度の高い説のようだった。
 実際に覚醒者研究チームは人為的に覚醒者を出す試みも成功していて、クリムゾンも覚醒者として目覚めているのだという。
 真っ先に自分の体で試すあたりが、リッチ研究室の精神って感じだ。

「ここで『死』を観測するのは主観……つまり、魂の可能性が高いです。なので、『記憶』を材質にした『最初から魂のないもの』は、いくらやってもリッチや覚醒者にはたどり着けない可能性が高いと思います」

「ふむ……すばらしい。興味深い。ちなみに魔王がちょっと提唱した『覚醒者、人数制限説』については?」

「まわりに強いやつがたくさんいると、『まあ自分じゃなくてもいいか』って思うじゃないですか」

「なるほど……」

 減れば減るほど強くなるのは、『自分じゃなきゃダメだ』感が強まるからだ……と言われれば、筋が通っている感じがする。

「ということは、覚醒したあとも強くなったり弱くなったりするのか」

「そうですね。ロザリー様なんかが顕著だったと思いますけど」

「なるほど、なるほど……アレは例外だと思ってしまっていたけれど、たしかに言われてみれば、あいつの使命感というか、当事者意識というか……『本当に昼神教のことを考えているのは自分だけだ』みたいな選民思想めいたものは、クリムゾンの語る『自分じゃなきゃダメだ』感につながる」

「まあ、これからいくつかの検証を経て正確なデータを出しますけど、ほぼ間違いない仮説ではあると思いますよ。検証にちょっと手間がかかるので、検証方法から考えないといけなくて、ここから時間がかかりそうだし、先に仮説だけ報告しておこうかなって」

「いやすばらしい。ありがたい。命が必要なら言ってくれ。とってくるから」

「先生に手伝ってもらえるとはかどります」

 もはや魔王領に人命を『とってくる』と表現することについて突っ込む者は一人もいない。

 かくして覚醒者研究は進められ、クリムゾンはなんとなくランツァにようやく勝てたような、そういう気持ちになる。
 ランツァの方も普通に褒めてくれるし、勝敗とか最初から眼中にもない感じではあるが、クリムゾンはかすかな自己満足を得られた。

 研究の多くは自己満足としか言えないもので終わる。
 もちろん後の世で意外なかたちで役立つことはあるし、与えられたテーマについて検証するのは『自己満足のため』ではなく立派な『仕事』だ。

 それでも、自己満足なくしてなにかを成すことはできない。
 ……クリムゾンが覚醒者研究に従事して一生を過ごすきっかけがあったとすれば、この時の自己満足なのだろう。

 ささやかな勝利体験は、それが自分の中にしかない勝敗だったとしても、人の行く先を決めることがあるのだった。

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