勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

140話 人回

「ちょっと目を離したスキに人類の存亡が始まって終わってるじゃんね。ウケる」

 真顔。

 ここは『前線』の地下にある空間であり、もともとはフレッシュゴーレムの生産拠点があった場所だ。

 今でこそめちゃめちゃに破壊されてしまっているが、当時のここには機能美にあふれたコンベア式生産ラインがあり、大気中の『記憶』を汲み取りながら地熱をエネルギー源として稼働していた。

 今は生産ラインだったガレキがあるだけで、それもわきの方にどかされて、空間の中央あたりにはテーブルセットが運び込まれている。

 ここで魔王と合流したランツァおよびリッチは、これまでに起こったことをかいつまんで説明し、魔王にひとしきり真顔で笑われたところであった。

 ちなみに魔王の背後にはエルフがしずしずと控えており、王城から運んできたティーセットで紅茶など入れている。

 なにぶん地下なもので湿っぽいすえた臭いがデフォルトであるものだから、せっかくのいい茶葉の香りがわりと台無しだ。

 天井にぶら下げられた灯りがぼんやりあたりを照らす中、魔王は優雅な動作でお茶を一口飲んでから、

「あのさぁ……いや、いいんだけどさぁ。死霊術師、ヤバくね? 思想っていうの? 『死んだら死ぬ』っていう生物が自然と守ってるラインを余裕で踏み越えていくかんね。毎朝鏡を見ながら三回唱えなよ。『人、死んだら死ぬ』って」

「そういえば」リッチは椅子の背もたれに体重をあずけながら口を開く。「過去リッチとなにか話してたけど、内容をかいつまんで教えてもらっても?」

「横で聞いてたじゃんね」

「君たちの雑談は主題のありかがはっきりしないし、話題の重要度もよくわからないし、たまに謎のケンカが入るし、なんというか……うーん、他に表現が思いつかないから言ってしまうけど、聞くに耐えなかったんだよ」

「ウケる」

 これは本当にウケたようで、魔王の顔には笑みが浮かんでいた。

 リッチはテーブルに肘をつき、

「まあ、リッチはともかくとして、ランツァの耳には入れておくべきかもしれないとは思ってね。リッチは転生説の廃棄さえなされるならそれでよかったし、その目的は達せられたと判断しているけれど、ランツァの方はリッチより多くの情報を得られるし、リッチが魔王を生かした理由についても、なにか確信が得られるかもしれないし……」

「つまり、なんなん?」

「大事な情報があるかもしれないので、ランツァに判断してもらいたいから、ランツァに『過去リッチとの対話の内容』を語ってほしい」

「りょ」

 魔王はハンドサインで『了解』を示し、ランツァの方へと向き直る。

 白髪褐色肌の魔王と、金髪碧眼の人類王が向かい合っている事実に唐突に気付いたリッチは、二人の少女を横から見ながら『首脳会談だな』と思った。思っただけでべつに感慨はない。

 魔王は言葉を整理するようにちょっと黙ってから、口を開く。

「皮肉なことに、死後のお父様は、生前……晩年よりも、はっきりと物事を理解・認識していて、持っていたすべての記憶を持ち、感情的にもならず、あのお方が私に伝えたかったことすべてを、十全に伝えることができたのです」

 そこから魔王は淀みなく、流れるように言葉を紡ぎ続けた。

 ヤガミという男への対抗心みたいなものが『お父様』にはあって、そのせいでずいぶんと回り道をしてしまったように思うとあの人は語った。
 協力できれば魔族もあのように不完全な状態で生み出されることもなく、人ももっときちんと進化し、この大気汚染の進んだ世界に適応できただろう。

 死霊術を断片的に広めてほしいと言った晩年の自分の意図は、自分が根っこからどうしようもなく間違えていて、このまま自分の想定した死霊術を進めていっても、おそらく途中で術理の進歩に閉塞があるだろうと確度の高い想定ができたからだ。
 自分の頭はもう凝り固まってしまっていた。ただの一人でずっとやってきて、他者への対抗心を芯にしたまま成長を続けたせいで、もはや新しい柔軟な発想を取り入れることもできず、間違っているにもかかわらず、今さら打ち切れない説がいつくつもありすぎた。

 自分たちは、人類の生存を望んでいた。
 その願いは変わらない。けれど、そこに、余分な感情が乗りすぎた。

 だから今、この世界に生きて、この世界を愛する者に自分の意思を引き継がせるようなまねはしたくなかった。
 しかし死霊術を修めていく過程で発見した情報は有用であることに違いがなく、だから断片的に残し、そこから新しい発見をしてくれる者が出ることを期待した。

「この大陸は人類最後の楽園で、海の外は大気……『世界汚染』の原因である『異世界人』たちに作り替えられてしまった。この大陸にいる者だけがこの世界の純粋な人類で、海の外は異なる世界も同然の場所だ。そして異なる世界にいる者どもは、いずれこの大陸を狙うかもしれないし、狙わないかもしれない」

「どっちなんだい」

「私の経験したことを伝えたところ、お父様は『狙わないようだ』と判断されました。狙うにしては時間が経ちすぎているし、一度だけあった襲撃もあまりにも規模が小さすぎたから。『個人』がここに来る可能性はゼロとは言えないけれど、『世界』がここを狙う可能性はないかもしれない、というか……」

 この大陸に原生人類を追いやった異世界人たちは、すでに滅びているかもしれない公算が高い。
 ずっと前にあった『外海』からの襲撃者は、実のところ、『最後の一人』だったのではないか━━と『お父様』は予想した。

「どうして?」

「今の我々の概念だと『毒』と呼ぶしかないけれど、それよりももっとずっと凶悪で、何世代にも渡って残り続け、生命そのものにひどい変質を与えるものを、『異世界人たち』へ向けてばら撒いたそうです。三百年も経てば異世界人たちは駆逐され、あるいは変質してしまった可能性が高いのだと」

「……それが毒と概念を同じくするものなら、いずれ解毒されたり、対処されたりということはありそうだけれど……」

「この世界に再びあの『毒』をもたらすわけにはいかないので詳しくは語れないとのことですが、あの毒が解毒されたり、耐性をもたれたりすることは、ありえないそうです」

「……君はそれを信じるんだろうけれど。『異世界人』なんだろう? こちらの想像もつかない手段をとってくる可能性はあると思うけれどね」

「お父様も、その『万が一』に備えて、外海の警戒は続けるように仰せでした。けれど、そこまで心配はいらないと」

「…………まあ、そういう対処は君たちに任せるべきだね」

 リッチは浮かんだ疑問を引っ込めて背もたれに体重をあずけなおす。

 魔王はうなずいてから、

「この知識はお父様でしかありえない。だから、お父様は転生していない。私が転生説を捨てるにいたった理由は、以上です」

 それについての反証は以前に想像したが、リッチとしては魔王が心から転生説を否定できているならそれでいいので、黙っておくことにした。

 だが、魔王がそこで黙ってしまったので、リッチがまた口を開くことになった。

「……それだけ?」

「伝えておくべきことは、これだけです」

「君たち、もっと長いこと話してなかった? さすがに、あの長話をまとめてこの程度というのは、納得しがたいところがあるんだけれど」

「あとは……個人的な話なので」

「興味があります」

「えっち」

「リッチだよ」

「……いや、その、ねえ?」

 と、魔王が見た先にいたのはランツァだった。

 ランツァは苦笑してから、

「まあでも、いちおう聞きましょう」

「いや、わかるっしょ? 報告させんの? どういうプレイ?」

「わかるけれど、『わかるよね?』で察したことにして聞くのをやめた中に、重大な情報がないとも限らないので」

「リッチはわからないので聞いておきたいです」

 二人のわからずやがそろって見つめてくるので、魔王は背後に立つエルフを見た。
 エルフはまさか自分に視線が向けられると思っていなかったのか、ちょっとおどろいた感じで目を開いてから、

「女王陛下と神が仰せなので、私に助けを求められましても」

「超アウェーじゃんね。……わかった、わかった。あのね……謝られたんよ」

「「?」」

「仕打ちっていうの? 扱いっていうの? そういう……んでさあ……『これからは自分の人生を過ごしなさい』ってさ。いきなり言われても困るじゃんね。あたしはずっとさあ……お父様のおっしゃった通りにしようって……」

 ランツァは同情的な目をした。

 リッチは興味を失ってどこか違うところに視線をやった。

「でもさあ、人生を過ごせって言われたかんね。……生きろってことじゃん。世の中めちゃめちゃにして、旧人類たちを箱庭で殺しあわせ続けたけど……あたしのこと許さないやつもいるだろうけどさ。あたしは生きるんだよ。別に死んでもいいって思ってたけど、オーダーがそれしかないなら、それは守るつもりでいっからさ。まあ、なんつーの? だからさ、そういう話をしたんだよ。そんだけ」

「……まあ、あなたが生きるためにはリッチが邪魔だっていう情報にはなったわね」

「世界で唯一、あたしをこのまま殺せる存在だかんね。でもどうしようもないし敵対するつもりはないよ?」

「『このまま殺せる』?」

 そこでリッチが視線を魔王に戻して問いかけたので、魔王とランツァは一緒に首をかしげた。

「や、あたしを全員見つけ出さなくても殺す方法あるって言ってたじゃん」

「そんな方法が確立されたと聞いた時に、わたしはわたしの苦労をなんだったんだって思いました」

 ランツァがまたヤバい目つきになり始めた。

 リッチはようやく「ああ」と腑に落ちたようにうなずき、

「たしかに魔王をすべて捕捉しなくても、魔王を殺す方法は確立した。しかしそれはね、今すぐできるものではないんだよ」

「「はあ?」」

「可能か不可能かで言えば可能だよ。理論上可能なことは、可能と表現されるべきだからね」

「は……? は!? え、つまり、ブラフだったってこと!?」

「いや、ブラフではないよ。可能だから。ただ、『すぐに、なんの準備もなく、思いついた瞬間に』という条件でと言われると、難しい」

「研究にかんして嘘をつかないんじゃないんかい!?」

「嘘はついてないよ。君が『今すぐに殺せるってこと?』と問いかけたなら、『それは違う』と否定する準備はあった」

「はあ〜〜〜〜〜!? リッチ〜〜〜! ちょっとリッチ〜〜〜!」

 魔王がバンバンテーブルを叩くので、卓上のお茶はぐらつき、お菓子が跳ねた。

 エルフがテーブルを支えるかたわら、「リッチ〜! リッチ〜!」と騒ぎまくった魔王が、なぜか嬉しそうに、

「やられたわ!」

「発言の意図を十全に伝えようという努力について放棄しているのは認めるよ。リッチはね、すべての人に、意図のすべてを、正確に伝えられるものではないと、学習しているんだ。そのせいで勘違いが発生しても、それはリッチの責任ではないと、最近は思っているよ」

「天然なのか計算なのか、これもうわかんねぇな? は〜〜〜〜! まさか、まさかね! リッチに言葉でハメられるとか思わないじゃん!?」

「人聞きが悪いなあ。……まあしかし、その勘違いのお陰で、君が『逃亡』という手段を完全にあきらめたのだったら、それは結果的に、リッチが言論で君の逃げ道を絶ったと言えるのかな。ダメ押しみたいなものだろうけれど」

 リッチは表情豊かでちょっとかわいい動作をするガイコツではあるのだが、この時のリッチは本当に声も動作もそらっとぼけた感じがあって、『単純に細かい説明をしなかっただけ』なのか、『魔王を逃がさないためにブラフを狙った』のか、魔王やランツァにさえ判別つかなかった。

「だからね、リッチは別に、君の生存をどうにかできないんだよ。今すぐにはね。なので安心して生きるといい。『人の社会をめちゃめちゃにして、戦争でたくさんの人を死なせた』なんていうものを罪に問う者は、ここにはいない。なにせリッチたちは人が嫌いなので」

「そっか〜。人、嫌いか〜。だよね〜!」

「魔王は人、好き?」

 リッチの問いかけは完全に『なんとなく』という感じで、その問いかけには重苦しいところが全然なかった。
 答えがなんでも、あるいはスルーされても、次の瞬間には質問をしたことさえ忘れていそうな、そんな軽さだ。

 しかし魔王は、姿勢を正して、一呼吸してから、しっかりとリッチを見つめて、答える。

「あたしは好きだよ、人。その生命も、人生も、発言も、行動も、全部、好きなんだ」

 魔王の答えになんらかの熱意があって、それは彼女にとって価値や意味というものがある大事な発言だということは、リッチにも伝わった。

 でも、リッチは興味がなかったので、

「そう」

 とだけ反応した。

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