勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
131話 施術前には説明と同意が必要です回
初代リッチの魂の呼び出し━━
失敗率はだいたい五割ぐらいだろう。
リッチは学者なので『失敗率』について語るとき、それは『だいたいこのぐらいかなぁ』というざっくりしたカンではなく……カンで言う時もあるけれど……『おおむね同じ状態で検証した際に、過去、何回中何回の失敗例が存在したか』を加味して語る。
そのうえで、『過去リッチの魂を呼び出す』ということをした場合、失敗確率は五割ほどだと考えていた。
だって二例中一例成功、一例失敗だったから。
……『リッチ単独での過去の魂の呼び出し』を、魔王城に来る前に、二回、行ったのだ。
その二例に選んだのは、リッチの両親だった。
とはいえ両親に特別な想いはない。というか、あったら呼び出さなかった。
呼び出そうと思ったのは『それなりに昔に死んでいて』『初代リッチを呼び出す前段階としての検証なので』『初代リッチ同様に顔を知らず』『しかし存在だけは知っている相手』という理由だ。
この例で該当するのがリッチ自身の両親か、あるいは歴史上の偉人か、そのぐらいしか心当たりがなかった。
そこでまずは両親を選んだ。
……研究所の生徒たちからは『もうちょっと、こう、なんか……!』と言葉にならないコメントをいただいた。
さすがにリッチもなんとなくわかる。たぶん『実の親と初めて会話するんだから、もっとアゲアゲで行こうよ!』みたいな意味合いだと思う。
しかし、マジで、なんも、ない。
なので非常にあっさりと実験に移り、呼び出してみた。
父親は来なかった。
母親は来た。
母親の魂からの聞き取り調査を簡潔にまとめたところ、
・父と母はほぼ同時期に死んでいる
・二人はいわゆる婚姻関係にはなかった
・父はおそらく母のお腹に自分の子供ができたことを知らない
こういったことが判明した。
可能であればもうちょっと情報が欲しい……一人からの情報ではなく、似たような関係性の多くの人からの情報が、欲しいところであった。
しかしそのためにはリッチの母が千人ぐらい欲しくなってしまうし、さすがにそんなに母がいるはずがないので、あきらめるしかなかった。
なので乏しい例から立てた推測は━━
「生前に縁が深かった者からの呼び出しには、応える可能性が高い」
リッチはそろそろ『暇なので誰か殴りたい』みたいになっているロザリーをさりげなく視界の端に捉えつつ、魔王の方向を見て語る。
魔王城の広大で殺風景な謁見の間には、褐色肌に白髪の少女がいて、彼女はリッチの目の前で、真剣な顔をしていた。
珍しい表情だ。
彼女は━━魔王は、だいたいいつでも、ニヤけていたり、笑っていたり、微笑んでいたりする。
会話の中でたまに真顔で「は?」と言うことはあるけれど、それ以外はだいたい笑っているのだった。
だというのに今の彼女は真剣そのものという顔をしていて、それがなんとも珍しく、リッチはしげしげと魔王の顔をながめるのを止められなかった。
「……なに? うちの顔になんかついてる?」
それは『見るな、ウザい』という感じではなく、本当に、顔になにかついていないか気にしている様子だった。
情緒が人並みに発達した者が見れば『好きな人に会う前に見た目を気にするかのようだ』という表現が浮かんぶだろうが、この場に情緒が発達している人物が誰もいないので、リッチは淡白に「別に」と応じた。
説明を続ける。
「非常にサンプル数が少なくて、こんなものを理論めいた口ぶりで発表したくはないのだけれど、降霊術にはどうにも、『死者がわから生者がわへの、想い』みたいなものが、重要な働きをする可能性がある」
「……生きてる方からの想いは?」
「それはわからない。サンプルがゼロなので」
両親に思うところがなにもなさすぎて、リッチの感情は完璧にフラットだった。
呼び出されたリッチママはこんなありさま(骨)の我が子を我が子と判別していたようではあるのだが、その息子が淡白すぎて非常に困惑した様子だった。
今度誰かの身内が死んだら『生者がわの想いの強さ』というものについての検証も進むだろうが、今のところその機会はない。死なないだろうか、誰か、身近で。お待ちしています。
「そもそも『想い』というものがなんなのかという検証も不充分だ。なのでこの『想い』というやつは、非常に業腹だけれど想いという言葉を用いるしかないものでしかなく……」
「その話、今、大事?」
「……いや。とにかく、君への想いが強ければ降霊術の成功確率が上がるということだけ、わかってくれればいい」
「『失敗確率が下がる』じゃないんだ」
「『想い』というあやふやなものを取り扱うので、なるべくネガティブなワードは避けることにした」
「いまさら!?」
さっきから数回『失敗確率』と発言しているのだった。
リッチはギリィ……と歯を噛み締めて、
「『想い』だのなんだのと、あやふやで前向きな単語を使うと、脊椎の中が痒くなるんだ」
「ウケる」
「中身のない前向きな言葉がこんなに嫌いだったのは自分でも意外な気持ちだよ。そういうわけで、すべき説明は終わったのでこれより施術に入ります」
「心の準備とか余韻とかないじゃんね。ウケる」
「必要なら配慮するけれど、あまり時間をかけるようだと、もう一つのプランになるよ」
攻め寄せる人族軍を皆殺しにしながら研究室の生徒たちの到着を待つプランだ。
リッチ的には本命のプランなのだが、魔王が『待ちきれない』と言うからこんなに失敗……成功確率の低いプランを本採用することになったのである。
だからむしろ、急いでいるのはリッチではなく魔王の方のはずだ。
「……ま、そだね」
「あとロザリーがとても暇そうなので、このまま退屈にさせておくとそのへんを殴り始める心配もある」
「そだね」
「わたくしをなんだと思っているんですか?」
魔王とリッチは一瞬ロザリーの方向を見て、笑って、それから視線を戻した。
「では以上が施術前の説明になります。よろしければ同意の旨を明確に示した上で実行段階に移行しますので、よろしくお願いします」
「急にどしたん? 社会人か?」
「リッチはこう見えて社会人なんだよ。……それでどうするんだい? リッチはこのまま時間切れでもいいんだが?」
「やるやる。やります。同意します」
「じゃ、いきます」
「あたしはなにすりゃいいん?」
「立ってたらいいんじゃないかな……まあ座ってもいいけど……あとね、そういう質問は質問を求めたタイミングでしてほしい。同意したあとに色々言われたら、こちらとしても困るっていうか」
「あ、ごめん」
「……では、あらためて、いきます」
そういうわけで、初代リッチの魂の呼び出しがようやく始まった。
失敗率はだいたい五割ぐらいだろう。
リッチは学者なので『失敗率』について語るとき、それは『だいたいこのぐらいかなぁ』というざっくりしたカンではなく……カンで言う時もあるけれど……『おおむね同じ状態で検証した際に、過去、何回中何回の失敗例が存在したか』を加味して語る。
そのうえで、『過去リッチの魂を呼び出す』ということをした場合、失敗確率は五割ほどだと考えていた。
だって二例中一例成功、一例失敗だったから。
……『リッチ単独での過去の魂の呼び出し』を、魔王城に来る前に、二回、行ったのだ。
その二例に選んだのは、リッチの両親だった。
とはいえ両親に特別な想いはない。というか、あったら呼び出さなかった。
呼び出そうと思ったのは『それなりに昔に死んでいて』『初代リッチを呼び出す前段階としての検証なので』『初代リッチ同様に顔を知らず』『しかし存在だけは知っている相手』という理由だ。
この例で該当するのがリッチ自身の両親か、あるいは歴史上の偉人か、そのぐらいしか心当たりがなかった。
そこでまずは両親を選んだ。
……研究所の生徒たちからは『もうちょっと、こう、なんか……!』と言葉にならないコメントをいただいた。
さすがにリッチもなんとなくわかる。たぶん『実の親と初めて会話するんだから、もっとアゲアゲで行こうよ!』みたいな意味合いだと思う。
しかし、マジで、なんも、ない。
なので非常にあっさりと実験に移り、呼び出してみた。
父親は来なかった。
母親は来た。
母親の魂からの聞き取り調査を簡潔にまとめたところ、
・父と母はほぼ同時期に死んでいる
・二人はいわゆる婚姻関係にはなかった
・父はおそらく母のお腹に自分の子供ができたことを知らない
こういったことが判明した。
可能であればもうちょっと情報が欲しい……一人からの情報ではなく、似たような関係性の多くの人からの情報が、欲しいところであった。
しかしそのためにはリッチの母が千人ぐらい欲しくなってしまうし、さすがにそんなに母がいるはずがないので、あきらめるしかなかった。
なので乏しい例から立てた推測は━━
「生前に縁が深かった者からの呼び出しには、応える可能性が高い」
リッチはそろそろ『暇なので誰か殴りたい』みたいになっているロザリーをさりげなく視界の端に捉えつつ、魔王の方向を見て語る。
魔王城の広大で殺風景な謁見の間には、褐色肌に白髪の少女がいて、彼女はリッチの目の前で、真剣な顔をしていた。
珍しい表情だ。
彼女は━━魔王は、だいたいいつでも、ニヤけていたり、笑っていたり、微笑んでいたりする。
会話の中でたまに真顔で「は?」と言うことはあるけれど、それ以外はだいたい笑っているのだった。
だというのに今の彼女は真剣そのものという顔をしていて、それがなんとも珍しく、リッチはしげしげと魔王の顔をながめるのを止められなかった。
「……なに? うちの顔になんかついてる?」
それは『見るな、ウザい』という感じではなく、本当に、顔になにかついていないか気にしている様子だった。
情緒が人並みに発達した者が見れば『好きな人に会う前に見た目を気にするかのようだ』という表現が浮かんぶだろうが、この場に情緒が発達している人物が誰もいないので、リッチは淡白に「別に」と応じた。
説明を続ける。
「非常にサンプル数が少なくて、こんなものを理論めいた口ぶりで発表したくはないのだけれど、降霊術にはどうにも、『死者がわから生者がわへの、想い』みたいなものが、重要な働きをする可能性がある」
「……生きてる方からの想いは?」
「それはわからない。サンプルがゼロなので」
両親に思うところがなにもなさすぎて、リッチの感情は完璧にフラットだった。
呼び出されたリッチママはこんなありさま(骨)の我が子を我が子と判別していたようではあるのだが、その息子が淡白すぎて非常に困惑した様子だった。
今度誰かの身内が死んだら『生者がわの想いの強さ』というものについての検証も進むだろうが、今のところその機会はない。死なないだろうか、誰か、身近で。お待ちしています。
「そもそも『想い』というものがなんなのかという検証も不充分だ。なのでこの『想い』というやつは、非常に業腹だけれど想いという言葉を用いるしかないものでしかなく……」
「その話、今、大事?」
「……いや。とにかく、君への想いが強ければ降霊術の成功確率が上がるということだけ、わかってくれればいい」
「『失敗確率が下がる』じゃないんだ」
「『想い』というあやふやなものを取り扱うので、なるべくネガティブなワードは避けることにした」
「いまさら!?」
さっきから数回『失敗確率』と発言しているのだった。
リッチはギリィ……と歯を噛み締めて、
「『想い』だのなんだのと、あやふやで前向きな単語を使うと、脊椎の中が痒くなるんだ」
「ウケる」
「中身のない前向きな言葉がこんなに嫌いだったのは自分でも意外な気持ちだよ。そういうわけで、すべき説明は終わったのでこれより施術に入ります」
「心の準備とか余韻とかないじゃんね。ウケる」
「必要なら配慮するけれど、あまり時間をかけるようだと、もう一つのプランになるよ」
攻め寄せる人族軍を皆殺しにしながら研究室の生徒たちの到着を待つプランだ。
リッチ的には本命のプランなのだが、魔王が『待ちきれない』と言うからこんなに失敗……成功確率の低いプランを本採用することになったのである。
だからむしろ、急いでいるのはリッチではなく魔王の方のはずだ。
「……ま、そだね」
「あとロザリーがとても暇そうなので、このまま退屈にさせておくとそのへんを殴り始める心配もある」
「そだね」
「わたくしをなんだと思っているんですか?」
魔王とリッチは一瞬ロザリーの方向を見て、笑って、それから視線を戻した。
「では以上が施術前の説明になります。よろしければ同意の旨を明確に示した上で実行段階に移行しますので、よろしくお願いします」
「急にどしたん? 社会人か?」
「リッチはこう見えて社会人なんだよ。……それでどうするんだい? リッチはこのまま時間切れでもいいんだが?」
「やるやる。やります。同意します」
「じゃ、いきます」
「あたしはなにすりゃいいん?」
「立ってたらいいんじゃないかな……まあ座ってもいいけど……あとね、そういう質問は質問を求めたタイミングでしてほしい。同意したあとに色々言われたら、こちらとしても困るっていうか」
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