勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

コミック1巻発売記念if 追い出されなかったリッチ5

 戦争はどんどん膠着したし、人族の政治はどんどん腐敗した。

 富が一部に集中するようになり、食糧は値上がりし、技術は独占された。

 人々の地位は『上』と『下』でハッキリ分かれて、もちろん『下』は『上』に不満を持つようになったけれど、そもそも反抗する体力もなく、二層分離は進み続ける。

 そうなってくると『下』の民がいくらか消えても、『死んだのだろう』とか『貴族に連れ去られたのだろう』となるし、この現象を『上』から見たところで、貴族たちは下層民のことなど気にもしない。

 そうやって魔王がリッチへ『命』を横流しできる環境は整った。

 ただしリッチも提供されるばかりということはなく、一応、仕事をした。

 戦争を膠着させるためには、邪魔な要素があったのだ。

『勇者パーティー』。

 そう呼ばれる英雄たちが、どうしても邪魔だった。

「レイラとロザリーがヤバいけど、一番ヤバいのは勇者なんだわ。アレ放っておくとどうにもなんねーの。ウケる」

 というわけで、勇者暗殺が急務となった。

『戦争を膠着させたい』という目的を考えた場合、リッチには勇者の『ヤバさ』がわからなかった。
 勇者ははっきり言って弱い。確かにコミュニケーション能力は高いけれど、言ってしまえばそれだけで、前線に投入されても戦況を動かす力はまるでない。

 現在は北の戦場で指揮官として部隊を率いているらしいのだが、別に指揮能力も高いというほどではなく、北の戦線はドラゴン族がいいように蹂躙しているらしかった。
 魔王から『あまり人を殺しすぎるな』という命令を降されていなければ、もう人族軍の陣地まで攻め入ってそこを焼き尽くしていたことだろう。
 そして死霊術師のいなくなった北の戦線において、ドラゴン族の進撃を止める者はいないらしい。
 つまり、勇者は戦争において役立っていない━━というのがリッチの見解なのだが……

「いや、勇者は戦闘でも戦術でもなく『戦略』のやつだから。戦略級の個人とかヤバすぎでしょ。あいつが本気出したら物資も兵器も全軍も動く。マジでヤバい」

 ……皮肉にも、現時点において、この世界では魔王だけが勇者の強さを正しく評価していた。
 腐敗しきった政治家と軍上層部たちを動かし、人類の力を適切に操り、結集するだけの力が勇者にあるのだと、魔王はそう考えていたのである。

 仮にリッチを手元に確保していなければ『外海そとうみ』対策のために残しておきたい調整官ではあったが、リッチが手元にいるので、できれば敵側に残しておきたくない人材筆頭である勇者はこうして殺害が決定されたのだった。

「でも、勇者はわりと危機察知能力が高いからなあ。なんか嫌な気配を察して王都に引きこもるかもしれない」

「ん? あ、そっか。なるほどね。……リッチが黙って軍を抜けたから、勇者が突き上げ喰らってんだわ。前線で『信頼を回復するまで』戦い続ける流れになってんの」

 リッチは魔王に『自分は勇者パーティーの死霊術師です』と明かしていないのだが、魔王はさも『知ってて当然』みたいにリッチの経歴をつかんでいた。
 その上で敵対的になる様子もなかったので、リッチは放置している。

「……なぜ、リッチが黙って軍を抜けると、勇者が前線で信頼を回復しなければならないんだい?」

「リッチ、勇者パーティーなんでしょ」

「それが?」

「………………いやいや。いやいやいや。勇者のパーティーじゃんね。メンバーの不始末は代表者の管理責任じゃんね」

 このあたりリッチは本当ににぶくて、『自分が軍を黙って抜けたから、戻ったら釈明とか面倒くさそう』ぐらいには思っていたが、『自分が軍を抜けたことで勇者が責任を問われる』というところは想像の外だった。

 自分が戻れば偉い人たちに謝ることになるんだろうなぁ……ぐらいの理解であって、自分という罰する対象が姿をくらましているうちは、誰にも影響が出ないだろうと思っていたのである。
 なにせ、悪いこと……人族の法に反することをしたのは自分個人の判断であり、そこに勇者は関係ないのだ。
 むしろ止めようとした勇者を振り切ったぐらいの勢いである。勇者は協力者でも教唆犯でもなく、純粋なる被害者なのであった。これが責任を問われるという状況は、まったく理に適わない。

 だが、人族の社会はそうではないらしい。

 魔王はそのことについていくらか説明をしてくれたが、リッチはうまく理解できず、ただただ人社会の醜さ、無駄な権力闘争に嫌な気持ちになるばかりで、そもそも理解しようという気力さえもわかないありさまだった。

「わかった、わかった、ようするにリッチのせいなんだね?」

「……ま、そうね。だから、リッチは勇者パーティーの全滅をお願いするわ。ちょっと行ってサッと殺せるっしょ?」

「なんか君、なにかの対策のためにロザリーとかレイラを生かそうとしてた気がするんだけど、そっちも殺すの?」

「ああ、『外海』? たしかにそっちも対策必要だけど、ロザリーとかレイラは言うこときかなそうだし? いいんじゃね? ってか人族の命を安定的に供給するためには邪魔なんよね、マジで」

 そういうわけで、リッチは元の仲間を暗殺することになり、これを承諾し、達成した。

 ロザリーやレイラなどは魔王の述べるところの『覚醒者』であり、その肉体や魂には価値を見出せるので、できればとっておきたいという欲望もあったが……

 なんせ、死霊術研究者は今、リッチ一人しかいない。ぼっチである。

 だからそこまで手が回らないと判断し、この『覚醒者』はあきらめ、自分が抱き続けた目標である『過去の魂との対話』に注力することにしたのだ。

 かくして命の安定供給ラインの確保はかなった。

 人族の世は乱れ、戦線は膠着━━力や特性において人に勝る魔族との戦いが膠着するぐらいの人数が前線に送られる社会情勢になる。

 十年もするころにはさすがに『下』の者たちも立ち上がり、革命を成そうとして、これが成功した。

 女王が乱れた治世の責任をとらされて処刑され、新たな王が現れる。
 その王もやはり傀儡なので、その子孫にはまた民に不満がたまったころに矛先として革命されて処刑されてもらうつもりだ。

 リッチの研究は、なかなか終わらない。

 過去の魂と対話をするために色々やってみようとするのだが、ブレイクスルーできないというか、おそらくなにかしらのアイデアが必要なことはわかりつつも、そのアイデアが出ないのである。

 一人ぼっちで研究をしている者の限界、というのか。

 柔軟な思考能力や、さまざまな要素を総括的に記憶し、きちんと活かせるような高い記憶力・思考能力を持つ者がもし仲間にいれば、いくつかのブレイクスルーのすえに、とっくに研究は完成していたかもしれない。

 しかし死霊術師はリッチ一人きりであり、リッチは今さら研究者を増やすつもりもなかった。

 それはリッチボディには無限の寿命、無限の研究時間があるから、というのも理由ではあったが……

 一番の理由は、『もう、一人で何十年も続けてしまうと、今さら新しいメンバーを入れるのも怖いし、研究のおいしい部分を横取りされたり、自分でここまで進めた研究にあとから出てきたやつが口出しするのも嫌で、新メンバーは増やしたくない』というものだった。

 ……それは研究者としての歪みだ。
『自分が成果を出すために研究をしている』━━もともとのリッチは『自分が』とこだわる方ではなかった。
 人の選り好みが激しいたちだったから、研究に対して誠実でない者に死霊術を広めるのは我慢ならなかったが、今ではもはや色々理由をつけて『とにかく新しい研究者を増やしたくない』というところまで心が狭くなってしまっていた。

 長く長く長くたった一人でやり続けたせいだった。
 異なる発想、異なるテーマ、異なる視点に触れず、ただただこもって仮説の検証を繰り返す日々が、リッチの心をすっかり硬直させてしまったのだ。

「……うーん、ダメだな」

 リッチがそんなふうにつぶやいた時、何十年の歳月が経っていたのか、リッチはわからなかった。

 暗くごちゃごちゃした研究室にこもったまま、睡眠も食事もいらないこの肉体でひたすら研究に打ち込んだ。
 潤沢な資源を用いた贅沢な環境……しかし、なんの成果も得られなかったのである。

「……そうか、俺には才能がなかったんだ」

 ここまでの努力を、リッチはそんなふうに締め括った。
 それはどこか晴れ晴れとした様子であった。一方で、かすかな言い訳くささもあった。

 環境に恵まれて膨大な時間を使って取り組んだものの成果が出ない。
 それは才能がなかったからだ。━━そう思うべきだろう。

 なにか必要なものを、自分の狭量さのせいで取りこぼしたとは、思いたくなかったのだ。

 ほんの少し、ほんの少しだけ、勇気を出したり、意地を捨てたりしていたなら、まったく違った結果を得られたかもしれないというのは、わかっていた。
 でも、それを認めてしまいたくない。認めてしまったら、自分の過ごした時間が本当に無駄になったように思えてしまい、そんなことには耐えられなかった。

『あの時、ああしていれば』だなんて。

 ……凝り固まって、『研究して成果を出すこと』より『自分が成果を出すこと』にこだわるようになってしまったリッチには、耐え難い。

 反省することは恥だ。
 自分の間違いを認めて、しかもそれが膨大な時間と資源を無駄にするほどのものだったなんて思うことは、ありえない。そんなふうに思ってしまえば、心の中にある大事なものが壊れてしまう。

 きっとその『大事なもの』は他者から見ればなんでもない、くだらない、とるに足らないものなのだというのも、わかる。
 でも、自分にとっては捨てられないものなんだ。

 小さな、プライド。

 世界を変えて、たくさんの命を浪費して、大量の時間を費やした結果が『間違っていました』だなんて、そんなのはプライドが許さない。
 ……そうだ。このプライドの価値がわからないやつは、頭が悪く、理解力と想像力に乏しい愚か者に決まっている。
 自分は愚かではない。だから、自分のプライドの価値がわかる。

 ただ一人の研究者は、だから、『才能がなかった』とこぼした。

 それは自分を正しく受け入れる言葉のようでいて、その実、幾多の『あの時、ああしていれば』が頭によぎってしまうのをまるごと無視して自分のちんけなプライドを守るための、自己防衛の言葉だった。

「これ以上は無理だな。……転生、転生か。なるほど、俺の『過去の魂との対話』が叶わなかった以上は、そちらが正しい可能性もある……魂は転生する……同じ特性を宿したまま……なら……来世に期待するのも、手か」


 ある日のことだ。


 ストックしてある『自由に使える命』が一定量を超えたため、魔王が研究室までリッチを呼びに来た。

 するとそこにリッチはおらず、その体もなかった。

 ただ、彼が使っていたデスクには、『来世に期待する』という走り書きがあるだけで、リッチはすっかり、消え失せていたのだ。

「……ま、そうなるよね」

 魔王ドッペルゲンガーは吹き出すように頬をヒクつかせると、事前に予想していたものを受け入れるように肩をすくめた。

「はいはい。リッチはそうだよね。ほんとに、いつも、そうだ。好きなようにやって、ある程度であきらめて、急にいなくなるんだ。自分の研究にしか興味がなくって、そんで、どれだけ尽くしても、あたしを置いていくんだ」

 ドッペルゲンガーはリッチがいた椅子に腰掛ける。

 そして、天井をあおいで、

「ま、いいけど。命令は更新された。あたしは『次』に備えて命のストックを続ける。どうせまた会いに来てくれるっしょ。そういうのが魂に刻まれてるんだから。だからさ、ま……」

 目を閉じて、静かに、

「いくらでもお待ちしています、お父様。……一緒に旅をしたころのように、わたしを見てくれる日が来ると、信じています」

 言葉にした願いはあまりに空虚で、『叶う』という実感が少しもなかった。
 けれどそれは、努力が足りないからだろう。まだ自分は父の望むようにできていないのだ。

 いつか、父に望まれたことすべてを十全にこなせたなら、きっと、生まれたての自分を運びながら旅を続けた日々が戻ってくるだろう。
 また、何者でもない創造主と被造物として、二人で世界を見て回ることもできるのだろう。

 魔王はしばらく、目を閉じたまま動かなかった。

 たっぷりと時間が経って、なにかを受け入れたように、「うし」とこえを出してから立ち上がり、研究室を出ていった。


エンディング??
 『無駄な時間』

if中編終了。
次回から本編に復帰します。

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