勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

コミック1巻発売記念if 追い出されなかったリッチ4

 魔王城に通されたリッチは、謁見の間でさまざまなことを聞いた。

 この大陸のたどってきた歴史の片鱗。
 世界に『人』と『魔』がいる理由を推察するためのヒント。
外海そとうみ』。

 過去のリッチが使っていた死霊術という技術について。
 ドッペルゲンガーの生い立ちと、それが魔王になるまで。

 そして、大陸でもうリッチでさえもが生まれたころから『そこにずっとあるもの』と認識していた、人と魔の戦争、その発端と継続理由について━━

 ドッペルゲンガーにして魔王たる少女は、そのすべてを可能な限りつまびらかにリッチへと語ったのである。
 なぜなら、

「リッチは、あたしの『親』だかんね」

 かつて、『最初のリッチ』が生み出した生命体こそが彼女であり……
 彼女は、『魂は転生するもの』と考えている。

 人の行動、性質、才覚はすべて『魂』によって決定づけられており、人がなにを成したがりなにを成せるのかは、すべてが『今生』ではなく『前世』によって決まる……そういう説だ。

 リッチはこれを聞いて、

(なるほど、そういうこともあるかもしれない)

 と、思った。

 ……別な世界線、別な人生を歩んだリッチにとって、『お前の研究もその成果も、すべて魂により前世から決まっていたことで、そこにお前の努力が介在する余地はなかったのだ』というのは、怒りどころか発言者への殺意さえ湧くほどの、ひどいひどい侮辱だった。

 しかしこの人生のリッチはまだ『自分がなにかを成した』という自信もなく、また、自分がなぜこんなにも死霊術にのめりこんだのか、その答えをぼんやりとさえ得ていなかった。

 なので『前世』というものを持ち出されて、その影響だとする説は、今のリッチにとって一定の納得ができるものだったのだ。

「記憶が残ってるのは、今回が初めてなんだよね」

「……言っておいてなんだけれど、君は俺に記憶が残っていると信じているのかい?」

 思い返してみれば、ずいぶんとうさんくさい物言いをしていた自覚がある。
 すべてはドッペルゲンガーから死霊術やリッチについての情報を抜くための奸計だったわけだが、ひとしきり話が済んだあとでは、『よく、こんな怪しいやつに全部話そうと思ったな』というほど、自分の言動は怪しかった。

 しかし……

「や、どうでもいいんだよ。嘘でもいいし。ほんとでもいい」

「……?」

「ただね、あたしは……リッチを疑わないんだ。リッチのものだから。リッチが産み出して、リッチに与えられた目標をこなすだけのもの……フラスコの中で産まれたもう一人のリッチ……意思決定機能を持たない、リッチの外付けの手足であり耳目……あなたの期待を満たすためだけにいるもの……」

「???」

「……ま、とにかく、リッチのしたいことを教えてよ。あたしはそれに従う」

 降って湧いたリッチに優しいギャルの『なんでもしますから』を受けて、リッチはまず、不信感をあらわにした。
 リッチは長く長く人の社会で差別され排斥されてきた影響で、自分に都合のいいことを受け入れられない性質が出来上がっている。
 しかもこうまであからさまだと、さすがに相手になにか企みがあるのではないかと、そういう気持ちが湧くのは当たり前のことだった。

「なにが目的なんだい?」

 リッチはたずねた。

 ドッペルゲンガーは力なく笑い、

「目的はもうない。リッチがそこにいるから」

「……ふむ」

 ヤベェやつだな、とリッチは判断した。
 リッチは人生において人とかかわった経験がさほどないが、かかわるやつが全員ヤバかったため、どういうのが『ヤバい感じ』なのかを判断することはできた。

 その基準でいくと目の前の少女はだいぶ『ヤバい』ラインにおり、ロザリーやレイラとはまた別種の触れ難さとでもいうのか、『間違えた対応をしたら殺される感』があるのだった。

 しかし、ロザリーやレイラが『殴り殺してくる』のに対し、ドッペルゲンガーは『社会的に締め殺してくる』タイプのヤバさだ。

 というのも、リッチはドッペルゲンガーから彼女や初代リッチの話を聞く過程で、ドッペルゲンガーが人族の社会に深く根差し、経済・食糧・情報を裏で支配していることも知ってしまった。

 直接的な暴力はリッチボディがあればどうとでもなるが、こういう社会的な圧力にはめっぽう弱い。
 リッチは人を殺すのが得意なだけで、経済も、社交も、生活も苦手としている。
 リッチボディは生活費という鎖から解放してはくれたけれど、研究にはどうしようもなく設備や金が必要で、魔王ドッペルゲンガーはそういう方向での攻撃をこそ得意としているのだ。

 リッチは覚悟を決めた。

「わかった。君の言葉を全面的に信じよう」

 疑ったところで裏もとれないし、社会的圧力への対抗手段も持たないための、全面降伏だ。

 するとドッペルゲンガーはうなずき、

「じゃ、どうする?」

「なにが?」

「あたしはリッチの希望を叶えるためにいるから」

「…………」

 なにが君をそこまでさせるのか、という問いが浮かんだ。
 しかしきっと、その答えは先ほどすでにもたらされているのだ。
『目的はもうない。リッチがそこにいるから』。……理解できない。意味もわからない。推測も不可能だ。けれど、それは彼女にとってなにより重要であり、今、彼女が全面的にリッチに行動方針を投げている理由なのだろう。

「リッチは、研究したい」

「ま、リッチはそうだよね」

「今のリッチの」リッチという言葉が飛び交っていたせいで、いつのまにか一人称がリッチみたいになってしまったが、なんかなじむのでまあいいかと思った。「……リッチの最終目標は、『過去の魂との対話』だ。それが叶えば、滅んだ知識を正確に知ることができるかもしれないからね」

「ああ、『ヤガミ』?」

 それはドッペルゲンガーを産んだ初代リッチとかかわりのある人物の名前だった気がするのだが、リッチは個人名をよく覚えられないので、極めて適当に「ああ」とうなずき、

「……とにかく、『過去』には対話したい相手がたくさんいる。リッチはそれを叶えたいから、そのための研究をする施設と、資金と……」

 あとは人材がほしいところではあった。

 しかし、リッチはこれまで人族の軍におり、その中で死霊術を人に教えろと命じられることもあったわけである。
 そういった時に『生徒』となるのはいつでも『死霊術で無双しようと考える、貴族や軍の上の方にコネがある、次の英雄になるべく根回しが済んでいる連中』だった。

 そういう連中はプライドばかり高く、勤勉さがない。

 死霊術において『相手を殺す』というのは基礎にして奥義なものだから、そこにいたるためには『生命について』『魂について』『記憶について』などの膨大な基礎知識がいる。

 ところがお偉いさんの命令で『生徒』になる連中ときたら、『そういうおぞましい知識はいらない。とにかくとっとと敵を殺す方法を教えろ』と偉そうに命じるばかりで、まったく知識を得ようとしないのだ。

 連中は死霊術のことを攻撃兵器かなにかと勘違いしているようだが、死霊術は学問であり、人を殺す技はあくまでも魂を扱う前段階に修得する基本技術で、ゴールでもないし、スタートでもない、過程なのだ。

 いきなり教えることも、それだけを目標に教えることも、したくない。

 そういう連中に死霊術を利用されるのが業腹であったリッチは、まともな授業をせず、『死霊術を独占している』などと後ろ指を指されながらも、その知識や『死のささやき』を広めなかったのである。

 もしも若く素直で賢い、今後五十年、百年と死霊術と向き合っていけそうな者たちを生徒とできるなら、リッチも心が動いたかもしれないが……

 そうやって考えていくと人材育成というのの手間ばかりが巨大に見えてしまい、なんとも面倒くさくなり、『やっぱ、一人でやるか』という気持ちになってしまうのだった。

「……まあ、とにかく、色々ほしい。けれど、もっとも重要にして最低限必要なものは……」

「ものは?」

「命」

「……」

「死霊術は生命を扱う。そして学問とその向上には幾多の実験が必要であり……実験結果のほとんどは『失敗』か、『今は失敗としか思えないもの』だ。つまるところ、実験に使う命はいくらでもほしい」

「なるほど」

 ここでドッペルゲンガーは嬉しそうに笑い、

「んじゃ、命、とってこよ。たくさん、とってこよう。リッチのために、いくらでもとってこよう」

「……」

 魔王の発言ということを思うと、それは『人族の命を確保しよう』という意味合いに思えるが……

(……まあ、いいか)

 リッチはちょっと人族領土での暮らしを思い返してみたけれど、そこで『どうしても守りたい命』とか、『無事でいてほしい人』とか、そういうものが思い出せなかった。

 人族社会においてのリッチは、基本的にはぐれものなのだ。

 その社会に尽くしたことはあったし、その社会での生活を維持しようと努力もしたが……
 逆に、他により恵まれた生活ができる環境があれば、人族の社会に未練はなかった。

「……ああ、でも、勇者には悪いことをしたかな。そうだ、勇者にだけは、ちょっとおうかがいを立てて…………うーん、まあ、いいか。面倒くさいし」

「いや、いいんかい」

「軍、黙って抜けてきちゃったんだよね。あと、『魔王領で魔王と対面して色々なことがあったんだけど……』とか説明しようものなら、色々突っ込まれるし、どこかに話が漏れそうだし、いいことが一つもない。やめとこう」

「じゃ、命の確保を始めよっか」

「うん。……めちゃくちゃに殺しまくるのはダメだよ。死霊術は命を蘇生したりもするけれど、魂が肉体から離れていわゆる『あの世』に行くまでの時間は非常に短いし、保存もしにくい。魂の抜けた肉体の方も腐るしね。だから……『生かしたまま、一箇所に集めて管理する』体制がほしいな」

「んじゃ、そのへん詰めてこっか。だいじょぶ、だいじょぶ。あたし、これでも人族の維持管理とかめちゃくちゃ得意だし。今の体制にちょい乗せで全然いけると思うわ」

「……そういえば、君はなんで、俺の前にいきなり現れて、俺に声をかけたんだい? 魔王なんだったら、別な誰かを遣わせるとかあっただろうに」

 本当に突然思いついた疑問を、なんの気なしに口にした。

 すると魔王は快活に笑って、

「見つけたから、すぐに会いたかったんだよ」

「……」

「他の誰かに見つかってたら、しばらく様子を見るぐらいの冷静さを取り戻せたかもしれないけどね。会いたかったんなら、しょうがないじゃん?」

 気になったことを、気になったままにできない。
 ほとんど衝動的とも言えるほどすぐに『気になったこと』の解消をしたい気持ちに襲われて、いてもたってもいられなくなる。

 その気持ちには、リッチも覚えがあった。

「……リッチがこんなことを言うのは本当に自分でも意外だし、おそらく人生において二度と言わないとは思うのだけれど」

「なに?」

「君とはうまくやっていけるかもしれない」

 するとドッペルゲンガーはおどろいたような顔になり……

 笑った。

「当たり前じゃん。あたしとリッチだかんね」

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