勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

129話 決戦開始回

 その城は不気味な黒雲のもっとも濃い場所にあって、まがまがしいシルエットでもってそばに寄る者を威圧する。

「あ、入り口、鍵かけてないんだ。まあ入りなよ」

 土地勘のあるリッチに先導されてロザリーとたくさんの魔族たちは「お邪魔しまーす」と魔王城へ入っていった。

 中に踏み入れば清掃の行き届いたエントランスがまずは一行を出迎える。とはいえ内部は廃墟風という一貫したコンセプトがあり、絨毯などはなく、壁や床にはひび割れのようなペイントがほどこされている。

 リッチはエントランスを入ってから正面にある大階段を無視して左へと進み始める。
 その後ろをロザリーと魔族たちも続くのだが……

「あ、しまったな」

「罠ですか?」

 ロザリーがたずねながら拳を固めたのは、あらゆる罠を拳で粉砕する意気込みがあるからだ。
 たいていの罠は『しまった』と思ったタイミングで対応しようとしても遅いのだけれど、ロザリーなので殴ればたいていのことが解決するし、本人もそのように学習しているからまず『拳を固める』という行動に出る。

 しかし……

「いや、いつものクセで蔵の方に向かってしまったんだけど、謁見の間は正面の大階段をのぼった先なんだよね。引き返そう」

 リッチ、実のところ謁見の間より蔵に行くことが多い。

 これは研究者の性質と言ってしまうのははばかられる、リッチ研究所構成員の性質なのだが、全員が『自分さえ場所がわかっていればいい』という思想に基づいた整理整頓をするので、道具や素材などを研究所に置いておくとあっというまに研究所がカオス化する。

 そこですぐには使わないものを魔王城の蔵であずかっておいてもらうのが習慣化しており、リッチは集めたものを魔王城に持ち運ぶことが案外多い。

 それでもリッチたちは思い付いたタイミングで『整理しよう』と決意するまであらゆるものを研究所保管するし、研究所そばの倉庫に放り込んで魔王城の蔵に運ぶのをサボるため、たいてい研究所も倉庫もいつでもいっぱいではあるが……

 少なくとも、謁見よりは素材・道具を蔵に運ぶ回数の方が多い。
 なのでなにも考えないで歩いているとリッチの足は自然と蔵の方へと向くのだ。

 リッチ一行はぞろぞろとエントランスに戻り大階段をのぼっていく。
 魔王が普段大きな姿でいるので、場内は巨人も問題なく通行できるぐらいに天井が高いけれど……

「リッチさん、オレたちはここまでみたいです」

「どうしたんだい?」

「階段の段差が小さくて、のぼるのが面倒で……」

「そうか……」

 ほとんどの設備が人間サイズ用なので、階段のチマチマ具合がなんかダメで、ついてきたうち巨人たちがエントランスでリタイアした。

 続いて長い回廊に入る。
 その左右には作者もよくわからない絵画やツボなどがかかっているのだが……

「リッチサマ……ここまでみたいダ」

 ドラゴン族たちが残念そうに回廊の入り口で止まる。

 リッチが振り返って首をかしげると、ドラゴン族たちはぶるりと震えながら回廊の絵画を見て、

「こういう、壊したらまずそうなモノがあル場所は、こわいんダ」

「そうか……」

 そういうわけで、ドラゴン族がここでリタイアとなった。

 ……仲間たちをパージしながら、リッチたちは進んで行く。

 回廊を抜けると次はいよいよ謁見の間に続く巨大扉がそこにある。

 あとはあの扉さえ開ければ魔王が普段よくいる(今いるかはわからない)謁見の間なのだが……

「リッチさまー」

 ここで、最後までついてきていたゴーストたちが声を発する。

「なんだい?」

「遊んできていいですか!」

「いやしかし、魔王の待つ謁見の間は目の前だよ。ここまで来たんだし、ついでに寄っていかない?」

「飽きちゃった」

「そっか」

 飽きちゃったなら━━しょうがない。

 ゴーストたちに別れを告げれば、ついに残ったメンバーはリッチとロザリーだけになってしまう。

「残された彼らの想いに応えるためにも、必ずここで魔王を倒そう」

「そのノリ、なんですか???」

 ロザリーがいっぱい首をかしげた。

 リッチは手にした杖でゴンゴンと目の前の扉をノックする。

「魔王、いるかい?」

「いやなぜノックしたんです??? 目の前ですよね??? 突撃すればいいのでは????」

 すると中から「いるよー。おいで」という声が聞こえた。

 リッチはロザリーへと振り返り、

「行こうか」

「待ってください。我ら、魔王を倒しに来たんですよね? なんですか全体的にこの空気感。仲のいいお友達のお宅訪問かなにかですか?」

 ロザリーはおいといて、リッチは扉を開けた。

 中は相変わらず巨大な空洞といった様子の広い空間であり、大きすぎる玉座にぽつんと腰掛ける存在以外には、警備のための兵も、家臣も、誰も存在しなかった。

「……誰ですかあれは?」

 ロザリーが玉座に掛ける人物を見て首をかしげる。

 まだまだ遠近法の問題で小さいが、ロザリーは眼筋も鍛えているので、すでにその姿をハッキリ捉えているのだろう(眼筋と視力との関係性については謎に包まれている)。

 玉座に腰掛けるのは、褐色肌に白髪の少女であった。

 多少先鋭的な服装をしているものの、角もなく、しっぽもない、人族のように見える━━ただし、今はもう絶滅してしまって存在しない特徴を持つ、人の少女のようにしか、見えなかった。

「倒しに来たけど、なにかあるかい?」

 リッチは問いかける。

 少女━━魔王は短いスカートの下の脚を組み、

「や、待ち受けてあげる必要は全然なかったんだけどね、一個だけやってほしいことがあって。ちょっと話せたらなって思って待ってたわけ」

「誰ですかあれ」

 ロザリーはしつこく問いかけるが、リッチも魔王も無視した。

 魔王は話があるという。
 ならば、あれを魔王だと説明してしまうと、ロザリーが殴りかかるので、話ができなくなってしまうのだ。

 リッチは問いかける。

「君とすべき話はたくさんあるんだろうね。リッチとしては、君の転生信望以外について、実のところ、わりと気に入っているし、感謝もしているんだと思うよ。なにせ君は、リッチによくしてくれたからね」

「ウケる。……でも、敵対するんだ」

「思想が、どうしても受け入れられないからね。君の説はあらゆる『悩み、努力し、新しいものを発見しようとする者』の意思への侮辱だ」

 人がなにに興味を持ちなにを成すかは、『前世』から決まっていて。
 現世の自分がなにを成そうが、それは前世の功績にしかすぎない。

 ……魔王の思想はようするにそういうことなのだ。
 研究者として━━努力し、苦労し、新発見をし、理論を提唱し、学術を未来へ進めようとしてきた現代を生きる自分にとって、それはどうにも、我慢がならない。

「情熱も、失敗も、全部、今を生きる俺のものだ。過去を生きた誰かなんか、関係ない。この『解き明かしたい』という、説明できない衝動に理屈はいらない」

「で、それをあたしに証明しようとしてたわけじゃん? ……だからさ、それを待ってたわけ」

「つまり、君が俺に望むことは……」

「そう、あたしがリッチに望むことは……」

 魔王が玉座から立ち上がる。

 そして、天井を━━『魂がそこにある』とリッチたちが解き明かした方向を見上げて、

「初代のリッチに、会わせてよ。できるもんならね」

 それは『本当に今、目の前のリッチが転生体でなく、死者の魂が死者のまま空にあるならば』という挑発でもあった。

 だからリッチは、こう応じる。

「もちろん、そのつもりだよ。俺は俺の研究者生命をかけて、君の転生説を否定する。そのために、ここまで攻め込んだのだから」

 魔王が瞳を細めて攻撃的に笑う。

 リッチもまた、骨のみの顔に好戦的で、彼らしからぬ獰猛な雰囲気をたたえていた。

 視線が交錯し、ここに魔王と勇者パーティーの最終決戦が始まる。

「え、つまり今はなにが起こっていいて、あの者は誰なんですか?」

 ついていけないロザリーが質問するが、もう、二人のあいだに挟まることはできなかった━━

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