勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

126話 考えるより感じるままにした方がいいタイミングもあるんだなぁ回

 ジルベルダは死んでしまった。

 リッチとランツァ、二人の死霊術師を相手に無策で殴りかかったからだ。

 王都よりはるか東には長い長い長い長い戦争で荒れ果ててしまった荒野があって、そこは昼時でも砂にまみれた風が吹き、視界がよろしくない。

 魔王への大攻勢を目前に控えて、展開した軍勢はなかなか始まらない進軍に戸惑っている様子だった。

 しかし残念ながら進軍はまだ始まらない。

 なにせ『北軍の大将が、南軍の大将にして全軍大将である女王陛下および大元帥リッチにいきなり殴りかかった』という大事件が起こったのだ。

 全然事情を把握していない者らは『なにかあったっぽい』空気を察してざわざわしているが、リッチたちの周囲でことの顛末を見ていた兵士たちは、事態の展開速度に全然ついていけずに静まり返っていた。

 リッチとランツァはざわめく兵士たちの中心で、倒れ伏したジルベルダを見下ろし、しばし呆然としていたが……

「コレ、どうする?」

「待って。今考えるから」

 ランツァが片手で顔をおさえながら、片手をリッチに向けて突き出した。

 彼女はまだ十四〜十六歳ぐらいだったと思う(リッチは自他の年齢に対する興味が極度に薄いので親しい相手の年齢であっても覚えられない)ランツァは、もう老人のように疲れ果てた雰囲気が漂っていた。

 ランツァは顔をおさえたまま、

「これから思考整理のために独り言をつぶやくから、リッチは相槌だけ打って」

「わかった」

 相槌の意義は不明だったが、リッチは従うことにした。

 こういう時にランツァがまったく無意味なことを願い出るとは思わなかったからだ。

「まず、こいつがいきなり攻めかかって来たのは、謀略によるものか、突発的なものか。……きっと突発的なものね。だって『軍を率いてるから先に女王陛下をつぶすことにしましたぁ〜』とか言ってたくせに、こいつが率いる北軍は全然続かないし、死霊術に対しても無策だもの」

「そうだね」

「そしてこいつの処遇だけど…………死なせたままにしたいけど、そうもいかないのよね…………こいつに手柄を挙げさせるためにわざわざ一軍をあずけたのに、死んだままじゃどうしようもないし……」

「そうだね」

「憑依して肉体だけ動かす……クリムゾンか他の死霊術師がいれば任せたけど、今はわたしもリッチも軍の先頭からいなくなるわけにはいかない……」

「そうだね」

 もちろんリッチは軍事も政治もわからないので、ランツァの発言の意図はぜんぜんわかっていない。
 別に消えてもいいじゃん、とか思っている。

 だが、今はランツァに説明を求められる雰囲気じゃないので、忘れなければあとで聞くと思う。

「リッチ」

「なにかな」

「……こいつを説得して、魔王を倒すまでは大人しくしててもらうことは可能だと思う?」

「それはロザリーに『二度と人を殴るな』と指示してそれに従うかってこと? 『大丈夫、今殴ったのは人ではありません』とか返ってくるだけだと思うけど」

 つまり、無理だし、屁理屈をこねる。

 ランツァはそれからもしばらく考え込んでいた。砂まみれの風に揺られて揺れる金髪が奇妙にほつれてセクシーだった。

 そして、ランツァは顔を覆っていた手をどけて━━

 ━━笑った。

「よし、考えるのはやめたわ」

「そうだね」

「あのねぇ! わたしねぇ! 色々考えるんだけどねぇ! だいたい裏目に出るの! もう考えない方がいいわ!」

「やけくそだね」

「わたしはレイラになりたい!」

 つまりバカになりたいということだ。

 たしかにレイラの人生はストレスが少なそうでうらやましい。今なんて意識が戻らないまままだ寝てる。あいつよく意識が戻らないままになるよな。

 そしてレイラの意識が戻らないあいだにレイラのぶんを補填するかのように別な巨大ストレスが襲い掛かるので、レイラが寝てても苦労が減らないランツァなのだった。かわいそう。

「はい蘇生しま〜す。よみがえりなさい。また変なこと始めたらまた殺すから!」

 ランツァがいつの間にか対話フェイズスキップバージョンの蘇生術を身につけているのにリッチは感心しつつ、後方師匠顔で腕を組んで成り行きを見守るモードに入った。

 しばしして死んでいたジルベルダの体に力が戻っていき、倒れ伏していた体がガバッと跳ね起きた。

 ピンク髪に星のまたたく瞳を持つやべー女はキョロキョロしたあとにランツァに目を留めた。

 ランツァは持っていた王杖を構えてファイティングポーズをとる。下手なことしたらすぐ殺すという意思が頭のてっぺんから爪先まで満遍なくみなぎっている。

 ジルベルダは自分に杖を向けるランツァを感情のない顔でじぃぃぃ〜っと見たあと━━

 ゆっくりと、顔に笑みを浮かべた。

 不気味というわけではない。顔の造作がかわいい系なだけあって、笑顔もやはりかわいい系だ。
 しかしそこにこもる雰囲気というのか、熱量というのか……紅潮したほおだとか、ランツァを見上げる瞳だとか、そういうものに、たっぷりと尋常じゃないなにかが配合されている。

 警戒のせいだろう、あまりにも長い時間が経った気がした。

 そうしてようやく、ジルベルダが口を開く。

「女王陛下」

「……なに?」

「あなたを殺そうとした私を生き返らせてくださったのですか?」

「まあ、しょうがなく……」

 本当に嫌そうに顔をしかめるものだから、リッチは思わず笑ってしまった。
 これがランツァと長く過ごしていても一度も見たことがないほど、本当の本当に嫌そうな顔なのだ。他者の感情を読み取るのを苦手とするリッチでさえも、『うわぁ、嫌そう』とはっきりわかるほどだった。

 ジルベルダは「ほぅ……」と息をつくと、祈りでも捧げるように手をこまねいてランツァを熱っぽく見上げ、

「私、あなたにお仕えするために生まれてきたのかもしれません」

「はぁ!?」

 嫌そう。

「いえ、きっとそうです。神様のお告げはこういうことだったんですね! あなたに挑みかかって敗北し、殺されて蘇生される……ここまで織り込み済みの託宣だったんです」

「あなた、思い込みが激しいってよく言われない?」

 言われたことはなさそうだったが、軽く洗ったジルベルダの経歴からすると、めちゃくちゃ影響を受けやすいことはたしかだ。

 神官→レイラ→謎のフード女 (たぶん魔王)と依存対象が次々変わっている。

 つまり今、その依存対象がランツァに変わっているっぽいのだが、今後もなにかよさげなものを見つけるたびに依存対象を変える気配がある。

 しかも依存条件がかなりパッション系で、『死亡状態から復活させた』とかの明確なものではない。
 なぜってその条件ならリッチも依存対象たりうるのだが、少なくとも記録にある範囲で、ジルベルダがリッチに依存した様子がないからだ。
 たぶん見た目もおおいに関係ある。なにせリッチ、骨だし。女の子うけは悪いだろう。

「私、償いのためにも女王陛下のお役に立ちます! あなたのために魔王を倒します! 私の活躍はすべて、女王陛下のために!」

「あぁ〜計画がぁ〜〜〜〜〜計画が狂う〜〜〜〜〜!!!!」

 ランツァが頭をかきむしり始めた。

 ジルベルダに活躍させて新しい女王に祭り上げようと軍をかきあつめたというのに、そのジルベルダがこうもはっきり兵士たちの前で『女王陛下の忠実なしもべです!』ムーブをすると、『ジルベルダがランツァと競い勝って、ランツァを追い落とし新しい女王になった』というカバーストーリーが使えなくなってしまう。

 ここからできるのは『魔王との決戦の時、行方不明になったランツァの意志を継いでジルベルダが立つ』というカバーストーリーであり、それはなんかダメだって言ってた気がする。

 なんにせよ難しいことがわからないリッチは、さすがに見てられなくなったので、こんな提言をした。

「もうとにかくさ、魔王を倒しに行かない?」

 思考・謀略のフェイズがあまりに長すぎた気がする。
 というか時間を与えれば与えるほど魔王有利になるというのは前々からずっと言われていたことだ。ならここはいちいち考えるより、もうレイラになるべきだろう。

 ランツァは長い長い息を吐いて、

「よし、突撃!」

 号令をかけて走り出した。

 もちろん兵士たちは全然展開についてこれていないのだが、ランツァが走り始め、ジルベルダが「お待ちください女王陛下ぁ〜!」とあとに続いてしまって、

「……君たち、行かないの?」

 リッチがそう問いかけたもので、戸惑い、士気もなにもあったもんじゃないが、とにかく「い、行くぞぉぉぉ!」と走り出した。

 前が走り出すと後ろも『え、行くの? 行っていいの?』と戸惑いつつも走り出し、さらに後ろも同じように続く。
 真横で軍隊が動き始めたので『あれ? 行っていいの?』みたいな停止のあと、横の軍勢も「す、進めぇ!」と進軍を開始した。

 走り出せばなんだかんだ勢いがつくもので、軍勢は土埃を上げながら次第に一体になり進んでいく。

 リッチはすっかり取り残されてそれを見送りながら、コリコリと額を掻いた。

「未だかつてないグダグダ進軍だなあ」

 そうしてゆっくり歩いて、あとを追う。

 かくして対魔王大侵攻は、なんだかんだ開始した。

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