勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

117話 タンパク質とカルシウム回

 リッチがあれこれやっているあいだも大礼拝大会ブートキャンプは続いていたようだった。

 神殿にリッチが入るとすりあげ腕立てをしていた信者たちはギョッとして動きを止める。

 それはそうだろう。なにせ死霊術独裁国家のトップがいきなり現れたのだから。

 世間では『死の即位式』と呼ばれる、リッチが王宮バルコニーで女王ランツァを眷属アンデッドにした(ことにした)イベントはわりと有名で、現場を生で見ていない者も、投影された映像を見ていない者も、名前だけは知っている。

 まあなにも知らなくても、いきなり骨剥き出しの化け物が現れればたいていの人はおどろく。
 それがボロのローブをまとって杖を手にしているとすれば、リッチだと理解するだろう。リッチ、わりと有名なので。

 しかしロザリーは大したもので、慌てふためく信者たちを片手で制すると、まっすぐにリッチを見て問いかける。

「あなたはこの神殿に足を踏み入れる資格がありますか?」

「うわ、本当に聞くのか……」

 ランツァから聞いていた通りだが、納得できない。

 そもそも殴り殺される前は普通に大礼拝大会お手伝い用員として中にいたし、なんなら資格を問う前に殺害したことに対する罪の意識を問いたい。
 人、理不尽に殺されるとそこそこムカつくものなのだ。
 ましてや昼神教は蘇生NG宗教のはずで、あの殺害は昼神教の認識において不可逆なもののはずである。

 しかしこういう棚上げ行動についてはお互い様という自覚がリッチにはある。
 いや、リッチは断じてロザリーを殺していない。今、目の前に生きているのがなによりの証明だ。
 しかしそういう死霊術的な話は死霊術的価値観を勘定に入れてものを考えることができる相手にしか通じないし、ロザリーはものを考えることをしない。

 だからリッチはあらかじめランツァに言われていた通りの対応をすることにした。

「リッチは自分の足で樹海を越え、山をのぼってここまで来た」

「よろしいでしょう。神殿はあなたの来訪を歓迎します」

 霊体の帯に乗る『霊体サーフィン』という移動法がリッチにはあって、これは楽で速いのだが……
 大礼拝大会ブートキャンプ中の昼神教神殿に正面から入るには二足で歩いて、あるいは走ってここまでたどり着かないといけないとランツァに助言されたので、そうしたのだった。

 この非効率的なものは『儀式』であり『マナー』なのだろう。

 いちおう相手のテリトリーに入るので、そこを鑑みて合わせる配慮、というわけだ。

 このへん、いくらランツァからの忠告があったとはいえ、相手側の価値観に合わせて行動できるようになったのは成長だよなあと思うリッチなのであった。そだッチだ。

 ロザリーが体を傾けて筋トレ集団の方を手で指し示す。

 どうやら混ざって運動しろということらしい。

(…………いや、見てわからないのか? リッチには鍛えるべき筋肉なんかないよ)

 骨なので。

 しかし大礼拝大会の最後でなんかバトルな空気にしてレイレイをうまいこと殺しつつロザリーに『まあ、いいでしょう』されるために、そこまで相手の流儀に合わせなければならない。

 政治だ。

 リッチは杖をそのへんに投げ捨てて、示された通り運動する集団に混じる。

 それでも信者の大半……レイレイを除く全員がビビってしまってまったく動かないので、ロザリが壁殴りして注目を集めてから、こう言う。

「長すぎる小休止は筋肉かみに見放されますよ」

 ロザリーの壁殴りはめちゃくちゃ手加減したものだったが、それでも古代から現代まで生き残った基礎の丈夫な神殿が『ずずん……』と揺れるほどのものであった。

 信者たちはリッチの怖さはふんわりと『不気味だなあ』ぐらいに思っている程度だが、ロザリーの拳ははっきりと『死』を感じるのか、慌てて腕立て運動に戻る。

 リッチもローブを脱ぎ捨てて信者に混じり腕立てをしていく。自分はなにをさせられているんだろう感がものすごい。

 運動、再開。

 見た目だけなら間違いなくこの中で一番貧弱なのだが、リッチに体力の限界はないので、いくら数をこなしても疲れない。

 それだけにひどい徒労感ばかりがあって、この時間を研究に使えたらあんなこともこんなこともできるのに……と焦燥感がヤバかった。

 先ほどまで均一な感覚で並んで運動していた人々は、リッチを避けて距離をとるので、リッチの周囲には不思議な空間ができている。

 その中にあってリッチの真横で運動を続ける強いハートの持ち主がレイレイだった。

 レイレイはリッチがちらりと視線を向けると、それにさとく勘付いてニコッと笑みを返してくる。
 実年齢はともかく見た目は十代前半、もしくはなりたての少女っぽいその笑みは無垢で、容姿はいいのでかわいらしいと世間の人は思うのだろうが、ちょっと前に自分を殴り殺したやつが隣で笑いかけてくる状況はわからないですね。おもに精神構造が。

 まあ、リッチは生きているので死んでないのだけれど……

 リッチにとって退屈極まりない運動の時間はそうして過ぎていき、大休止の時間となった。

 信者たちには豆を粉にして固めて焼いた保存食と燻製肉とたっぷりの水が与えられる。

 リッチにも与えられたがタンパク質フリーの体なので詰め込む場所がどこにもない。

 するとレイレイがちょこちょこっと近寄ってきてニコッと笑うものだから、リッチは豆バーを差し出す。
 レイレイはそれをくわえると吸い込むような勢いで食べて視線を燻製肉に移すので、リッチはそれも与えたら、また吸い込まれた。

(豆バーが喉に詰まったことにして殺したらまずいかな)

 レイレイの笑顔を見ながら考える。しかしたぶんダメなのだろう。

 リッチには人の心がわからぬ。そして人の心アドバイザーのランツァが大礼拝大会の最後の一騎打ちまで待てと述べるなら、そうした方がきっといいのだ。

 なにせ今のランツァは勇者からレイラ・ロザリー操縦の奥義まで教わった。
 レイレイとレイラは違うかもしれないが共通点も多い。そして大礼拝大会最後の一騎討ちまで待ってから殺すというのは、どちらかといえばロザリーへの配慮だ。ランツァの作戦には従うべきだろう。

 リッチ割り当ての食料をすっかり略奪し尽くしたレイレイが次に水へ狙いを定め、リッチはその笑顔を見ながら殺し方を考えているところに、新たなる者が加わってくる。

 そう、ロザリーだ。

「ところで、あなたはなぜ戻ってきたのですか?」

 意外な問いかけだった。

 というのも、ロザリーはそもそもリッチがやることもないのに『応援しろ』と言って引き留めた者であり、運動を志す者全般に対してその目的を問わない思考皆無脳筋神官である。

 まさか『レイレイをいい感じに殺すために……』と答えるわけにもいかないリッチは口ごもる。
 経験上、下手にごまかそうとしてもいいことにはならない。こういう時は黙っているべきだろうという判断もあったが、どっちかと言えばとっさに言葉が出なかっただけだ。

 しかしその沈黙はロザリーにメッセージ性高いものと判断されたようで、ロザリーは「なるほど」ともっともらしくうなずき、

「神は教えを守ろうとする者にも寛大です。もっとも、殴って精神を叩き直す工程は必要ですが……あなたであれば、その工程も無事にくぐり抜けることでしょう」

 なるほど改宗希望と思われたようだ。

 たしかに昼神教は教えを守る者や未だ教えを知らぬ者はノー通過儀礼で迎え入れるのだが、他の神をいったん信じてから宗旨替えしようとする者は一発殴ってから迎え入れるとか言っていた気がする。
 そしてロザリーに殴られると一発で死ぬ(蘇生NG)。

 だがたしかに、リッチボディなら例のナントカカントカ拳……震動により殴ったものをチリにする理外の力さえ使われなければ、耐え切れる。

 まあ、ロザリーはでたらめなので、物理無効を普通にくぐり抜けてきそうではあるが……

(……なるほど。これはもしかして、本気で宗旨替えしようとしていることにした方が、都合がいいかな?)

 あるいはランツァはそこまで計算してリッチを大礼拝大会に参加させたのかもしれない……(※ランツァに聞いたら『そこまでは考えてなかったわね』と答えます)

(よし、勝手に勘違いしてるようだし、そのままにしておくか)

 リッチは決意した。しかしリッチの決意はだいたいグダグダになってなかったことになるか、望まない展開の呼び水となる。

「一緒にがんばりましょうね」

 レイレイが嬉しそうに言う。気持ちがわからない。こいつは親しくしたいのか殺したいのかどちらなのだろう。まあ最後は殺すから関係ないけど……

 対応に困っているうちに大休止も終わり、リッチにとって無意味な運動の時間が再開される。

 信者たちはやはりリッチから距離をとっているのだが、そっちの気持ちの方がレイレイの感情よりよほどわかりやすい。

(人間関係は面倒だなあ)

 ため息をつきながら腹筋運動をしていく。

 特に引き締まる筋肉もないので本当に無駄な時間で、思考が捗ってしまうのだった。

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