勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
116話 人を殺すには計画が必要回
「……やっぱり交通の便が悪いところには、いくらか『体』がほしいなあ」
超長距離憑依術による擬似的な転移術は本当に楽で、こうして歩いて山道を登る時間があまりにも無駄に思えてしまい、ヤバい。
効率的で楽なのはとてもよいことだし、しなくていい苦労をわざわざかって出ることはないというのは言うまでもないことではあるが……
こうやって『ただ、移動している』時間が無駄に思えすぎて、ただ移動しているだけでも時間を浪費してる焦燥が半端でないのは、ちょっとまずいなと思う。
リッチ、山を登っている。
骨の体には疲労もなく、その歩調はただの人族の肉体よりよほど速い。
真夜中の山道は暗いけれど、この体であれば夜を見通すのに困らない。
━━大礼拝大会が行われている神殿を目指し、リッチは歩き続けていた。
もちろんレイレイを殺すためだが、多くの信者たちがいるはずのそこを目指すのに、リッチ本体……『死霊術独裁国家の支配者』の姿で向かうことになったのは、考えあってのことなのだった。
どういう考えかというと…………
◆
「ロザリー保護下にあるレイレイをどうやって殺すかが問題なのよね」
撤収作業がすっかり完了した『降霊の間』……
ようするに勇者の魂召喚の儀式を行った場所で、ランツァは出された椅子に腰掛けながら、悩ましく金髪をかきあげた。
リッチは頭蓋骨をかしげて述べる。
「レイラには『死のささやき』が入るけど」
「ごめんなさい。手段じゃなくて、流れというか、文脈というか……ほら、ロザリーには『魔王討伐の尖兵にするために、昼神教という信念を植え付けよう』ということでレイレイの面倒をみてもらっているでしょう?」
「ああ」
最初はそういう話だったのだが、状況が二転、三転していて、ややこしい。
ちょっと整理が必要だろうと感じたのか、ランツァが述べる。
「まず、行方不明のレイラが、記憶喪失で発見された」
「うん」
「レイラの人格にある問題が深刻だと改めて感じさせられたわたしたちは、その戦力をうまく利用するために、自由すぎてコントロールできないレイラに『信念』が欲しいと考えた」
「そうだね……」
「そこでレイラに植え付ける信念として『信仰』が適切と考えたので、記憶喪失はそのままにして、信仰心を植え付けるために大礼拝大会が開かれた……」
「うん」
「その大礼拝大会の中で、『レイラは記憶喪失なのではなくて、レイレイという新しい人格が生まれていた』ということがわかって━━」
「……」
「その人格がロザリーに傾倒してるし、依然として話は通じないことが発覚していたため、コントロール方法を教わるためにも、勇者を呼び出した」
「それがここまでの流れだね」
「そして、勇者に教わったコントロール方法はあくまでも『レイラのコントロール方法』なものだから、レイレイという不確定要素をなるべく除きたい。だからレイレイの排除をしよう━━と、今はこういうところね」
「うん。だから殺そうかっていうところだね。ああ、この『殺す』は一般的な意味でだけれど……」
「ところが、この流れを正直に語ったり、今のレイレイをいきなり殺そうとすると、ロザリーが袂を分つ可能性があるのよ」
「そうなの?」
「だって今のレイレイは昼神教信者じゃない。さすがにこれに狼藉を働くのは、許してもらえないと思うのよ」
「ふぅん」
ぶっちゃけ今までさんざん昼神教の信徒を殺しまくっているし、ロザリー自身だって幾度となく殺害しているので、今さら『なんでレイレイだけ気にするのかな?』という感じだったが……
リッチは人の心がわからない。
ランツァがそう分析するなら、そうなのかなあ、という感じだ。
リッチが全然わかってない感じなのは察しているだろうが、ランツァは特に補足説明をすることもなく、シリアスな顔をして話を続けた。
「……だから、『殺しても許される空気感』が必要だわ」
「人を殺して許される空気感とかありうる?」
「ロザリーも何度か蘇生してるし、蘇生前提ならなんとかいけると思うのよ」
「……あいつ、『聖戦』が終わったらどうするんだろ。自殺とかするのかな……それはなんか後味悪いなあ……」
昼神教的に蘇生はNGなのだが、今は『聖戦』……『ん? 今、神のためならなんでも許されるって言ったよね?』状態なので、目こぼしされている━━というのが現状だ。
ロザリーは過激派なので『蘇生そのものも、蘇生された命も認めない』というのが基本スタンスであり、全部終わったら蘇生された人を皆殺しにして自分も死ぬ可能性がわりと高い。
ところが現在の人族領域で蘇生未経験者はおそらくほぼいない。
なので魔王が倒されリッチが死に死霊術が絶えたあと、ロザリーは全人類を殺して死ぬことになる。
ひどいバッドエンドだった。
この大陸の未来には救いがない……自分の死後の人類の存続にさほど関心のない死霊術師さえもげんなりしてしまう状況なのだ。
「まあ、ロザリー暴走エンドの防止にはいくつか案があるので、うまいことやるしかないけれど……ともかく、『聖戦』状況下で、ロザリーの目の前で人を殺してもいい空気感を作ることは不可能ではないのよ」
「じゃあこっそりやる?」
「人が死ぬと、案外バレるのよ」
「そっか」
「だからロザリーを納得させつつレイレイを殺す空気感作りが必要になるわ。まあ、言葉を尽くして理解してもらえるならそれが一番平和でいいのだけれど……」
「言葉を尽くす、か……」
「尽くせないのよね、言葉」
リッチとランツァはそろってため息をついた。
そう、ロザリーは……長い話をすると途中で殴りかかってくる。
そもそもリッチが本体に戻る羽目になったのも、エルフボディで長い話をしてぶん殴られたのが原因だ。
ロザリーやレイラの前で『言葉を尽くす』なんていう選択をしたら、それは婉曲な自殺なのであった。
「だからねリッチ……わたし、考えたのよ。暴力で解決しましょう」
「つまり……殺すってこと?」
「結論はそうね。けれど、過程が大事よ。ムード作りっていうのかしら……こんなに真剣に人の殺し方を考えたの初めてだから、うまくできないかもしれないけれど……」
「たしかにリッチも人一人を殺す前にこれほど真剣に考えたことなかったな……」
「リッチも大礼拝大会に参加してほしいのよ」
「あの筋肉の祭典にリッチが? 筋肉ないんだけど……」
リッチの体は━━骨しかない。
ランツァはしかしあくまでも真剣な顔でうなずき、
「昼神教の歴史を調べたところ、前回までの大礼拝大会では、最後にロザリーとの一騎討ちがあったわ」
「昼神教はどこを目指してるんだ。というか前回までの参加者はもしや全員死んでる? アレと一騎討ちは死ぬでしょ」
「まあ、ロザリーも手加減できる方だし……死亡者は一人も報告されていないわね」
「宗教、わりと隠蔽体質だからなあ……」
教団の偉い人に無茶振りされたこともあった、勇者パーティー時代である。
しかもそのほとんどが『内密で実績にならない』仕事だ。
あの当時は『昼神教なんだからロザリーに頼めよ』と思っていたが、なるほど、いかにもロザリーが跳ね除けそうな仕事ばっかりだったなと今は思う次第なのであった。
「……リッチが任されそうになった仕事、あきらかにヤバかったんで勇者に相談してうやむやにしてもらってたけど、全部受けてたらマジでヤバかったよ。主に人さらいとか対抗派閥の殺害とかだったし……」
「まあ、その手の腐敗神官はロザリーが物理的に一掃してそうね……フレッシュゴーレムのせいでだいぶ減ったのもあると思うけれど」
「今の昼神教、めちゃくちゃ健全だよね。ロザリーのおかげで……あいつは本当に……過激思想と筋肉信仰さえなければなあ……」
「その二つがないロザリーはもはや『誰?』って感じだけれど……まあ、とにかくそういうことよ」
「どういうこと?」
「大礼拝大会の最後の一騎打ちでロザリーを倒してもらって、ついでになんやかんやでレイレイも殺して。その空気の中ならたぶんなんとなく許されるわ」
「すごいな。昔の昼神教から依頼された暗殺の仕事みたいだ」
「もちろん『殺して』は一般的に使われている意味よ」
「わかってるよ。しかしロザリーを殺すの、今のリッチでもかなり難しい。あいつ、死んだ直後に肉体だけ動いて自分の魂つかんで体に戻すからね。なんなんだよ本当にあの生き物は。研究したい」
「不可能なら別の方法を考えるけれど……」
「不可能とは言わない。いくつか試すべき推論がある」
「じゃあ、とりあえずやってみて。ダメそうなら次の手を提案するわ」
こうしてレイレイ暗殺計画が発動し……
それはリッチ本体でないと難易度が上がりすぎそうだった。
ゆえに、リッチ本体が山を登るに至るのだった。
超長距離憑依術による擬似的な転移術は本当に楽で、こうして歩いて山道を登る時間があまりにも無駄に思えてしまい、ヤバい。
効率的で楽なのはとてもよいことだし、しなくていい苦労をわざわざかって出ることはないというのは言うまでもないことではあるが……
こうやって『ただ、移動している』時間が無駄に思えすぎて、ただ移動しているだけでも時間を浪費してる焦燥が半端でないのは、ちょっとまずいなと思う。
リッチ、山を登っている。
骨の体には疲労もなく、その歩調はただの人族の肉体よりよほど速い。
真夜中の山道は暗いけれど、この体であれば夜を見通すのに困らない。
━━大礼拝大会が行われている神殿を目指し、リッチは歩き続けていた。
もちろんレイレイを殺すためだが、多くの信者たちがいるはずのそこを目指すのに、リッチ本体……『死霊術独裁国家の支配者』の姿で向かうことになったのは、考えあってのことなのだった。
どういう考えかというと…………
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「ロザリー保護下にあるレイレイをどうやって殺すかが問題なのよね」
撤収作業がすっかり完了した『降霊の間』……
ようするに勇者の魂召喚の儀式を行った場所で、ランツァは出された椅子に腰掛けながら、悩ましく金髪をかきあげた。
リッチは頭蓋骨をかしげて述べる。
「レイラには『死のささやき』が入るけど」
「ごめんなさい。手段じゃなくて、流れというか、文脈というか……ほら、ロザリーには『魔王討伐の尖兵にするために、昼神教という信念を植え付けよう』ということでレイレイの面倒をみてもらっているでしょう?」
「ああ」
最初はそういう話だったのだが、状況が二転、三転していて、ややこしい。
ちょっと整理が必要だろうと感じたのか、ランツァが述べる。
「まず、行方不明のレイラが、記憶喪失で発見された」
「うん」
「レイラの人格にある問題が深刻だと改めて感じさせられたわたしたちは、その戦力をうまく利用するために、自由すぎてコントロールできないレイラに『信念』が欲しいと考えた」
「そうだね……」
「そこでレイラに植え付ける信念として『信仰』が適切と考えたので、記憶喪失はそのままにして、信仰心を植え付けるために大礼拝大会が開かれた……」
「うん」
「その大礼拝大会の中で、『レイラは記憶喪失なのではなくて、レイレイという新しい人格が生まれていた』ということがわかって━━」
「……」
「その人格がロザリーに傾倒してるし、依然として話は通じないことが発覚していたため、コントロール方法を教わるためにも、勇者を呼び出した」
「それがここまでの流れだね」
「そして、勇者に教わったコントロール方法はあくまでも『レイラのコントロール方法』なものだから、レイレイという不確定要素をなるべく除きたい。だからレイレイの排除をしよう━━と、今はこういうところね」
「うん。だから殺そうかっていうところだね。ああ、この『殺す』は一般的な意味でだけれど……」
「ところが、この流れを正直に語ったり、今のレイレイをいきなり殺そうとすると、ロザリーが袂を分つ可能性があるのよ」
「そうなの?」
「だって今のレイレイは昼神教信者じゃない。さすがにこれに狼藉を働くのは、許してもらえないと思うのよ」
「ふぅん」
ぶっちゃけ今までさんざん昼神教の信徒を殺しまくっているし、ロザリー自身だって幾度となく殺害しているので、今さら『なんでレイレイだけ気にするのかな?』という感じだったが……
リッチは人の心がわからない。
ランツァがそう分析するなら、そうなのかなあ、という感じだ。
リッチが全然わかってない感じなのは察しているだろうが、ランツァは特に補足説明をすることもなく、シリアスな顔をして話を続けた。
「……だから、『殺しても許される空気感』が必要だわ」
「人を殺して許される空気感とかありうる?」
「ロザリーも何度か蘇生してるし、蘇生前提ならなんとかいけると思うのよ」
「……あいつ、『聖戦』が終わったらどうするんだろ。自殺とかするのかな……それはなんか後味悪いなあ……」
昼神教的に蘇生はNGなのだが、今は『聖戦』……『ん? 今、神のためならなんでも許されるって言ったよね?』状態なので、目こぼしされている━━というのが現状だ。
ロザリーは過激派なので『蘇生そのものも、蘇生された命も認めない』というのが基本スタンスであり、全部終わったら蘇生された人を皆殺しにして自分も死ぬ可能性がわりと高い。
ところが現在の人族領域で蘇生未経験者はおそらくほぼいない。
なので魔王が倒されリッチが死に死霊術が絶えたあと、ロザリーは全人類を殺して死ぬことになる。
ひどいバッドエンドだった。
この大陸の未来には救いがない……自分の死後の人類の存続にさほど関心のない死霊術師さえもげんなりしてしまう状況なのだ。
「まあ、ロザリー暴走エンドの防止にはいくつか案があるので、うまいことやるしかないけれど……ともかく、『聖戦』状況下で、ロザリーの目の前で人を殺してもいい空気感を作ることは不可能ではないのよ」
「じゃあこっそりやる?」
「人が死ぬと、案外バレるのよ」
「そっか」
「だからロザリーを納得させつつレイレイを殺す空気感作りが必要になるわ。まあ、言葉を尽くして理解してもらえるならそれが一番平和でいいのだけれど……」
「言葉を尽くす、か……」
「尽くせないのよね、言葉」
リッチとランツァはそろってため息をついた。
そう、ロザリーは……長い話をすると途中で殴りかかってくる。
そもそもリッチが本体に戻る羽目になったのも、エルフボディで長い話をしてぶん殴られたのが原因だ。
ロザリーやレイラの前で『言葉を尽くす』なんていう選択をしたら、それは婉曲な自殺なのであった。
「だからねリッチ……わたし、考えたのよ。暴力で解決しましょう」
「つまり……殺すってこと?」
「結論はそうね。けれど、過程が大事よ。ムード作りっていうのかしら……こんなに真剣に人の殺し方を考えたの初めてだから、うまくできないかもしれないけれど……」
「たしかにリッチも人一人を殺す前にこれほど真剣に考えたことなかったな……」
「リッチも大礼拝大会に参加してほしいのよ」
「あの筋肉の祭典にリッチが? 筋肉ないんだけど……」
リッチの体は━━骨しかない。
ランツァはしかしあくまでも真剣な顔でうなずき、
「昼神教の歴史を調べたところ、前回までの大礼拝大会では、最後にロザリーとの一騎討ちがあったわ」
「昼神教はどこを目指してるんだ。というか前回までの参加者はもしや全員死んでる? アレと一騎討ちは死ぬでしょ」
「まあ、ロザリーも手加減できる方だし……死亡者は一人も報告されていないわね」
「宗教、わりと隠蔽体質だからなあ……」
教団の偉い人に無茶振りされたこともあった、勇者パーティー時代である。
しかもそのほとんどが『内密で実績にならない』仕事だ。
あの当時は『昼神教なんだからロザリーに頼めよ』と思っていたが、なるほど、いかにもロザリーが跳ね除けそうな仕事ばっかりだったなと今は思う次第なのであった。
「……リッチが任されそうになった仕事、あきらかにヤバかったんで勇者に相談してうやむやにしてもらってたけど、全部受けてたらマジでヤバかったよ。主に人さらいとか対抗派閥の殺害とかだったし……」
「まあ、その手の腐敗神官はロザリーが物理的に一掃してそうね……フレッシュゴーレムのせいでだいぶ減ったのもあると思うけれど」
「今の昼神教、めちゃくちゃ健全だよね。ロザリーのおかげで……あいつは本当に……過激思想と筋肉信仰さえなければなあ……」
「その二つがないロザリーはもはや『誰?』って感じだけれど……まあ、とにかくそういうことよ」
「どういうこと?」
「大礼拝大会の最後の一騎打ちでロザリーを倒してもらって、ついでになんやかんやでレイレイも殺して。その空気の中ならたぶんなんとなく許されるわ」
「すごいな。昔の昼神教から依頼された暗殺の仕事みたいだ」
「もちろん『殺して』は一般的に使われている意味よ」
「わかってるよ。しかしロザリーを殺すの、今のリッチでもかなり難しい。あいつ、死んだ直後に肉体だけ動いて自分の魂つかんで体に戻すからね。なんなんだよ本当にあの生き物は。研究したい」
「不可能なら別の方法を考えるけれど……」
「不可能とは言わない。いくつか試すべき推論がある」
「じゃあ、とりあえずやってみて。ダメそうなら次の手を提案するわ」
こうしてレイレイ暗殺計画が発動し……
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