勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

115話 抜けていくもの回

「『レイレイ』が邪魔ね……」

 勇者から狂戦士レイラ狂信者ロザリーの操縦法を聞いたあと、ランツァがこぼしたのがそんな言葉だった。

「リッチの話を聞くに、『レイレイ』はどうにもロザリーを慕っているし……レイラより頭が回るわ」

「虫と爬虫類ぐらいの知能差は感じるね」

「勇者の語った操縦法はあくまでも『勇者の立場』『勇者のいた環境』においてレイラとロザリーを操る方法で、それはもちろん役立つものではあるけれど……やはりあの二人にとっての『勇者』になるためには、レイレイの排除が必須だわ」

「殺す?」

「死霊術的な意味で?」

「うん」

「それはさすがにかわいそうなので……」

 ランツァ、倫理観がある。

 するとリッチは「あ」と思い付いた声を出し、

「じゃあちょっと試してみたいことがあるんだけど……」

「なに?」

「人格が『レイラ』と『レイレイ』で本当に二人分あるなら、それは一つの肉体に二つの魂が宿っている、ということなのかもしれない。死霊術的に『人格』というのはまだ解き明かしきれていない要素ではあるけれど、それは魂に強く紐付いているものと推測されるからね」

「……でも、レイラの肉体に魂は一つしかなかったんでしょう?」

「もしかしたら、同じ座標にぴったり二つが重なってた可能性がある。レイラと魂の『ゆらぎかた』が違うのは、二つの魂が重なって、そう見えていた可能性が考えられる」

「なるほど。それで?」

「だから、レイレイの魂だけ抜き出して、適当なボディに入れてしまおうかなって」

「できるの?」

「わからないからとりあえず死なせてみるよ」

「それは一般的な意味で?」

「そう」

 その会話を聞いていた撤収作業中の研究員があからさまに「ええ?」という顔をした。

 なんせ以前、リッチに『気になるなら殺してみたらどうでしょう?』と提言した時には『人を殺すのはよくないよ』と言われたのだ。

 もちろんそれはレイレイが死霊術師ではないとわかったのでリッチが好感度を気にしなくなったからなのだが、そのへんの情報共有が不完全なのでいろんなところにいろんなアレがアレでアレなのだった。

「……まあ、それでも『レイレイがロザリーを慕っている』という問題は解決しないけれど、あの暴力が肉体の性能依存だとすれば、肉体さえ替えてしまえば問題は問題ではなくなる。そうだろう?」

「そうね。『ロザリーに味方する、レイラ級の暴力』が問題なのであって、どちらかが解消されてしまえば問題ではなくなるわね。……そういえば、覚醒者だと報告されたユングは今、どうしているの?」

「あ」

「……肉体は腐ってない?」

「いや、リッチが忘れていただけで、肉体の保存は任せてあるんだよ。保存を任せてあるっていうか、覚醒者の肉体というサンプルとして維持管理をするよう指示を出した記憶がある、というか……おーい」

 たまたま近場を通りがかった研究員に呼びかけると、「なんでしょ」とわりかしぞんざいな返事があった。

 リッチ研究室のメンバーは幼いころからずっとリッチのもとで研究をしているので、気安い。
 おかげで気安く付き合える相手以外との心理的距離感を測るのが苦手で、内に内にこもる性質の持ち主ばかりになってしまっているのだが……

「リッチが王都侵攻の時に確保した覚醒者の肉体あるだろう? あの頭髪のない」

「ああ、はい」

「あれ、どうしてる?」

「肉体はブラウンの管轄ですねぇ。ちょっと聞いてみますわ」

「ああ、無事ならいいよ。無事でない場合だけ教えてくれれば」

「ういーっす。あ、そういや魂の方はどうしてます?」

「……リッチの方の倉庫に入れた記憶があるな。例の『肉体』に入れて……あとでちょっと見てみるか。取り出した記憶はないし入ってるはずだけど……」

 微妙に口ごもるのは、リッチの周囲に『ある現象』が起こることが多いゆえにだった。

 その現象はいかにも恐ろしい怪奇現象であり、人の肉体だった時代から、リッチはたびたびこれに悩まされてきた。

 すなわち━━『置いたはずの物が、置いたはずの場所から消えている』という現象。

 これがまったくもって不可思議な現象で、盗まれたわけでもなく、動かした記憶もない。そう断言できるというのに、消えているのだ。

 そうして探している時にはけっきょく見つからず、特に気をつけていない時にフッと発見されたり、そのまま記憶から消え失せたりする。

 これはなんらかの学術的理由のある現象だとリッチはにらんでいるのだが、どの分野におけるどういう定義の現象なのだか想像もつかず、対策の取りようもないというのが現状なのだった。

「待って待って。ユングの魂でしょう? 覚醒者の魂なのよね? どうしてそんな『昨日使ってたペン、どこだっけ』みたいなテンションなの? もっと厳重に管理すべき重要な資料じゃないの?」

「それはわかっている。けれど、わかっていても、消えることはあるんだよ」

 出かける前に忘れ物はないか、チェックするだろう。

 しかし、忘れ物は発生する。

 なぜなら、チェックから漏れるゆえに、忘れ物になるからだ。

 それと同じだ。どれほど大事だと頭で理解していて、どれほど厳重に保管したつもりでいても、必要な時にふと意識を向けると、あった場所から消え失せている━━

「生前から『そういった性質』はあったけれど……ユングはもしかしたら、『人に重要視されにくい』という性質を持っているのかもしれない。つまるところこれは『記憶』への作用だ。……なるほど研究対象として得難いものだね。ただ……それでも、なぜだか興味を維持できない……」

 死者、言われたい放題。

 さすがにかわいそうに思ったのか、ランツァがフォローしようと口を開きかけるのだが、特にフォローが思いつかなかったので、そのまま話を戻すことにした。

「まあ、とにかくレイレイの排除は任せるわ。ただ……彼女はレイラの知識こそあれど、生まれたばかりだから……死霊術的な意味で殺すのはかわいそうに思うわね。やるというなら止めないけれど」

「まあ、色々試してみるよ。過去の魂の蘇生……蘇生まではいかないから、『降霊』とでも言おうか。降霊術の最適化も必要そうだし、ちょっと時間がほしいからね」

 ほんの数年前に死んだ勇者の魂を呼び出すだけで、研究員たちの負担は相当なものだったのだ。
 数百年前の人物である初代リッチを降霊するには、どうしても術式の最適化が必要になるだろう。

 こうして話はまとまり、ユングにまつわることはすっかり忘れ去られてしまった。

 実はすでに蘇生してたりするのか、あるいは本当にまだ保管したままなのか、それはもはや、誰にもわからない……

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