勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

113話 術理回

「『儀式』って感じね……」

 死霊術の歴史におおいなる一ページを刻む場には、これまでリッチの死霊術を習った生徒全員が集っていた。

 特にランツァと他のメンバーが会うのは久しぶりのことだ。

 なにせ女王ランツァはここ最近多忙を極めており、とてもではないが死霊術研究室へ顔を出す時間がなかったのだ。

 なので研究員たちとランツァの顔合わせは、おおむね一年ぶりぐらいになる。

 当時はまだ幼さを残す者も多かったが、ランツァの知らない間に全員が体格だけなら『大人』と呼べるほどになっていた。

 中でもクリムゾン (クリムゾンではない)はこの一年でもっとも見た目が変わった一人であった。

 真紅の髪に真紅の瞳を持つ獣人の少女。

 はっきりした目鼻立ちに気の強そうな目つきが特徴的だった彼女は、長い研究員生活のせいなのか、それとも勝手にライバル視していたランツァがいないことで張り合いをなくしてしまったのか、覇気がなかった。

 高くなった身長は猫背気味で、目の下には二重三重のクマがある。
 よれよれになった白衣のポケットはいろんなものが詰め込まれてパンパンにふくらんでおり、声にも張りがなかった。

「すごいだろう、クリムゾン。昔のリッチみたいになってるんだ」

 限界研究者の姿となったクリムゾンを紹介するリッチはなんだかとても嬉しそうだった。

 嬉しがってる場合じゃない。健康を考えてほしいとランツァは思った。

 そんな限界研究者姿の人たちが集った部屋は、窓という窓に黒い布をかぶせられ、灯りの一つもないために、昼間でもたいそう暗い。

 暗い中で唯一の光源は部屋中央に置かれた祭壇……のようなテーブル、その上に灯された二本ばかりのロウソクだ。

 明らかに『怪しい儀式場』というありさまの空間なのだが、もちろんこのロケーション作りには死霊術的な意味がある。

「まず、魂はほんのり光っている。我らの目はその魂のぼやけた輪郭を捉えるまでに研ぎ澄まされているけれど、明るい場所より、暗い場所の方が、魂が見えやすいんだ。だから、部屋を暗くした」

「ロウソクは?」

 ランツァの質問に、リッチは「いい着眼点だ」といったん褒めてから、

「真っ暗だとコケるんだ」

「……誰が?」

「リッチたち全員が」

「……床にはなにもないように見えるけれど」

「デスクワークが多すぎて足腰が弱っているから」

「運動しなさいよ!」

 研究員たちから「運動……?」「あの、昼神教の……?」「そんな暇があったら寝たい……」とざわめきが走った。

 ランツァは誰に言っていいかわからなかったので、近場にいたクリムゾンを見て言う。

「運動は別に昼神教の専売特許じゃないでしょ!? っていうか、あなたたち、なんでそんなに根を詰めてやってるの!? 休みなさいよ! 毎日! 決まった時間!」

 するとクリムゾンは力ない笑みを浮かべてボソボソと応じる。

「でも……先が気になるから……早く研究を完成させたくて……」

 ランツァは愕然とした。

 そこにいるクリムゾンは、かつて魔王領で出会い、ともに研究を続けてきたあのころから、すっかり変わり果ててしまっていたのだ。

 どちらかといえば活発でにぎやか、悪く言えば集中力がなくて苛立ちやすかった彼女はもはやおらず、『先が気になるから』というだけで寝食を忘れる『研究者』という生き物に変質していた。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 ……そうだ、この研究室の面々は、『外』との交流がないのだ。

 それは『真の死霊術』を秘匿する都合上仕方のない措置ではあったのだけれど、ランツァは自分が政治について考えるあまり、そこにいる『人』のことが頭から抜けていたのだと思い知らされるようだった。

 また、リッチをはじめとする研究室の面々が、『外』と交流しないでいられることを喜んでいたのも大きいかもしれない。

 ようするに、こいつらは無理に引きずり出さないと永遠に研究だけをし続ける研究に取り憑かれた生き物になってしまっていて……

 その閉ざされた環境の中で醸成された人格は、すっかり『研究者』としてのみ最適化され、人間性が削り取られてしまっていたのだ。

「全部終わったら研究室を解放したり、お見合いさせたりします」

 女王が決定を告げると、研究者たちはざわめいた。

 代表して首席研究員 (リッチは室長)のクリムゾンが口を開く。

「どうして……? いいよそんな、お見合いとか……」

「人は好きなことだけして生きていてはいけないのだと、思い知らされたのよ……このままだとあなたたちは早死にし、研究は途絶え、死霊術は消滅よ。運動しなさい。っていうか『生活』をしなさい」

「い、今は健康状態が悪いけど……最終的にはみんなリッチ化するし……」

「それは何年後の話? 現在の失敗確率はどれぐらい?」

「………………」

 みんな黙って顔を逸らした。
 ランツァは友の健康と繁栄のために嫌われ役になっても『生活』をさせようと決めた。

「話もまとまったところで、続きを説明しよう」

 リッチがそう促すとクリムゾンたちは「先生!?」「お見合いするの!? こわい!」「運動やだ!」などと口々に叫ぶのだが、構わずリッチは言葉を続けた。

「部屋の暗さと申し訳程度の光源については先に述べた通りだ。魂を見やすいようにする配慮の理由は、古い魂ほど弱っていて見えにくい可能性を考慮してのことだね。あと……物が少ないのは、魂が物体に入ってしまうのを避けるため」

「『物体』に入る? 『人体』じゃなくても憑依できるっていうこと?」

「うん。これはクリムゾンが研究している仮説なのだけれど、もしかしたら『記憶を物質化して作ったボディ』や『リッチ体』は『人体』ではなく『物体』かもしれないという可能性が浮上した。まあ細かい説明はあとでクリムゾンから受けるといい。彼女は今、リッチ体量産についてやっているからね」

「へぇ」

 かなり重要な研究のプロジェクトリーダーである。
 まあ、全員がプロジェクトリーダーであり、なおかつ補助研究員でもあるというはちゃめちゃな状態なのをランツァが知らないだけなのだが……

 リッチは解説せずに続ける。

「そして部屋の中央に台座があるのは、魂は高いところが好きだから、あのへんに現れてほしいなと思って置いてあるんだよ」

「魂は高いところが好き……?」

「我々が『魂が消える』と称する時、魂は上へのぼろうとするんだよ。それはつまり、高いところが好きっていうことだろう?」

「観察したの?」

「倫理観を問われるのが面倒で黙っていたけれど、君たちと出会ったころにはすでに観察は完了していたんだよ。当時、死者には事欠かなかったし。ほら、リッチは戦場にいたからね」

「それは人族の魂の話よね? 蘇生したりはしなかったの?」

「最後の方はしなかったね。最初の方はしてたけど」

 ランツァはこれが闇の深い案件であることを察した。

 たぶん蘇生しても文句を言われたとか、そういう方向性のひどめのやつだ。

「さて、太古……過去の魂を呼び出す理屈だけれど、そもそも、我々に根付いた昼神教信仰との戦いがここにはあった。手短に語ると、『あの世』はないという結論だ」

「……じゃあ、死後の魂はどこへ行くの?」

「だから、高いところだよ。死後二日もすれば魂は消えてしまう━━というのはようするに、目視範囲から消え失せてしまうという話であり、高い場所へ移動しようという動きが我らの目にも止まらないほど指数関数的に、あるいは一時的に加速するという話でもある。ようするに、魂は、空にあるんだ」

「……ええと」

「比喩ではないよ。マジで空にあるんだ」

「え、じゃあ……空を見上げるといっぱい魂があるっていうこと?」

「そうだね。ただし、ここで述べる『空』というのは目視範囲よりさらにさらに上……もっと途方もない、まだ『そこ』を表す言葉さえないほどの、『はるかなる空』だ。だから……」

 リッチは言葉を選ぶように沈黙してから、

「今までの蘇生術では、効果範囲が足らなかった。……というのが現在のところ、もっとも確度が高そうに思える仮説だね。なので、効果範囲の広い蘇生術をやる」

「具体的には?」

「複数人で同時に同一対象への蘇生術を行って、パワーを上げる」

「めちゃくちゃゴリ押しじゃない!」

「そう、ゴリ押しなんだ。ゆえに、リッチ一人だったらできなかった」

「……」

「皮肉なこと、と言えるかもしれないけれど……これは、リッチが生徒に教え、長い時間をかけ、それでようやく実現可能になったゴリ押しなんだよ。『一人で研究をしていればいいや』と思っている限り、決してたどり着くことのできなかった結論なんだ」

 もちろん、もっとスマートな方法はあるのだろう。

 しかしそれは、『パワーを上げた蘇生術なら過去の魂の復活が叶う』━━ようするに『蘇生するかどうかの問いかけ』の段階まで魂を呼び出せることが証明されてから考えるべきことだ。

 つまり、この方向でいけるという確証がなければ、最適スマート化をする段階まで至ることさえできない。

 そして一人では確証を得られない。

 また、昼神教の影響は思った以上に根付いていた。
 これのおかげで『あの世』とかいう、なんとも言い難い、不思議な空間が実在するかのように、無意識に思っていたのだ。

「命とは『観測されたもの』なんだということを、リッチたちはあまりにもないがしろにしていた。昼神教がふわふわした不思議スピリチュアル筋肉を宗教の教理として打ち立てていたように、死霊術もまた、独自の、昼神教を下地にしない術理を打ち立て、そこに立脚すべきだった」

「……」

「ようするに、我々は研究され検証されたものしか信じないということに、もっと自信を持つべきだったんだ」

 死霊術師たちが祈るように顔を上げ、天井を見上げている。

 異様な気配だった。

 全員が無言のまま蘇生術を行っているのだ。

 はるかはるかソラへ向けて、そこにある魂に向けて……

 その光景はたしかに宗教的であるようにランツァには思えた。

 リッチが骨のみの腕を伸ばし、つぶやく。

「さあ、よみがえれ、よみがえれ。……かつての俺は、君の努力も、君の苦労も知らなかった。君を信頼しているようでいて、君を利用するつもりしかなかったし、見下してすらいた。けれど、君は正しかった。人は一人ではできることに限度がある。自分に足りないことを補える仲間を得るのは悪いことではない。まあ━━」

 肩をすくめるその動作は、笑っているかのようで。

「━━君だけが・・・正しいとは、言わない。君正しいと理解した、というだけ、だけれどね。けれど、今は『君の正しさ』を学ぼう。さあ、よみがえれ、勇者よ」

 ……なにか、重苦しいものが、空からここへ迫っている感覚をランツァは感じた。

 とてつもない質量は、魂の重み……
 比喩でもなんでもなく、魂というものの、重量なのだろうと感じられる。

 ほどなくして、部屋の中央、ロウソク二本ばかりが立てられた祭壇へと『それ』は降りてきた。

 普段蘇生するものより、いくらか大きいように見える、魂……

 輝きはぼやけているけれど、暗闇の中にあって青白く映える、炎のような『それ』は━━

「生きていたのか、死霊術師」

 想像していたよりもはっきりと、軽く笑うような男性の声を発した。

 リッチはコリコリとあごを掻いて、

「実はそうなんだ」

 友人と久々に再会したかのような、軽い調子で応じた。

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