勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

110話 魂と肉体と記憶回

 リッチの『死のささやき(Ver2,4)』!

 ロザリーは死んでしまった!

 しかしロザリーは死んでいなかった!

 たしかに魂を抜き出されたロザリーではあったが、その肉体が動き━━

 抜けていく自分の魂をつかんで、自分の中に戻したのだ。

「嘘だろ!?」

 その現象を見せられたリッチは人生で一番大きな声を出しておどろいた。

 二階部分から一階へ飛び降りている最中に殺されたロザリーは、自力で蘇生したのである。

 足音もなく一階に着地したあと、再び飛び上がって二階へ来たロザリーはリッチに詰め寄る。

「なにするんですか!?」

「殺したんだよ!?」

「だから『なにをするのか』と聞いているんですが!?」

 ロザリーはリッチinエルフボディに鼻先を突き合わせるほど詰め寄る。

『下の階でレイラが暴走してるので止めてきます』と言って飛び降りたらいきなり背後から殺されたので、それは詰め寄りたくもなるだろう。

 しかし死んだ者は詰め寄れないので、たしかにロザリーを殺したのに、殺したロザリーが詰め寄ってくる状況にリッチのほうも詰め寄りたい気分ではあった。

「ロザリー! 今、なにをしたんだ!?」

「死んだら生き返るように肉体に意思をみなぎらせていたので、それが発動したのでしょう」

「馬鹿な」

「昼神教における聖人の一人には、首を切り落とされたあと、自分の首を抱えたまま戦場から王都へと走って戻り王へと上奏し、そのまま息絶えた者もいます。つまり、人は死んだあと伝令フルマラソンができるのです。ちょっと手を伸ばして自分の命をつかむぐらい、できないはずがありません」

 前回までできていなかったので、この『できないはずがありません』は『人体に不可能ということではない』ぐらいの意味合いであり、『できて当然』ということではないだろう。

 それはわかりつつも、やっぱり不可能だと思うのだけれど……

 やってのけるのがロザリーなので、『そういうこともあるかもしれない』と思いつつあるリッチだった。

 ……などとやっていると、一階が静かになっている。

 リッチとロザリーがほぼ同時に吹き抜け(力ずくで床をぶち抜いて作ったやつ)から下階を見れば……

 レイラがテーブルにのぼって昼食を独り占めにしようとしたことに端を発した昼時の騒ぎは静まって、今はロザリーとリッチのいる二階を信じられないような目で見て、みな押し黙っていた。

 騒ぎの元凶であるレイラも『なにが起きたんだ』みたいな顔をして、口の端から豆を練って固めたパンのようなものをボロリとこぼしながらこちらを見ている。

 あまりにも居心地が悪くて、ロザリーとリッチは一歩離れて同時にせきばらいをした。

「……ともあれ、騒ぎがおさまったならなによりということにしましょう」

「リッチもそう思います。では次は原因の究明をすべきだろう」

「レイ……あなたはなぜ急に、食事を独り占めにするような奇行に走ったのですか?」

 ロザリーが上階から問いかけると、レイ (レイラ)はハッとした顔になり、そして近場にあったソーセージをかじりながら考え込むようにうなって、

「……わかりません……ただ、ご飯を食べていたら……頭の中に『すべて奪え』という声が……」

 レイラの発言を受けてロザリーとリッチはひそひそ話す。

「リッチ、どう思います?」

「わからない……ご飯を見て『すべて奪え』はレイラっぽいんだけど、『すべて奪え』という言い回しがそこそこ知能ありそうでレイラっぽくない気もするね」

「つまり『なにもわからない』ということじゃないですか」

「いや、だから『どうしよう』って相談をしてたんじゃないか」

「というか、わたくしは気付いてしまったのですが」

「なんだい」

「レイラの中身が『記憶を失ったレイラ』だろうが、『記憶を失ったレイラのふりをしている誰か』であろうが、わたくしのなすべきことに変わりはないのですよ」

「どういうこと?」

「そもそもレイラの元の人格は、神の教えを注ぎ込むのには邪魔なものですし、それを織り込み済みでレイラに新しい人格を与えようという試みじゃないですか」

「まあ」

「つまり、やることは変わらないんです。誰であろうが、神をわからせるだけなので」

「……」

「なので、わたくしが頭の筋肉を酷使する理由はなにもないわけです」

「……こいつ……」

 そう、元勇者パーティー共通の特徴は『面倒くさがり』……
 興味のないことに対する手間は可能な限り省きたい連中の巣窟……

 中でもロザリーは『神の教え』に判断や決断を重点的に投げ出したいと公言しており、すなわち……

 頭を使うのを、嫌がる。

 リッチだって人間関係に頭を悩ませるのは嫌いだし、気持ちはわかるのだけれど、釈然としないものがある。

「レイラの正体を知りたいのなら、興味があるあなたが独力でがんばればいいでしょう。わたくしには関係ありません」

「いや、いやいや。仮にだよ。レイラの中身が死霊術師だとしたら……魔王を倒したあと、そちら的には『聖戦』の相手になるわけじゃあないか。正体の確認ぐらいは早めにしておくべきでは?」

「あなたが、わたくしを都合よく使おうとしていることは、表情筋の動きでわかります」

「こいつ……!」

 聖女ロザリーは長い話をされると途中から聞いてない状態になるが、表情筋を読むことで発言者の意図を読むことはできるのだった。

 思考するのを嫌がるのに悪意や策謀は看破してくるという超やりにくい存在なのであった。

「ええい……! もういいよ。リッチはそもそも、そういうわずらわしい人間関係の駆け引きとかが嫌いなんだ」

 リッチはロザリーにもう用事はないとばかりに一階へ飛び降りて、テーブルの上にいるレイラをまっすぐに見る。

 そして、問いかけた。

「君が死霊術師なのだとしたら、こちらは意見交換をしたい。教えてくれ。君は本当に記憶を失っているその肉体の本来の持ち主なのか……それとも、その肉体に入って記憶喪失のフリをしている、『誰か』なのか」

 駆け引き抜きのあまりにも正直な問いかけに……

 レイラ(?)は━━

「あたしは、本当に記憶がないんです」

「……そう、か」

 リッチはがっかりした。

 しかし……

「でも、あたしはレイラでもありません」

「ん? どういう意味かな?」

「あたしは自分が誰か、本当にわからない……いえ、たぶん、誰でもない……レイラの記憶がなくなったあと、しばらくそのまま放置されていた期間に生まれた『誰か』なんです」

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