勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

101話 魔王退治に必要なこと回

 こうして王国は死霊術師リッチに支配された。

 リッチは国を支配したものの、表に出てくることはなかった。
 ただ、謁見の間に入ることを許された者のみが、玉座に控える骨のみの存在と、その横にかしずくように立つ女王の姿を見ることができた。

 謁見の間に入った者の話によると……

 土気色の顔をした女王はなにか陳情があるたびにリッチの方をちらりと見て、その意見をうかがうように沈黙するらしい。

 声による会話はなかったが、なにかしらのおぞましき精神支配により、女王はその意思を縛られ操られている……そういう様子であったという。

 そして陳情の内容がリッチの意に沿うものならばそのまま通るが、リッチの意に沿わないものであると『それは、リッチがお許しになりません』と言われる。

 その言葉とほぼ同時に玉座にふんぞりかえるリッチがわずかに小首をかしげたりすると、もはや謁見した者は生きた心地がせず、陳情を引っ込めてそそくさと退散するしかないようだった。

 ━━この国は、『死』に支配されてしまった。

 王都は死の都となり、すべては死霊術師という独裁者の意のままに運ぶ。

 東からはいまだに魔王軍の脅威が定期的に迫り、大陸中央の戦場においては人族対魔王軍の戦いが続いていた。

 ━━もはや、人族に安住の地などどこにもない。

 この世界は『死』と『魔』が支配しており、神はもはや、人を見捨てたのだ━━



「まあロザリーは命を確保してるからいいとして、レイラの行方がわからないのが不安でたまらないわね……」

 その日の業務を終えたあと、謁見の間で死人顔メイクを落としながらランツァはため息をついた。

 顔色を悪くしている化粧をはがすと血色のいい肌があらわになる。
 すると金髪の瑞々しさや青い瞳が生き生きとしているのにも気付けるようになるから不思議だ。
 顔色、口調、姿勢……たかがそういったものだけで、謁見する者たちはランツァが『なんか死体っぽいもの』であるかのように錯覚しているのだった。
 場の作り方と演技力のたまものである。

 最近の謁見の間にはこの演技のための小物やメイク道具が増えており、玉座の裏などランツァの私物でごちゃごちゃし始めている。

 紫色の絨毯は濃く暗い赤に取り替えられ、全体的に白かった部屋の中は黒を基調として模様替えをされており……
 もっとも特筆すべきなのが、謁見の間の壁にかけられた国旗のタペストリー、その意匠が一新されていることだろう。

 そこにあるのは『死』を連想させる『杖を掲げた人骨』であった。

 リッチマークだ。

 国内にある国旗はすべてこのリッチマークに取り替えられており、それが人々にリッチ支配体制をわかりやすく示していた。

 だが、この国を実質支配しているのはもちろんリッチではなく、ランツァだ。
 昼間の政務など、リッチは玉座に体を置きっぱなしで魂は研究所に移動しているし、なんなら近衛兵長ボディに入って抜け殻の自分の体を護衛しているフリなどしたこともある。

 なぜってリッチにはとにかく政治がわからぬ。いや、わかるかもしれないが考えたくない。なにせ研究だけしていたいタイプだからだ。

 そんなわけで政治はランツァや首脳陣におまかせ状態なのだが……

「ランツァ、君は独裁を嫌がっていたわりに、最近はいきいきしているね」

「だってなにしても他人事みたいにされるの馬鹿馬鹿しかったんだもの。でも今はいいの。パーティーだからね。仕事をするわよ」

「仕事かあ」

 リッチは自分が無職である自覚がある。
 というか成果を求められない研究を人の資金でやっているので、無職というか、ヒモかもしれない。

 まあ、しかし、今の研究はたしかに、まったくの趣味とも言い切れないので、仕事の可能性はなくもない。

 ━━太古の魂との対話。

 それはもともとリッチが死霊術を研究する最大の理由……研究の最終目標であった。

 今は脇道にそれないようにしながら、それをメインに進めている。

 なぜなら、魔王退治のために必要だからだ。

 ランツァはメイクを落とし終えて問いかける。

「ねぇリッチ、過去リッチとの対話はうまくできそう?」

 ━━過去リッチとの対話。

 それも、対話相手は魔王を生み出したという初代リッチを想定している。
 なぜならば、そのリッチがいわゆる『あの世』におり転生していないのならば、『現在リッチは過去リッチの生まれ変わりである』という魔王の説を否定できるからだ。

 転生説自体の否定にはならないが……

 自分が自分であることは、証明できる。

 なので過去リッチとの対話を最優先目標として研究をしている、が。

「まだまだ、だね。糸口をつかもうというところだ。なにせ、リッチ化してまで達成しようとしていた目標だもの。人族の寿命程度の時間で達成できるとは思っていなかった。……まあ、やるけれど」

「人族の寿命以内に?」

「うん。なにせパーティーを組んだんだから、目標達成の時に君が生きていないと意味がないだろう? まあ、まだまだ君は若いし、そうそう死ぬこともないだろうけれど……長くても五十年以内にはって感じだ」

 ランツァはいい暮らしをしているので、そのぐらいは生きてくれると思う。

 また、彼女は優秀な死霊術師でもあるので、いざとなればリッチ化もできるが……

「……最近気付いたのだけれどね、締切がないと、どうにも集中力が散漫になるんだ。やはり研究に大事なのは締切かもしれないね」

 そういうわけで、五十年以内を目指している。

 早ければ早い方がいいとは思いつつも、まだなんの糸口もつかめていない研究だから、あまり早すぎても逆にやる気がなくなってしまうのだ。

 ランツァは気が抜けたように笑い、

「……まあ、そのあいだに、人族の領域にはびこった魔王の手をだんだん引き剥がしていくわね」

「うん。それは君にしかできないことだ。リッチは研究を進める。君は魔王の影響力を削いでいく」

「そして、『すべての魔王』の居場所を特定してこれを叩く人材も欲しいわね」

「……レイラか」

 なにかを叩かせたらおそらくレイラが世界一だろう。
 もしくは……

「ロザリーでもいいわ。どうにか味方につけられればいいんだけれど……」

 レイラ事変に端を発して頻発した人々の死は、リッチの蘇生によってなかったことになっている。 

 つまりリッチが『うるさいから』『邪魔だから』などの理由で殺した人たちは、大部分が自分の肉体に帰って元気に生きているのだ。

 ただ……

 ロザリーだけは、まだ、生き返らせていない。

 肉体の方はたまにランツァが入って動かしているので健康だし、世間的にはロザリーは生きていることになっているが……
 やはりあの強さは、ロザリーの肉体にロザリーの魂があってこそで……

 魔王退治を目指すならば、その宗教的影響力もふくめ、とてつもなく大きな力となる。

「……まあ、もうちょっとレイラを探して、見つからなかったらロザリーも頼ろうか。魔王退治、魔族殲滅あたりをエサにすれば『聖戦』ということにしてくれるだろうし。ただ……」

「……ほんと、レイラはどこに消えたのかしら」

 エルフたちと国家元首ランツァが使える手を全部使って探しているのに、まったく見つからない。

 ……課題は多い。

 しかしながら、リッチたちは着実に、魔王退治に向けて動き始めていた。

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