勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
90話 自分とよく似た人物は世間に案外多いと思うよ回
魔王軍の内乱があとほんの針のひと刺しで激しく幕を切って落とすだろうというころ、ドッペルゲンガーは人族の領土である都市伝説を耳にした。
それは潜入した魔王軍の噂であり、墓場でうごめくガイコツの話だった。
てっきり自分の潜入が噂になるレベルでバレているのかと思って調査していたドッペルゲンガーにとって、これは拍子抜けだった。
というのも、ただの怪談に違いないと判断できたからだ。
この当時のガイコツ、すなわち不死王軍は、残る四王たちが連合して自分を追い落とそうとすることへ警戒し、そこに力を割いていた。
人族に間諜を忍ばせる余裕などなかった。
そもそもガイコツ、ようするにスケルトンは間諜には絶望的に向いていない。
一目見て『なんかおかしいのがいる』と気付かれるので、人の社会に溶け込めないのだ。
シルエットは人なので常にローブで頭まで覆っていればいけなくもない可能性もまったくないとは言えないが、常にローブで顔を隠した人物など怪しすぎて疑わしい。
そういうことをするならば、ドッペルゲンガーのように『店の制服』として顔を隠す衣装を浸透させてしまう、などの下準備が必要であり、スケルトンにはその下準備ができない。
というわけでこの噂はただの怪談であり無視してもいいものなのだが、これが奇妙に気になる。
この時のドッペルゲンガーには、ただの噂にかかずらわっているほどの余裕はなかった。
戦争の継続を望む彼女は、激しい戦争は望んでいなかった。
そこでもっとも重要な戦略目標として掲げていたのが『魔族六王と人族覚醒者の殲滅』だった。
強い個人は気まぐれで戦況を変えてしまう。
これは、なるべく穏やかにゆるやかに戦いを続けさせて戦争をコントロールしたいドッペルゲンガーからすると、明らかに邪魔だった。
人も魔も『徒党を組んできちんと戦術を練れば強い』ぐらいがちょうどいい。
なぜなら『徒党を組む』『戦略を練る』など、多くの者がかかわるタスクが発生すると、ドッペルゲンガーが状況をコントロールするために介入しやすくなるからだ。
しかし覚醒者は確認されているだけで十三名存在し、魔族六王は未だ五王が存命だ。
そして魔族側では今にも内乱が始まりそうな様子であり、いざ激しい戦いが始まってしまうと戦力で介入できないドッペルゲンガーとしては、戦いの前にすべての準備を終えておく必要があった。
なのでドッペルゲンガーは総動員で『覚醒者および六王殲滅作戦』のために動いていて、今がまさに佳境なのだった。
だが━━
現状のきっかけとなった『魔王暗殺』には、違和感があった。
ただのスケルトンが魔王を倒せるか? というのは当然として……
魔王を倒したスケルトンの正体……所属、来歴などが、ドッペルゲンガーをしても一切不明であり、不死王軍も『英雄』であるスケルトンのことをまったくアピールしないのは非常に気になっていた。
もちろん魔王暗殺は魔族領でのことである。
人族領の『出歩くガイコツ』の都市伝説と関係性はないように判断できたが……奇妙なまでに、気になるのだった。
なので貴重な労働力を割いて、ドッペルゲンガーは『出歩くガイコツ』についての調査を開始し……
……ようやく。
人里で活動をする、リッチの存在を発見したのだった。
◆
「ああ、なるほど……彼は魔王だったのか」
リッチは自分が殺した相手のことを魔族側の重要人物だとは全然認識していなかった。
「いや、用事があってね、魔族の領地にお邪魔したんだよ。そうしたら難癖をつけられたので、やってしまったんだ。すまないことをしたなあ……しかしね、これは自己生命の保全の原理に基づく正当な防衛行為なんだよ。だって殺す気だったもん、あいつ」
このリッチは魔王を殺してその肉体を引きずって『研究所』まで戻ってきたようだった。
リッチは出会うたびに各々の研究テーマを持っているが、このリッチは特に『肉体』についての関心が強く、魔族と人族の肉体の差異と、それに端を発する魂・霊体の差異などを中心に研究しているようだった。
ドッペルゲンガーはといえば、まくしたてるリッチの様子に懐かしさを覚えていた。
それは、リッチの見た目がほぼ創造主と同じもの(骨なので)だったのと、このしゃべりかたが、これもまた創造主を思わせるものだったからだ。
彼女の中の『親しみ』がよみがえって、気付けばリッチの話を余さず真剣に聞いていた。
「すごいな。これほどまで死霊術に理解がある人物がこの世界にいただなんて」
リッチは感動している様子であったが、やはりその面相はガイコツであり、表情の変化はない。
「君の意見を拝聴したい。私の推論はどうだろう、なにかおかしなところがあるかな」
それに対してドッペルゲンガーは「わからない」と答えるしかなかった。
というのも、このリッチの死霊術は、かつて創造主が使っていた死霊術となにもかも違ったのだ。
断片的には同じだし、各所をまわって百年以上前に残された資料 (ドッペルゲンガーがばらまいたものだ)を漁ってここまでこぎつけたが……
資料と資料のあいだをつなぐ理論が、明らかに創造主のものとは違う。
だというのに、死霊術ができてしまっている。
だから、ドッペルゲンガーはこう答えた。
「あなたの死霊術は、未来の技術だ。過去に遺されたものをもとに生み出された、新しいものだ。私が知る死霊術とは違う。だから、私には判断できない」
そこににじむのはまさしく感動だった。
創造主の遺言はこういうことだったのか、と。彼が望み、ばらまかせた種が芽吹いていることに感極まって、涙さえこぼれたほどだった。
そう、こういうことなのだ。
「人は、魂に刻まれた行動を繰り返すのだな」
「んんん? なんだいそれは? どういう意味かな?」
リッチが身を乗り出して聞いてくるので、ドッペルゲンガーはちょっと緊張しながら……
「晩年のあなたは忘れていたようだが、私にたくされた資料には、はっきりと書いてあった。あなたは『魂の同一性』について研究していた。つまり……」
その概念は━━
「転生」
「……?」
「魂は記憶を洗い流されて再利用され、また生まれてくる。そうして、また生まれた魂は記憶を失っても同じような行動を繰り返す━━あなたのテーマはここにこうして証明されたんだ、我が創造主」
それは潜入した魔王軍の噂であり、墓場でうごめくガイコツの話だった。
てっきり自分の潜入が噂になるレベルでバレているのかと思って調査していたドッペルゲンガーにとって、これは拍子抜けだった。
というのも、ただの怪談に違いないと判断できたからだ。
この当時のガイコツ、すなわち不死王軍は、残る四王たちが連合して自分を追い落とそうとすることへ警戒し、そこに力を割いていた。
人族に間諜を忍ばせる余裕などなかった。
そもそもガイコツ、ようするにスケルトンは間諜には絶望的に向いていない。
一目見て『なんかおかしいのがいる』と気付かれるので、人の社会に溶け込めないのだ。
シルエットは人なので常にローブで頭まで覆っていればいけなくもない可能性もまったくないとは言えないが、常にローブで顔を隠した人物など怪しすぎて疑わしい。
そういうことをするならば、ドッペルゲンガーのように『店の制服』として顔を隠す衣装を浸透させてしまう、などの下準備が必要であり、スケルトンにはその下準備ができない。
というわけでこの噂はただの怪談であり無視してもいいものなのだが、これが奇妙に気になる。
この時のドッペルゲンガーには、ただの噂にかかずらわっているほどの余裕はなかった。
戦争の継続を望む彼女は、激しい戦争は望んでいなかった。
そこでもっとも重要な戦略目標として掲げていたのが『魔族六王と人族覚醒者の殲滅』だった。
強い個人は気まぐれで戦況を変えてしまう。
これは、なるべく穏やかにゆるやかに戦いを続けさせて戦争をコントロールしたいドッペルゲンガーからすると、明らかに邪魔だった。
人も魔も『徒党を組んできちんと戦術を練れば強い』ぐらいがちょうどいい。
なぜなら『徒党を組む』『戦略を練る』など、多くの者がかかわるタスクが発生すると、ドッペルゲンガーが状況をコントロールするために介入しやすくなるからだ。
しかし覚醒者は確認されているだけで十三名存在し、魔族六王は未だ五王が存命だ。
そして魔族側では今にも内乱が始まりそうな様子であり、いざ激しい戦いが始まってしまうと戦力で介入できないドッペルゲンガーとしては、戦いの前にすべての準備を終えておく必要があった。
なのでドッペルゲンガーは総動員で『覚醒者および六王殲滅作戦』のために動いていて、今がまさに佳境なのだった。
だが━━
現状のきっかけとなった『魔王暗殺』には、違和感があった。
ただのスケルトンが魔王を倒せるか? というのは当然として……
魔王を倒したスケルトンの正体……所属、来歴などが、ドッペルゲンガーをしても一切不明であり、不死王軍も『英雄』であるスケルトンのことをまったくアピールしないのは非常に気になっていた。
もちろん魔王暗殺は魔族領でのことである。
人族領の『出歩くガイコツ』の都市伝説と関係性はないように判断できたが……奇妙なまでに、気になるのだった。
なので貴重な労働力を割いて、ドッペルゲンガーは『出歩くガイコツ』についての調査を開始し……
……ようやく。
人里で活動をする、リッチの存在を発見したのだった。
◆
「ああ、なるほど……彼は魔王だったのか」
リッチは自分が殺した相手のことを魔族側の重要人物だとは全然認識していなかった。
「いや、用事があってね、魔族の領地にお邪魔したんだよ。そうしたら難癖をつけられたので、やってしまったんだ。すまないことをしたなあ……しかしね、これは自己生命の保全の原理に基づく正当な防衛行為なんだよ。だって殺す気だったもん、あいつ」
このリッチは魔王を殺してその肉体を引きずって『研究所』まで戻ってきたようだった。
リッチは出会うたびに各々の研究テーマを持っているが、このリッチは特に『肉体』についての関心が強く、魔族と人族の肉体の差異と、それに端を発する魂・霊体の差異などを中心に研究しているようだった。
ドッペルゲンガーはといえば、まくしたてるリッチの様子に懐かしさを覚えていた。
それは、リッチの見た目がほぼ創造主と同じもの(骨なので)だったのと、このしゃべりかたが、これもまた創造主を思わせるものだったからだ。
彼女の中の『親しみ』がよみがえって、気付けばリッチの話を余さず真剣に聞いていた。
「すごいな。これほどまで死霊術に理解がある人物がこの世界にいただなんて」
リッチは感動している様子であったが、やはりその面相はガイコツであり、表情の変化はない。
「君の意見を拝聴したい。私の推論はどうだろう、なにかおかしなところがあるかな」
それに対してドッペルゲンガーは「わからない」と答えるしかなかった。
というのも、このリッチの死霊術は、かつて創造主が使っていた死霊術となにもかも違ったのだ。
断片的には同じだし、各所をまわって百年以上前に残された資料 (ドッペルゲンガーがばらまいたものだ)を漁ってここまでこぎつけたが……
資料と資料のあいだをつなぐ理論が、明らかに創造主のものとは違う。
だというのに、死霊術ができてしまっている。
だから、ドッペルゲンガーはこう答えた。
「あなたの死霊術は、未来の技術だ。過去に遺されたものをもとに生み出された、新しいものだ。私が知る死霊術とは違う。だから、私には判断できない」
そこににじむのはまさしく感動だった。
創造主の遺言はこういうことだったのか、と。彼が望み、ばらまかせた種が芽吹いていることに感極まって、涙さえこぼれたほどだった。
そう、こういうことなのだ。
「人は、魂に刻まれた行動を繰り返すのだな」
「んんん? なんだいそれは? どういう意味かな?」
リッチが身を乗り出して聞いてくるので、ドッペルゲンガーはちょっと緊張しながら……
「晩年のあなたは忘れていたようだが、私にたくされた資料には、はっきりと書いてあった。あなたは『魂の同一性』について研究していた。つまり……」
その概念は━━
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