勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
89話 歴史回
ドッペルゲンガーは創造主の肉体が塵になって消えるところを目撃しており、創造主が実は生きていたことがありえないと知っている。
この当時のドッペルゲンガーはまだリッチの肉体が不滅にして無敵のものと知らないから、『どうやって死ねたのか』という疑問を覚えてさえいなかった。
すぐのちにリッチの不滅性が噂になってさえ、創造主の自殺に対して『不可能ではないか?』とはちっとも思わなかった。
それは、『創造主に不可能はなく、彼が望めばなんでもできるのだ』という、畏敬に発した不理解であった。
……ともあれ、魔族の中では『不死王が魔王を殺させた』という方向でだいたい固まってしまい、ここに不死王対魔王軍残党という内乱が発生した。
そして魔王軍残党は滅びた。
……もともと、六王はその強さをもって配下を従えていたのだ。
人族側の覚醒者はたいていの魔族が『遭遇すれば死ぬ』相手であるにもかかわらず、王ならば『複数人の覚醒者を相手に引き分けて退却できる』というあたりで、いかにその力が圧倒的かわかるだろう。
この圧倒的強さの王を初手で殺された魔王軍には、未だ滅びぬ不死王を擁する不死王軍に対抗する手段がなかった。
魔王軍残党は滅びた━━が、全滅はしていない。
魔王に殉じる意思のかたい者は殺されたが、不死王に恭順した者は、不死王軍の最底辺身分として迎え入れられた。
魔族六王のバランスが崩れ始める。
各軍の矛先が人族から魔族に向きつつある気配を、すべての者が感じ取っていた。
この時にもっとも重大な存在になってしまったのは、ドッペルゲンガーだった。
当時の魔王軍はすべての軍が『情報』の大事さを知っており、これを調べ上げるノウハウを持ったドッペルゲンガーは、各軍にとって無視できない存在になってしまったのだ。
また、ドッペルゲンガーは同じ容姿の者がたくさんおり、そのすべてが一つの思考のもと行動し、記憶をリアルタイムで共有し、おまけに一体でも残っていれば絶滅させられず、いずれまた数を増やす。
内乱を行うすべての勢力がドッペルゲンガーに対して働きかけを行うようになった。
仲間に招き入れようと懐柔を試みたり、あるいは脅しつけ従わせようとしてみたり、もしくは絶滅させてやろうと見るたび殺したり……
しかし絶滅は不可能だった。
ドッペルゲンガーはもちろん魔族の領土にいたが、そもそも人族内部の情報を調べるため、人族の領地にも点在している。
この当時、『白髪褐色の少女』は人族の領地では都市伝説になっていた。
『見ると死ぬ』系のもので、それは実際に隠れ家を発見されたドッペルゲンガーが目撃者を消していたからなのだが……
それが『かつて滅んだ奴隷種族』の話と結びつき、『奴隷として消費され絶滅した人種が、その恨みを晴らすため徘徊しているのだ』という話になっていたのだ。
このころになるとドッペルゲンガーにとって人族の領地は居心地がよかった。
なにせ、隠れ家は人族の方から近付くのを避けてくれるし、連中は『白髪褐色肌』しか警戒しないからだ。
ドッペルゲンガーはその基本形を白髪褐色肌とはしつつも、長い時間の中で肌や髪の色を変える程度のことはやってのけるようになっていた。
そして主に商人として人族の領土を行き来し、情報を集め、経済的な影響力を強めていたのである。
なにせ『従業員、経営者、全部自分』という状態なもので人族のスパイを警戒する必要もなく、重要な情報はすべて脳内だけで資料も残さず声も発さず管理できた。
おかげで情報漏洩の心配がまったくなく、さらに、ドッペルゲンガーは諜報に適性があるのとまったく同じ理由で流言にも素養があったため、商人としての素質は抜きん出いていた。
あとは百名を超える自分をたった一つの思考リソースで一括管理する負担が問題だったが、ドッペルゲンガーは負担が大きいほど幸福を感じる性分であり、これはほとんど問題にならなかった。
加えて、ドッペルゲンガーはこのころにとある異常が発生していた。
思考リソースの大元が思いつかないようなことを、子機にすぎないドッペルゲンガーが思いつくのだ。
ドッペルゲンガーはどこまでいっても『たった一人』の種族である。
だというのに異なる思想や信条というものが生まれ始めていた。
……人族の枠組みで考えるならば、それは過剰な身体的負担とストレスからくる人格の分裂であった。
だが、この人格の分裂は、ドッペルゲンガーにとって歓迎すべき異常だった。
なにせ、もちろん制限はあるが、体をほぼ無限に生み出せるのだ。
『大元の思いつかないことを、大元の発想しえない見地から思いつく』というのは、プラスでしかない。
たった一人の種族は、人格の分裂という異常でもって『多様性』を身につけようとしていた。
この多様性をドッペルゲンガーは重要視し、『多様性』、すなわち『個性』を獲得し、育てた個体には特有の姿をとるように己を調整していく。
ドッペルゲンガーの『商会』はこうして多様な人格でもって運営され、人族の世界に確固たる根を下ろしていった。
すなわち、魔族の領地にいるドッペルゲンガーが絶滅させられたとして、人族の領地にも自分がおり、その自分は社会的に高い立場にあるため、これも絶滅させようと思えば『覚醒者』さえ出張ってくる。
そしてたった一人でも残せば世界のどこかに潜み、また時を待って数を増やす。
この時点でドッペルゲンガーを殺すには、『ドッペルゲンガーを殺す』という目的で、その正体を正しく看破し、その全貌を正しく把握した、人族・魔族連合軍が総力を挙げる以外に方法がなくなってしまった。
つまり、不可能だ。
……ドッペルゲンガーは、己が争いの中心にいることを自覚し、初めて自覚したのだ。
自分は不死で、不滅で━━そして、力があるのだ、と。
創造主が自分に望み、けれど与えることができなかった力があるのだと。
戦闘能力はない。おそらく思考能力でも自分より優れた者はあるだろう。
けれど、諜報能力と経済影響力、そして不死性、不滅性がある。
これはほとんど無敵の力なのだと、ドッペルゲンガーはようやく気付き……
同時に、自分が決して『新しい人類』として他の人類を過去にできないことにも、ようやく気付いた。
自分の力はすでに形成された社会があってこそ活きる。
たとえば戦争といった、流れが早く熟した状況の中でこそもっとも強く、しかも、『一大勢力』といったたぐいの強さではない。
いくつかの勢力が戦争をしているさなか、影に潜むかたちで存在する時にもっとも強く━━
この強さを維持するためには、人族と魔族の戦争が不可欠だと、気付いたのだ。
ドッペルゲンガーの目的は『戦争継続』に定まった。
……おかしくなってきた。
自分は間違いなく新しい人種で、新しい人種というのは、古い人種に寄生してこの養分を吸って生きている。
つまり古い人種にとって、『新人類』というのは間違いなく害悪であり……
新人類のくせに、過去にすがらないと生きられない、社会が前提の生物。
『過去にはなにもない。過去が遺すものはヒントだけでいい。そうすれば、未来を生きる人たちが、勝手に新しいものを生み出すだろう。君もそうしなさい』
創造主の言葉が皮肉のように響き続ける。
自分は新しいものを生み出せない。
なにもないとされた過去にかじりついた時だけ、創造主の望んだ『力』を発揮できる、あまりにも無力な新人類こそが、自分なのだった。
この当時のドッペルゲンガーはまだリッチの肉体が不滅にして無敵のものと知らないから、『どうやって死ねたのか』という疑問を覚えてさえいなかった。
すぐのちにリッチの不滅性が噂になってさえ、創造主の自殺に対して『不可能ではないか?』とはちっとも思わなかった。
それは、『創造主に不可能はなく、彼が望めばなんでもできるのだ』という、畏敬に発した不理解であった。
……ともあれ、魔族の中では『不死王が魔王を殺させた』という方向でだいたい固まってしまい、ここに不死王対魔王軍残党という内乱が発生した。
そして魔王軍残党は滅びた。
……もともと、六王はその強さをもって配下を従えていたのだ。
人族側の覚醒者はたいていの魔族が『遭遇すれば死ぬ』相手であるにもかかわらず、王ならば『複数人の覚醒者を相手に引き分けて退却できる』というあたりで、いかにその力が圧倒的かわかるだろう。
この圧倒的強さの王を初手で殺された魔王軍には、未だ滅びぬ不死王を擁する不死王軍に対抗する手段がなかった。
魔王軍残党は滅びた━━が、全滅はしていない。
魔王に殉じる意思のかたい者は殺されたが、不死王に恭順した者は、不死王軍の最底辺身分として迎え入れられた。
魔族六王のバランスが崩れ始める。
各軍の矛先が人族から魔族に向きつつある気配を、すべての者が感じ取っていた。
この時にもっとも重大な存在になってしまったのは、ドッペルゲンガーだった。
当時の魔王軍はすべての軍が『情報』の大事さを知っており、これを調べ上げるノウハウを持ったドッペルゲンガーは、各軍にとって無視できない存在になってしまったのだ。
また、ドッペルゲンガーは同じ容姿の者がたくさんおり、そのすべてが一つの思考のもと行動し、記憶をリアルタイムで共有し、おまけに一体でも残っていれば絶滅させられず、いずれまた数を増やす。
内乱を行うすべての勢力がドッペルゲンガーに対して働きかけを行うようになった。
仲間に招き入れようと懐柔を試みたり、あるいは脅しつけ従わせようとしてみたり、もしくは絶滅させてやろうと見るたび殺したり……
しかし絶滅は不可能だった。
ドッペルゲンガーはもちろん魔族の領土にいたが、そもそも人族内部の情報を調べるため、人族の領地にも点在している。
この当時、『白髪褐色の少女』は人族の領地では都市伝説になっていた。
『見ると死ぬ』系のもので、それは実際に隠れ家を発見されたドッペルゲンガーが目撃者を消していたからなのだが……
それが『かつて滅んだ奴隷種族』の話と結びつき、『奴隷として消費され絶滅した人種が、その恨みを晴らすため徘徊しているのだ』という話になっていたのだ。
このころになるとドッペルゲンガーにとって人族の領地は居心地がよかった。
なにせ、隠れ家は人族の方から近付くのを避けてくれるし、連中は『白髪褐色肌』しか警戒しないからだ。
ドッペルゲンガーはその基本形を白髪褐色肌とはしつつも、長い時間の中で肌や髪の色を変える程度のことはやってのけるようになっていた。
そして主に商人として人族の領土を行き来し、情報を集め、経済的な影響力を強めていたのである。
なにせ『従業員、経営者、全部自分』という状態なもので人族のスパイを警戒する必要もなく、重要な情報はすべて脳内だけで資料も残さず声も発さず管理できた。
おかげで情報漏洩の心配がまったくなく、さらに、ドッペルゲンガーは諜報に適性があるのとまったく同じ理由で流言にも素養があったため、商人としての素質は抜きん出いていた。
あとは百名を超える自分をたった一つの思考リソースで一括管理する負担が問題だったが、ドッペルゲンガーは負担が大きいほど幸福を感じる性分であり、これはほとんど問題にならなかった。
加えて、ドッペルゲンガーはこのころにとある異常が発生していた。
思考リソースの大元が思いつかないようなことを、子機にすぎないドッペルゲンガーが思いつくのだ。
ドッペルゲンガーはどこまでいっても『たった一人』の種族である。
だというのに異なる思想や信条というものが生まれ始めていた。
……人族の枠組みで考えるならば、それは過剰な身体的負担とストレスからくる人格の分裂であった。
だが、この人格の分裂は、ドッペルゲンガーにとって歓迎すべき異常だった。
なにせ、もちろん制限はあるが、体をほぼ無限に生み出せるのだ。
『大元の思いつかないことを、大元の発想しえない見地から思いつく』というのは、プラスでしかない。
たった一人の種族は、人格の分裂という異常でもって『多様性』を身につけようとしていた。
この多様性をドッペルゲンガーは重要視し、『多様性』、すなわち『個性』を獲得し、育てた個体には特有の姿をとるように己を調整していく。
ドッペルゲンガーの『商会』はこうして多様な人格でもって運営され、人族の世界に確固たる根を下ろしていった。
すなわち、魔族の領地にいるドッペルゲンガーが絶滅させられたとして、人族の領地にも自分がおり、その自分は社会的に高い立場にあるため、これも絶滅させようと思えば『覚醒者』さえ出張ってくる。
そしてたった一人でも残せば世界のどこかに潜み、また時を待って数を増やす。
この時点でドッペルゲンガーを殺すには、『ドッペルゲンガーを殺す』という目的で、その正体を正しく看破し、その全貌を正しく把握した、人族・魔族連合軍が総力を挙げる以外に方法がなくなってしまった。
つまり、不可能だ。
……ドッペルゲンガーは、己が争いの中心にいることを自覚し、初めて自覚したのだ。
自分は不死で、不滅で━━そして、力があるのだ、と。
創造主が自分に望み、けれど与えることができなかった力があるのだと。
戦闘能力はない。おそらく思考能力でも自分より優れた者はあるだろう。
けれど、諜報能力と経済影響力、そして不死性、不滅性がある。
これはほとんど無敵の力なのだと、ドッペルゲンガーはようやく気付き……
同時に、自分が決して『新しい人類』として他の人類を過去にできないことにも、ようやく気付いた。
自分の力はすでに形成された社会があってこそ活きる。
たとえば戦争といった、流れが早く熟した状況の中でこそもっとも強く、しかも、『一大勢力』といったたぐいの強さではない。
いくつかの勢力が戦争をしているさなか、影に潜むかたちで存在する時にもっとも強く━━
この強さを維持するためには、人族と魔族の戦争が不可欠だと、気付いたのだ。
ドッペルゲンガーの目的は『戦争継続』に定まった。
……おかしくなってきた。
自分は間違いなく新しい人種で、新しい人種というのは、古い人種に寄生してこの養分を吸って生きている。
つまり古い人種にとって、『新人類』というのは間違いなく害悪であり……
新人類のくせに、過去にすがらないと生きられない、社会が前提の生物。
『過去にはなにもない。過去が遺すものはヒントだけでいい。そうすれば、未来を生きる人たちが、勝手に新しいものを生み出すだろう。君もそうしなさい』
創造主の言葉が皮肉のように響き続ける。
自分は新しいものを生み出せない。
なにもないとされた過去にかじりついた時だけ、創造主の望んだ『力』を発揮できる、あまりにも無力な新人類こそが、自分なのだった。
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