勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

85話 まわりが忙しくしてるのに自分だけ時間ができちゃうことってたまにあるよね回

「ええ……人類側、今、そんなんなの……?」

 魔王、どんびき。

 リッチは後悔していた。

 超長距離憑依術はその利便性の高さから最優先での改良が施されており、現在では『本体から憑依対象』のみならず『憑依対象から憑依対象』という、実際やろうとしたら案外難しかったことも当たり前のようにできるようになっていた。

 それゆえにリッチはあまり本体に戻ることがなく、自分の本体が魔王領のどのあたりに安置されているのか把握していなかったのだ。

 そしたら魔王のいる謁見の間で座らされてたからおどろいたよね。

 どうにも世間の人たちはリッチが肉体に入って動き始めると呼び出したり呼び止めたりして話を聞こうとするもののようで、ランツァの城に戻った時のように、魔王の城でもリッチは呼び止められた。

 そして魔王と一対一で『久しぶりに戻ってきたじゃん。なに?』みたいな流れから、ここまであったことをだいたい全部話す羽目になっていたのだった。

「っていうかさ、うちの軍動かすんだから、あたしに話通さなきゃダメじゃね?」

 それはそうだった。

 というわけで久々に骨の肉体に戻ったリッチは、魔王とティーテーブルを挟んでお茶などしている。

 もちろんリッチ本体は食事も睡眠も必要ないため、お茶を飲んでいるのは魔王一人だ。

 客のいない(リッチは最初から安置されていた。そしてリボンやお花などでデコられていたので客というより置物とみなす)謁見の間では、魔王は本体をあらわにしている。

 白い髪、褐色の肌、頭があって胴体があって四肢があるところなどは、ほとんど人族の少女……それもランツァと同年代か少し上ぐらいにしか見えない。
 唯一魔族らしいところといえばこめかみのあたりから生えた角ぐらいのものであり、彼女は魔王領に存在するどの魔族よりも人族に近い存在に見えた。

 アンデッドなどは食事をとらないし、巨人たちも食料を摂取しているところは見たことがないが、魔王はよくこうやってお茶を嗜む。
 そこがますます人に近いように思われて、リッチはこうやってテーブルを挟んでいると、一瞬、まだ自分が人族の領地にいるのではないかと勘違いしそうになってしまうほどだった。

 まあ━━

 魔王の謁見の間は、黒を基調とした禍々しいデザインであり、部屋の後ろには映像投影幕プロジェクターなども存在するので、人族の領域とは色々と文化が違うなという感じではあるのだけれど。

「ま、とにかくさ」魔王はデコデコしい爪の生えた指に引っ掛けたティーカップを置いて、「『今日来て、今日行く』ってのは無理っしょ。なんせ行軍だし」

「ええ……アンデッドに軍備とかいるかな……あいつら、食料も必要ないし、プライベートもないよ」

 アンデッドが戦争のない時になにをしているかと言うと、うろうろしているだけだ。

 ゾンビは徘徊おさんぽが趣味のようでそのへんを歩いている姿をよく見かけるし、スケルトンは基本的に寝ている。
 ゴーストは行動範囲が広いし壁とか関係なく行きたい方向に行くので、寝てるとたまに浮かんでいる姿を見かけられ、めっちゃビビるそうだ(そういうクレームが獣人からあった)。

 ゴーストの中でも頭のいい者はリッチ研究室で雑用などしている。

 ヒラゴースト、実はゴースト界の知的エリートなのだった。

 ともかくアンデッドと呼ばれるあの連中には『生活』がなく、『行くから来い』ですぐに召集できるあたりが軍としてもっとも強いところであった。
 あと兵糧がいらないところと、命令に忠実なところと、物理攻撃しかしない相手にめっぽう強いところと、痛みを感じないところと、恐怖を感じないところも優秀だ。

 平均的に知能が高ければ間違いなく最強の軍団だったろう。

 命令に忠実なので『行け』と言うと『止まれ』と言うまで途中にいる生命を全滅させながらどこまでも行くのが難点で、実際、それで獣人の集落が一つ滅んだことがある。
 あのころはうっかりッチだった。

 ともあれアンデッドを軽い気持ちで戦争に駆り出せる集団だとリッチは思っているのだが、魔王はそれを否定する。

「最近は戦争もないからみんなウロウロしてて、集めるのに時間がかかるんだよね」

「……ランツァが王位に就いてからも戦争はあったはずだけれど」

「いやいや……勇者パーティーがいたころに比べると規模がね……小競り合いのレベルっしょ。だって、当時の規模の戦争をする体力が人族側にないし……」

「ああ……」

「なもんで多くのアンデッドは自由行動させてたんだけど、あいつら眠らないし食べないし家に住まないもんで、自由に行動しすぎてどこ行ったかわかんねーでやんの。ウケるー」

 魔王が『ウケるー』と言う時、魔王にとって頭の痛い事態を語っているのだというのは、最近、リッチも学んだところだ。
 なのでその話題には触れず、ただの骨のように黙っていた。

 魔王はひとしきり『ウケた』あと、思い出したように語り始めた。

「……にしても、ランツァちゃんの構想はわかったけどさあ。リッチはそれでいいの?」

「リッチにいいも悪いもないよ。なにせ政治は専門外だからね。口を出さないし、無駄に考えたりもしないんだ。思考というリソースは有限で、リッチには考えるべきことがたくさんあるから」

「いや、にしても考えなさすぎっしょ。ランツァちゃんの構想が全部うまくいったら、リッチ、人族側の代表者よ。しかも暴君とかそれ系」

「なんで?」

「いや、いやいやいや……死霊の軍勢で現行政権のトップを倒して、そのトップを支配下に置く━━って演出でしょ? そしたら死霊を統べてるリッチが人族の新しい支配者、しかも逆らったらアンデッドにされて支配される系の暴君とみなされるじゃん?」

 リッチはちょっと考えてみた。
 そして、理解した。

「……………………ほんとだ」

「でしょ!? え、逆になんでそこに思い至らないの!?」

「ランツァがなにも言わなかったから……」

「たぶん言うまでもないと思ったか、アレじゃね。意趣返し」

「なんの?」

「めちゃくちゃやったじゃん?」

「まあ、めちゃくちゃったけど……あ、そうだった。ロザリーたちの死体は放置してたな……冷やしておかないと悪くなってしまう。魂の方は『人体』の数が及ぶぶんは『人体』に蘇生したけど、それも全員分ではないし……」

「あー、それはまあ、あたしからランツァちゃんに連絡しとくわ」

「連絡手段あるの? じゃあなぜ超長距離憑依術を使えるからっている理由でリッチを伝令役にしてたの?」

「フレッシュゴーレム戦役のころの話なら、あたしの連絡手段がそっちほど速くは伝わらないからじゃんね。あと、ちょっとした条件と下準備が必要だし、細かい話をするのも無理だし」

「リッチの憑依術にだって条件と下準備は必要だよ」

「必要なのは死体じゃん」

「まあ」

「当時はたくさんあったじゃん、死体」

「まあ」

「……とにかくさ。人族側にとってでっかい動きじゃんね。アンデッドを利用するっていうんなら、あたしもちょっとランツァちゃんと相談して調整しないとだし。詳しい交渉はこっちでやっとくんで、リッチはしばらくゆっくりしなよ」

「しかし研究環境はすべて人族の王国に移してしまったし、こちらには生徒もいないし……ああ、そうだ。魔王が戦争中に言っていた『死霊術は昼神の子しかできない』という言葉の意味を聞いておこうかな」

「いや、あたしは調整があるって言ってんじゃんね。そんな長い話じゃないからいいけども」

「長い話じゃないならフレッシュゴーレム戦役の時に話してくれてもよかったのに」

「周囲に軍を待たせた状態でいきなり軍事にも戦争にも全然関係ない話を始めるとか、そういうことやるのリッチぐらいなんだよね……」

「まあ、君たちにとって死霊術がさほど優先順位の高くない事項だというのはわかっているけれど」

 魔王は『そうじゃないんだよなあ』みたいな顔になったが、それ以上をリッチに語ることの無為を悟ってか、言葉を発することはなかった。

 優先順位どうこうというより、人と真面目な空気感の中にいる時、いきなりまったく関係ない話を始めたらどう思われるでしょうか? みたいな話だ。

 リッチはそういうこと超やるが、普通、空気を読んで控えるものである。

 魔王はため息をつき、

「その感じじゃ、わかってないよね?」

「なにがかな。主語は明確にしてもらえないと。リッチは言いたいことの忖度そんたく斟酌しんしゃくが苦手なんだよ」

「あたしが、リッチのことを、人族だって理解してるの、わかってないよね?」

「ああ、なるほど。たしかに『死霊術を使えるのは昼神の子だけ』を真だとすると、『死霊術を使えるリッチは昼神の子』となり、昼神の子はすなわち人族なので、リッチも人族ということになるね。なにせ前提がどの程度の確度がある推測なのか不明瞭なので、『仮定』の域を出ないけれど……」

「ま、本当に魔族が死霊術を扱えないのかはわからないんだけどね。少なくとも、過去のリッチに学んでも、あたしにはできなかったってだけで。できる種族もいるのかもね」

「……たしかに、夜神の子たる魔族の生徒はリッチにもいないし、比較検討の価値はある。まあ、まじめに勉強をしようという夜神の子がこの世界にいないと、どうしようもないのだけれど」

「でも、リッチ・・・は、『これは、昼神の子の技術だ』って断言してたよ」

「リッチには断言した覚えがないな」

「だから、君じゃない・・・・・リッチ・・・だよ」

 魔王が笑顔のまま言うので、リッチは思い出した。

 そういえば魔族側には過去にもリッチがおり、魔王や死霊将軍アリスが知り合いだというのは、そちらのリッチであって━━

 ━━元勇者パーティーの自分ではない。

 リッチは『そのリッチ』のふりをして魔王軍に所属しており、アリスなどは『そのリッチ』だと思い込んでいる様子ではあったが……

「まあ、君は気付いていたか」

 魔王に看破されていたというのに、リッチの内心には焦りだの恐怖だのといったマイナスの感情がまったく湧いてこなかった。
『やっぱりな』感が強い。

 それは言葉や態度、それに魔王の頭の良さから、気付かれている可能性が高そうだという推測ができていたからであり……

 それに、

「とはいえ、今、このタイミングで、リッチが『リッチ』ではないと看破していたことを告白しても、さほど効果的ではないよね……」

 今のリッチには、魔王軍以外の居場所がある。

 正体がバレたとして、失うものがさほどない。

 余裕があるのだ。

 最近の(リッチ比での)コミュニケーション能力の向上にも、この『居場所もすがるものもたくさんある』という認識が要因かもしれなかった。

 勇者パーティーという居場所を失えば全部なくすと思い込んでいた当時の、常に追い詰められ、人に裏切られる心配ばかりをし、簡単に攻撃的になる自分はどこにもいないのだった。

 だから、

「なるほど、フレッシュゴーレム戦役の時に語らなかったのは、リッチと落ち着いて話をするためかな?」

 こういう推測もできる。

 魔王は微妙な笑みを浮かべて、

「いや、まあ、当時も『人族だと看破してるよ』程度のことはわかるぐらいの言い方をしたけどね? ……ま、敵意はないよ。これはマジ。なにせリッチは『外海《そとうみ》』へ対処するための貴重な人材の一人だし」

「君はなにかにつけ『外海』を警戒しているね。まあ、ざっくりした理由は聞いたし、深く踏み込むほどの興味もないので、補足はいいのだけれど」

「いやもうここまで話したんだし、聞いてよ。むしろ聞けよ」

「忙しいのでは?」

「もう伝令は送って、今は交渉中」

 もちろん魔王は一歩も動いていないし、どこかに連絡をしたそぶりもない。
 椅子から立ち上がることもせず、こうしてリッチと向かい合ってずっとお茶を飲んでいるだけだ。

 リッチは、ふと、質問を思いつく。

「そういえば、君は、なんていう種族なのかな」

 竜ではなく、巨人でもなく、アンデッドでもない。

『外海』警戒にあたっている魔族もいるのでリッチはすべての魔族を目撃したわけではないが、フレッシュゴーレム戦役の中において、魔王が率いていた『外海を警戒している三軍混成軍』の中にも、魔王と似た姿の種族はいなかった。

 例の影をまとった巨大な姿もいないし、褐色肌の少女といった姿の者も、見受けられなかったのだ。

 魔王は安堵したような息をつき、笑う。

「いや、っていうかさ、もうちょい早く興味持とうよ、あたしに」

出資者パトロンのことはなるべく意識せずに生きていきたい性分なんだ」

「そういうとこはホント、変わんないよね」

「君が過去のリッチとこの俺を同一存在であるかのように言うのは、気付いていないフリかと思っていたけれど、この段階に至って、そのように振る舞う必要はないよね。どういう意図なんだい?」

「同じだからね」

「……?」

「こう言えばリッチも興味出るかな? ━━『人は生まれ変わる。すべての人は、記憶を失っているだけの太古の魂の転生体である』。ま、生まれ変わるのは昼神の子の特権らしいんだけど」

 リッチは「ふむ」とあごをコリコリ掻いてから、

「興味があるね」

 身を乗り出した。

 魔王は笑ってから、語り始める。

「人族領地の状況がけっこうまずいし、この語りは手短に済ます予定だけど━━」

 そう、前置きして。

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