勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
82話 たいていの来客がタイミング悪いのはなんで? 回
「なんか静かね……」
「みんな死んでるからね」
リッチは学習していた。
正確に言うならば、誰も死んでいない。みんな、生きている。
けれどそれは死霊術を修めていない者にとって非常に観測し難い事象なのだった。
夕暮れの差し迫る時間帯。
王都外壁東門付近に布陣するレイラ軍は、物言わぬ者の群れとなっていた。
この『物言わぬ者』というのは比喩ではなく言葉通りの意味で、『リッチ謹製の、しゃべる機能のない、生物学上はまったく人体とは呼べないが、死霊学上は非常に機能的に必要最低条件だけを満たした人体に魂を入れた者』のことを指す。
『機能的』という言葉は観点によってその意味をさまざまに変えるが……
今回用意した『黒い、手のひらサイズの球形人体』において求めた機能は『魂の保管場所』であり、そこにはしゃべったり考えたりする機能は必要ないので、しゃべる機能はないのだ。
こうして魂を『黒い球体』に入れてしまうと、もともと魂が入っていた肉体が余る。
リッチは肉体の方に対して関心が薄いので邪魔にならないようにしちゃってもよかったのだが、『ムカついたから』で殺した手前、死霊術師としての一線を踏み越えてしまっている罪の意識があり、さすがにそこまではできなかった。
死霊術師には高い理性が求められる。
感情のままに『死』を奮ってはいけない。
死霊術でもっとも大事なものは、倫理観なのだ。
他者の命をおもんばかり、それが世界に二つとない、それぞれに個性のあるもので、一度失われれば二度と戻らないものだという確固たる認識こそが、もっとも大切なのだった。
倫理を大切にした結果が、『黒い球形人体』になります。
肉体の方は適度に冷やして箱詰めしてあるので、あと数日はもつと思う。きっと。
「どうしてみんな死んでるのかしら」
大将用陣幕に背中をあずけるようにしながら、レイラは問いかけた。
そばにいる黒い、耳のとがった、性別不明瞭な人物━━エルフinリッチ……エルフッチは悩ましげに眉根を寄せて応じる。
「その質問に端的に答えるのは、非常に難しいことだよ」
「難しいことは省きなさい。あたしは頭がよくないのよ」
レイラの発言は堂々としたものだった。
この二次性徴を忘れたような体つきの金髪の獣人女性は、頭が悪いことを特権だと思っているふしがある。
『自分は頭が悪いので、自分にわかりやすく物事を言えない人物は、逆に馬鹿なのではないか』と疑っている様子が見受けられるのだ。
リッチとしては下着のような格好をして常にヘソを出しているこの女性を蛮族だと考えているので、蛮族にどう評価されようが気にならないのだが……
レイラは蛮族だけあってすぐに暴力に訴えようとする。
現在のリッチには『レイラ軍に潜入してレイラの味方として振る舞う』という使命があるので、レイラに暴力を振われるような事態にならないよう努力する義務があった。
なにせ今のボディは軽量で『人』らしい形状と機能を備えてはいるものの、戦闘能力はからっきしだからだ。
もちろん死霊術は扱えるが、物理攻撃にも魔法攻撃にも弱い。
レイラに殴られたら一発で壊れるので、その時は殴られる前にレイラを死なせるしかなくなってしまう。
味方を死なせるのは、よくない。
だからリッチは考え込んで、レイラにもわかりやすい言い回しを探し……
「あいつらは……エルフに逆らったから死んだんだよ」
リッチが人間関係を続けていくうちに学んだのは、『誤解は決してなくならない』ということだった。
これまでリッチは可能な限り解釈の誤りや言葉の捉え方の誤りをなくそうと、くどくど説明する癖があったが……
どれほど言葉を尽くしても、誤解する者というのはいる。
だから『受け取り方は相手に委ねて、誤解するようならもうそれでいいや』と思うことにした結果、コミュニケーションがかなりうまくいくようになった……気がする。
もちろん、誤解をしないよう相手が努力しているならば、こちらも誤解を避けられるよう言葉を尽くすべきだし……
死霊術の伝導などにおいては、やはりこれも言葉を尽くし誤伝をなくすようつとめるべきだろう。
だが……
レイラは、そもそも相手の言葉を理解しようと努力する気がない。
なのでこちらばかり気をつかうのも馬鹿らしく、レイラに対するリッチは発言内容に多大な語弊を含むのだった。
「自分より強いやつに逆らうんだから、それは死んでも無理ないわね……」
バカなのかしら……とレイラはつぶやく。
レイラにバカ扱いされるのは、みんなもさぞや無念であろう。
「ねぇ、エルフ。みんな死んでるということは、あたしの子分はもう一人しかいないっていうことにならない?」
「そうだね(てきとう)」
「だったら、ロザリーを一人でぶん殴りに行ってもいいと思わない」
「そうだね(てきとう)」
「っていうかなんで、あたしはこんなところで野宿してたの? ロザリーぶん殴るんだったら、自分からロザリーのところ行けばいいわよね」
「そうだね(てきとう)」
「なんかそういう空気? ……空気だったし、みんなでめちゃくちゃご飯とかよこすから、なんとなく野宿してたけど……あたしには王都に家があるのよ。だっていうのに、なんで王都の外で陣幕張って野宿してるの? 意味がわからないわ」
「……家、あったの?」
「家ぐらいあるわよ。あたしのことなんだと思ってるの」
「………………君は、なんなんだろう?」
「ちょっと、怖いこと言わないで。あたしがなんなのかわかんなくなるじゃない。あたしの名前なんだったかしら」
「君はレイラだよ」
「知ってるわよ。冗談よ」
「……冗談、言えたの?」
「あたしをなんだと思ってるの?」
「君がなにかは知らないけど、冗談を言うには知性が必要だと思ってるよ」
「まわりくどい言い回しはやめなさい。ぶん殴るわよ」
「レイラは賢いって言ったんだよ(てきとう)」
「そうかな……そうかも……」
同じころ、王宮内で女王ランツァも「まあ……そうね……そうかも……」と言っている。謎のシンクロニシティが発生していた。
レイラはハッとした。ハッとする時にしっぽにくくりつけた鈴がチリンと鳴る。
「賢いあたしは思いついたんだけど、やっぱり……野宿してる意味、ないと思うのよね」
「まあ、そうだね。最初は君とロザリーの個人の問題だったから、君がロザリーを訪ねてぶん殴ればそれで終わったんだけど、なにかものすごい色々な思想を巻き込んでしまって、話が無駄に大きくなった感はあるね」
そしてレイラを担ぎ上げた人たちは残らず死んでる(※生きてます)。
「つまりどういうこと? 急に長い話をするのはやめなさい」
「今から殴りに行けばいいんじゃない?」
「そうするわ。じゃあ、留守番してて」
「わかった」
レイラは走り出した。
ロザリーのいそうな場所に行ったのだ。
なお、これはリッチの知り得ない情報なのだが、レイラとロザリーは互いに互いの家の場所を知らない。
ロザリーは王都にいる時は神殿で寝泊まりしており、神殿は王都民であれば誰でも場所を知ってるのだが、レイラは神様に祈る習慣がないし、興味のないことを覚えておける性格でもないので、神殿がどこにあるか知らないのだ。
獣人種は人間種に比べれば嗅覚などが鋭敏ではあるが、それでも人がいっぱいの広い王都でにおいを頼りにロザリーを見つけ出せるほどではない。
レイラがにおいを頼りに見つけ出せるのは食べ物だけである。
なのでレイラは走り出したが、特に目的地が定まっているわけではなかった━━ここまでがリッチの知らない情報になる。
ともかく味方大将から留守番を言いつけられたリッチに、それでも『ついて行こうか?』と問いかける理由もなく、素直に留守番をした。
そんな時であった。
レイラ軍警戒のために閉ざされていた王都東門(※レイラは身長の十倍ぐらいある城壁を飛び越えて王都へ入って行った)が重々しい震動とともに開いた。
中から━━なにかが出てくる。
エルフッチが目を細めてそれを見ると、どうにもそれは人の集団のようだった。
先頭にいるのはロザリー。
後ろに続く人々は、なぜか拳を腰だめに構えたまま、迷いのない足取りでずんずんこちらに近付いてくる。
集団がある程度近づくと、足を止めたロザリーが叫んだ。
「レイラ! 出て来なさい! ここにいる全員であなたを一発ずつ殴ります!」
「留守です」
あまりにもタイミングが悪かった。
「みんな死んでるからね」
リッチは学習していた。
正確に言うならば、誰も死んでいない。みんな、生きている。
けれどそれは死霊術を修めていない者にとって非常に観測し難い事象なのだった。
夕暮れの差し迫る時間帯。
王都外壁東門付近に布陣するレイラ軍は、物言わぬ者の群れとなっていた。
この『物言わぬ者』というのは比喩ではなく言葉通りの意味で、『リッチ謹製の、しゃべる機能のない、生物学上はまったく人体とは呼べないが、死霊学上は非常に機能的に必要最低条件だけを満たした人体に魂を入れた者』のことを指す。
『機能的』という言葉は観点によってその意味をさまざまに変えるが……
今回用意した『黒い、手のひらサイズの球形人体』において求めた機能は『魂の保管場所』であり、そこにはしゃべったり考えたりする機能は必要ないので、しゃべる機能はないのだ。
こうして魂を『黒い球体』に入れてしまうと、もともと魂が入っていた肉体が余る。
リッチは肉体の方に対して関心が薄いので邪魔にならないようにしちゃってもよかったのだが、『ムカついたから』で殺した手前、死霊術師としての一線を踏み越えてしまっている罪の意識があり、さすがにそこまではできなかった。
死霊術師には高い理性が求められる。
感情のままに『死』を奮ってはいけない。
死霊術でもっとも大事なものは、倫理観なのだ。
他者の命をおもんばかり、それが世界に二つとない、それぞれに個性のあるもので、一度失われれば二度と戻らないものだという確固たる認識こそが、もっとも大切なのだった。
倫理を大切にした結果が、『黒い球形人体』になります。
肉体の方は適度に冷やして箱詰めしてあるので、あと数日はもつと思う。きっと。
「どうしてみんな死んでるのかしら」
大将用陣幕に背中をあずけるようにしながら、レイラは問いかけた。
そばにいる黒い、耳のとがった、性別不明瞭な人物━━エルフinリッチ……エルフッチは悩ましげに眉根を寄せて応じる。
「その質問に端的に答えるのは、非常に難しいことだよ」
「難しいことは省きなさい。あたしは頭がよくないのよ」
レイラの発言は堂々としたものだった。
この二次性徴を忘れたような体つきの金髪の獣人女性は、頭が悪いことを特権だと思っているふしがある。
『自分は頭が悪いので、自分にわかりやすく物事を言えない人物は、逆に馬鹿なのではないか』と疑っている様子が見受けられるのだ。
リッチとしては下着のような格好をして常にヘソを出しているこの女性を蛮族だと考えているので、蛮族にどう評価されようが気にならないのだが……
レイラは蛮族だけあってすぐに暴力に訴えようとする。
現在のリッチには『レイラ軍に潜入してレイラの味方として振る舞う』という使命があるので、レイラに暴力を振われるような事態にならないよう努力する義務があった。
なにせ今のボディは軽量で『人』らしい形状と機能を備えてはいるものの、戦闘能力はからっきしだからだ。
もちろん死霊術は扱えるが、物理攻撃にも魔法攻撃にも弱い。
レイラに殴られたら一発で壊れるので、その時は殴られる前にレイラを死なせるしかなくなってしまう。
味方を死なせるのは、よくない。
だからリッチは考え込んで、レイラにもわかりやすい言い回しを探し……
「あいつらは……エルフに逆らったから死んだんだよ」
リッチが人間関係を続けていくうちに学んだのは、『誤解は決してなくならない』ということだった。
これまでリッチは可能な限り解釈の誤りや言葉の捉え方の誤りをなくそうと、くどくど説明する癖があったが……
どれほど言葉を尽くしても、誤解する者というのはいる。
だから『受け取り方は相手に委ねて、誤解するようならもうそれでいいや』と思うことにした結果、コミュニケーションがかなりうまくいくようになった……気がする。
もちろん、誤解をしないよう相手が努力しているならば、こちらも誤解を避けられるよう言葉を尽くすべきだし……
死霊術の伝導などにおいては、やはりこれも言葉を尽くし誤伝をなくすようつとめるべきだろう。
だが……
レイラは、そもそも相手の言葉を理解しようと努力する気がない。
なのでこちらばかり気をつかうのも馬鹿らしく、レイラに対するリッチは発言内容に多大な語弊を含むのだった。
「自分より強いやつに逆らうんだから、それは死んでも無理ないわね……」
バカなのかしら……とレイラはつぶやく。
レイラにバカ扱いされるのは、みんなもさぞや無念であろう。
「ねぇ、エルフ。みんな死んでるということは、あたしの子分はもう一人しかいないっていうことにならない?」
「そうだね(てきとう)」
「だったら、ロザリーを一人でぶん殴りに行ってもいいと思わない」
「そうだね(てきとう)」
「っていうかなんで、あたしはこんなところで野宿してたの? ロザリーぶん殴るんだったら、自分からロザリーのところ行けばいいわよね」
「そうだね(てきとう)」
「なんかそういう空気? ……空気だったし、みんなでめちゃくちゃご飯とかよこすから、なんとなく野宿してたけど……あたしには王都に家があるのよ。だっていうのに、なんで王都の外で陣幕張って野宿してるの? 意味がわからないわ」
「……家、あったの?」
「家ぐらいあるわよ。あたしのことなんだと思ってるの」
「………………君は、なんなんだろう?」
「ちょっと、怖いこと言わないで。あたしがなんなのかわかんなくなるじゃない。あたしの名前なんだったかしら」
「君はレイラだよ」
「知ってるわよ。冗談よ」
「……冗談、言えたの?」
「あたしをなんだと思ってるの?」
「君がなにかは知らないけど、冗談を言うには知性が必要だと思ってるよ」
「まわりくどい言い回しはやめなさい。ぶん殴るわよ」
「レイラは賢いって言ったんだよ(てきとう)」
「そうかな……そうかも……」
同じころ、王宮内で女王ランツァも「まあ……そうね……そうかも……」と言っている。謎のシンクロニシティが発生していた。
レイラはハッとした。ハッとする時にしっぽにくくりつけた鈴がチリンと鳴る。
「賢いあたしは思いついたんだけど、やっぱり……野宿してる意味、ないと思うのよね」
「まあ、そうだね。最初は君とロザリーの個人の問題だったから、君がロザリーを訪ねてぶん殴ればそれで終わったんだけど、なにかものすごい色々な思想を巻き込んでしまって、話が無駄に大きくなった感はあるね」
そしてレイラを担ぎ上げた人たちは残らず死んでる(※生きてます)。
「つまりどういうこと? 急に長い話をするのはやめなさい」
「今から殴りに行けばいいんじゃない?」
「そうするわ。じゃあ、留守番してて」
「わかった」
レイラは走り出した。
ロザリーのいそうな場所に行ったのだ。
なお、これはリッチの知り得ない情報なのだが、レイラとロザリーは互いに互いの家の場所を知らない。
ロザリーは王都にいる時は神殿で寝泊まりしており、神殿は王都民であれば誰でも場所を知ってるのだが、レイラは神様に祈る習慣がないし、興味のないことを覚えておける性格でもないので、神殿がどこにあるか知らないのだ。
獣人種は人間種に比べれば嗅覚などが鋭敏ではあるが、それでも人がいっぱいの広い王都でにおいを頼りにロザリーを見つけ出せるほどではない。
レイラがにおいを頼りに見つけ出せるのは食べ物だけである。
なのでレイラは走り出したが、特に目的地が定まっているわけではなかった━━ここまでがリッチの知らない情報になる。
ともかく味方大将から留守番を言いつけられたリッチに、それでも『ついて行こうか?』と問いかける理由もなく、素直に留守番をした。
そんな時であった。
レイラ軍警戒のために閉ざされていた王都東門(※レイラは身長の十倍ぐらいある城壁を飛び越えて王都へ入って行った)が重々しい震動とともに開いた。
中から━━なにかが出てくる。
エルフッチが目を細めてそれを見ると、どうにもそれは人の集団のようだった。
先頭にいるのはロザリー。
後ろに続く人々は、なぜか拳を腰だめに構えたまま、迷いのない足取りでずんずんこちらに近付いてくる。
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