勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
77話 過去改変なんかできるわけないんだから後悔なんかしても無駄だししない回
「ははははは! おい、信じられるか!? 俺が━━農村生まれのただの平民が、女王陛下の婚約者だとさ!」
そのころのことを『勇者の絶頂期』と呼んでしまっていいだろう。
このぐらいのころになると、彼は彼の生まれ持った才覚をもって、社交界をほとんど席巻していた。
彼の才能はもちろん『社交力』だが……
もう少し解像度を上げて観察するならば、『自分と異なる常識を持つ者に合わせ、操る力』……『適応力』こそが、彼の真の才覚であったのだろう。
その才覚は死霊術師やロザリー、レイラといったはみ出し者を操り……
ついに貴族まで御してみせた。
その結果として、女王との婚約という、異例も異例の大快挙を成し遂げたのであった。
「政権の中じゃあお飾りっぽいけど、関係ない。形骸化してるとはいえ、俺に権力を渡したらどうなるか、教えてやる━━名実ともに、国王になるんだ。俺が。なんの才能もなかった、生まれも血筋もない、俺が。……ああ、でも、血筋については大丈夫か。伯爵の養子になったからな!」
勇者は権力というものを求めていたようだった。
ただ、彼に強い権力志向があったかと問われると、あとから思い返してみれば、首をかしげる。
勇者の権力志向は、あくまで『人並み』なのだろう。
おそらくこの世に生きるほとんどの人族が、彼みたいにとんとん拍子で女王陛下の婚約者にまで上り詰めれば、このようにはしゃぐのではなかろうか?
なんの後ろ盾もない農村出身の男が━━
偶然にも巡り合った『強者』たちを従えて━━
目覚ましい戦果を挙げ『勇者』などと呼ばれるようになり━━
貴族たちのいる政権に強い影響力を持ち━━
挙句の果てに、女王の婚約者。
このサクセスロードを通ってしまえば、誰だってこんなふうに大喜びするだろう。
むしろ、この上り調子の人生を祝福すべきものかどうか判断できなくて、首をかしげ、困ったような顔をしてしまう者たちこそ、おかしい。
そして『勇者パーティー』を構成する四人のうち三人は、『おかしい』側だった。
「……って、お前らに言っても無駄か。まあ━━いい、いいよ。お前たちは俺の恩人だからな。お前たちがいなきゃ、俺はここまで来ることはできなかった。俺が国王になっても、ちゃんと面倒みるよ。そうだな……将軍なんてどうだ?」
勇者にはもともと俗っぽいところがあって、だからこそ、『この三人』と『世間』との橋渡しができた。
その俗な部分は権力の中枢で大きな力を手に入れるほどに勇者の中で大きくなっていき━━
この当時の勇者はもう、死霊術師にとって『原生生物』以上のものではありえなかった。
ただ、神官……すでに聖女と呼ばれていたロザリーなどは勇者が昼神教を篤く信じる様子を見せるので、彼の喜びを『ともがらの喜び』として素直に祝福した。
レイラは勇者がよこすご飯が多く、そして豪華になっていくので、勇者によく懐いていた。
宗教の地位の保証と、飯の世話は、『俗』な力でできたのだ。
できなかったのは、いわゆる『俗』な人たちが生理的に嫌う死霊術の保護であり、勇者が権力の中枢で立場を得るほど、死霊術師はその力を秘めるようそれとなく注意される回数が増えていった。
『ドラゴン殺し』と勇者が呼ばれ始めた背景にも、栄華最盛期の勇者が常に死霊術師と同じ戦場に同行し、死霊術師の挙げた手柄をそれとなく『自分がやった』かのように振る舞い始めたというのが背景にある。
死霊術だけは勇者の出世において邪魔なものであり、これを使った活躍をあまり目立たせたくないという心情が彼の中にあったのは、思い返せば当然とも言える心理力学であろう。
死霊術師もまた、自分の手柄を吹聴しなかった。
ここには『手柄を挙げること』に端を発して広がっていく人間関係を面倒に思う心情があった。
むしろ『自分の手柄だ』とそれとなく吹聴する勇者を、死霊術師は『面倒な人付き合いから自分を守ってくれているんだな』と好意的に解釈していたぐらいである。
また、同じ戦場にいる勇者が出撃していいタイミングで『行け』と言ってくれるのは、面倒がなく、好ましかった。
「士気高揚のために、『勇者パーティー』で出陣することになった」
━━『その日』が、迫っていた。
このころになると『勇者パーティー』はますます『勇者を司令塔にした三人のフリーランス』という色合いが強まっており、配属される戦場もそれぞれ別で、単独行動が多かった。
とはいえ、すでに死霊術師以外は、司令塔を介さずとも、それぞれの戦場での立場を得ていた。
アンデッド戦においてロザリーの鼓舞は大いに士気を上げて、その戦場においてはもう顔のようになっていたし……
もともと一対一ルールがある巨人の戦場はあまりにもレイラに相性がよすぎて、その目覚ましい戦果は情報を入手する努力などしなくとも勝手に耳に入ってくるほどだった。
なので『仲が悪くて同じ戦場に立てない』というのもあったが、そもそも、同じ戦場に立つ理由自体がなかった━━というのが当時の状況だ。
勇者パーティー全員を一つの戦場に集めてしまうと、明らかにオーバースペックなのである。
……戦争というものは、『決まった場所で勝敗を競い、勝敗が決定したらその日の戦争は終わり』というものだった。
領土の切り取りはじりじりと行われているものの、『勝者が勢いこんで一気攻め寄せる』ということはなく、たいていが決まった平原でちょっと西側か東側に戦線が前後する、ぐらいのものだった。
あきらかに領土侵攻をメインの目的としていない動きである。
人族と魔族の真の目的が『相手の殲滅』『相手領土の侵略』にないことは、思えばこの時点で明白だった。
戦争を俯瞰できる立場があり、軍事に関心があり、その動きに不思議な違和感を覚えられる見識があれば、たぶん気付けたことだろう。
おそらく女王ランツァあたりは言語化できないまでも違和感ぐらいは覚えていたのではないか?
……まあ、すべては終わってしまった過去のことだ。
「この戦いで、俺たちのすごさが大陸全土に知れ渡る。戦場と社交界にしか響いていない、多くの人が知ってはいても実感はしていない、俺たちの力が、間違いなく、大陸中に知れ渡るんだ」
「魔族の殲滅が早まりますね。神もお喜びになられるでしょう」
「おいしいもの食べる!」
士気は高かった。
学習が済んでいた。
勇者の言う通りにして、たしかにだんだん望む通りの状況になってきているのがわかっていた二名は、今回も勇者の言う通りにし、勇者のあとをついて行けば、きっとその先にいいことがあるのだと思い込んで、思考を放棄していたのだ。
……なんと愚かな、と当時の死霊術師は思っていたが。
未来の視点から見れば、気持ちがわかるのだ。
思考なんていう面倒くさいことをしたくなくって、『こいつの言う通りにしていれば全部うまくいく』という相手がずっと欲しくって━━勇者こそが、『その相手』だった。
だから、思考なんかしなくていいと信じられるだけの事実が積み上がっていたら、思考放棄はして当たり前だった。
死霊術師だって、死霊術が受け入れられる世界なら、思考放棄をしていただろう。
彼の他の二人との違いはただ一つ。
『やりたいことを、世間が認めるかどうか』。
そして、死霊術は、認められない、禁忌なのだった。
『命を扱う』ということに対する生理的な忌避は、戦争の実績をもってしてもなかなか受け入れられがたく……
そもそも、『戦争の実績』さえ、死霊術師にはないことになっていた。
彼の挙げた手柄はすべて、勇者のものになっていたから。
「君はなにか、抱負とかはないのか?」
士気高揚のためのパーティー一丸となっての出陣を前に、勇者に問われる。
すると死霊術師が口を開く前に、まずは神官ロザリーが言う。
「彼はなにもないのでしょう。口を開いたところで、わけのわからない、冒涜的な、長い話しかしませんよ。神の愛を知らぬ忌むべき者なのですから」
次に戦士レイラがため息をつく。
「弱いやつの長い話に興味はないわ。聞いてるだけでお腹がすくし、眠くなるから」
こうなってしまうともう、死霊術師はなにか言うべきことがあったとして、言う気がなくなってしまう。
「なにもないよ」
そう述べたのは、本当に言うべき抱負などないからであったし、なにか一言ぐらい言うべきかなとは思っていても、出端をくじかれて萎えてしまったというのもあった。
……もしも、ここで彼に発言させていれば。
彼のリッチ化構想が語られることもあったかもしれないが━━
過去は、そうならなかった。
彼は戦場で死んで、リッチ化し━━
あとは、魔王軍に拾われて、研究者となり━━
現代に、続く。
そのころのことを『勇者の絶頂期』と呼んでしまっていいだろう。
このぐらいのころになると、彼は彼の生まれ持った才覚をもって、社交界をほとんど席巻していた。
彼の才能はもちろん『社交力』だが……
もう少し解像度を上げて観察するならば、『自分と異なる常識を持つ者に合わせ、操る力』……『適応力』こそが、彼の真の才覚であったのだろう。
その才覚は死霊術師やロザリー、レイラといったはみ出し者を操り……
ついに貴族まで御してみせた。
その結果として、女王との婚約という、異例も異例の大快挙を成し遂げたのであった。
「政権の中じゃあお飾りっぽいけど、関係ない。形骸化してるとはいえ、俺に権力を渡したらどうなるか、教えてやる━━名実ともに、国王になるんだ。俺が。なんの才能もなかった、生まれも血筋もない、俺が。……ああ、でも、血筋については大丈夫か。伯爵の養子になったからな!」
勇者は権力というものを求めていたようだった。
ただ、彼に強い権力志向があったかと問われると、あとから思い返してみれば、首をかしげる。
勇者の権力志向は、あくまで『人並み』なのだろう。
おそらくこの世に生きるほとんどの人族が、彼みたいにとんとん拍子で女王陛下の婚約者にまで上り詰めれば、このようにはしゃぐのではなかろうか?
なんの後ろ盾もない農村出身の男が━━
偶然にも巡り合った『強者』たちを従えて━━
目覚ましい戦果を挙げ『勇者』などと呼ばれるようになり━━
貴族たちのいる政権に強い影響力を持ち━━
挙句の果てに、女王の婚約者。
このサクセスロードを通ってしまえば、誰だってこんなふうに大喜びするだろう。
むしろ、この上り調子の人生を祝福すべきものかどうか判断できなくて、首をかしげ、困ったような顔をしてしまう者たちこそ、おかしい。
そして『勇者パーティー』を構成する四人のうち三人は、『おかしい』側だった。
「……って、お前らに言っても無駄か。まあ━━いい、いいよ。お前たちは俺の恩人だからな。お前たちがいなきゃ、俺はここまで来ることはできなかった。俺が国王になっても、ちゃんと面倒みるよ。そうだな……将軍なんてどうだ?」
勇者にはもともと俗っぽいところがあって、だからこそ、『この三人』と『世間』との橋渡しができた。
その俗な部分は権力の中枢で大きな力を手に入れるほどに勇者の中で大きくなっていき━━
この当時の勇者はもう、死霊術師にとって『原生生物』以上のものではありえなかった。
ただ、神官……すでに聖女と呼ばれていたロザリーなどは勇者が昼神教を篤く信じる様子を見せるので、彼の喜びを『ともがらの喜び』として素直に祝福した。
レイラは勇者がよこすご飯が多く、そして豪華になっていくので、勇者によく懐いていた。
宗教の地位の保証と、飯の世話は、『俗』な力でできたのだ。
できなかったのは、いわゆる『俗』な人たちが生理的に嫌う死霊術の保護であり、勇者が権力の中枢で立場を得るほど、死霊術師はその力を秘めるようそれとなく注意される回数が増えていった。
『ドラゴン殺し』と勇者が呼ばれ始めた背景にも、栄華最盛期の勇者が常に死霊術師と同じ戦場に同行し、死霊術師の挙げた手柄をそれとなく『自分がやった』かのように振る舞い始めたというのが背景にある。
死霊術だけは勇者の出世において邪魔なものであり、これを使った活躍をあまり目立たせたくないという心情が彼の中にあったのは、思い返せば当然とも言える心理力学であろう。
死霊術師もまた、自分の手柄を吹聴しなかった。
ここには『手柄を挙げること』に端を発して広がっていく人間関係を面倒に思う心情があった。
むしろ『自分の手柄だ』とそれとなく吹聴する勇者を、死霊術師は『面倒な人付き合いから自分を守ってくれているんだな』と好意的に解釈していたぐらいである。
また、同じ戦場にいる勇者が出撃していいタイミングで『行け』と言ってくれるのは、面倒がなく、好ましかった。
「士気高揚のために、『勇者パーティー』で出陣することになった」
━━『その日』が、迫っていた。
このころになると『勇者パーティー』はますます『勇者を司令塔にした三人のフリーランス』という色合いが強まっており、配属される戦場もそれぞれ別で、単独行動が多かった。
とはいえ、すでに死霊術師以外は、司令塔を介さずとも、それぞれの戦場での立場を得ていた。
アンデッド戦においてロザリーの鼓舞は大いに士気を上げて、その戦場においてはもう顔のようになっていたし……
もともと一対一ルールがある巨人の戦場はあまりにもレイラに相性がよすぎて、その目覚ましい戦果は情報を入手する努力などしなくとも勝手に耳に入ってくるほどだった。
なので『仲が悪くて同じ戦場に立てない』というのもあったが、そもそも、同じ戦場に立つ理由自体がなかった━━というのが当時の状況だ。
勇者パーティー全員を一つの戦場に集めてしまうと、明らかにオーバースペックなのである。
……戦争というものは、『決まった場所で勝敗を競い、勝敗が決定したらその日の戦争は終わり』というものだった。
領土の切り取りはじりじりと行われているものの、『勝者が勢いこんで一気攻め寄せる』ということはなく、たいていが決まった平原でちょっと西側か東側に戦線が前後する、ぐらいのものだった。
あきらかに領土侵攻をメインの目的としていない動きである。
人族と魔族の真の目的が『相手の殲滅』『相手領土の侵略』にないことは、思えばこの時点で明白だった。
戦争を俯瞰できる立場があり、軍事に関心があり、その動きに不思議な違和感を覚えられる見識があれば、たぶん気付けたことだろう。
おそらく女王ランツァあたりは言語化できないまでも違和感ぐらいは覚えていたのではないか?
……まあ、すべては終わってしまった過去のことだ。
「この戦いで、俺たちのすごさが大陸全土に知れ渡る。戦場と社交界にしか響いていない、多くの人が知ってはいても実感はしていない、俺たちの力が、間違いなく、大陸中に知れ渡るんだ」
「魔族の殲滅が早まりますね。神もお喜びになられるでしょう」
「おいしいもの食べる!」
士気は高かった。
学習が済んでいた。
勇者の言う通りにして、たしかにだんだん望む通りの状況になってきているのがわかっていた二名は、今回も勇者の言う通りにし、勇者のあとをついて行けば、きっとその先にいいことがあるのだと思い込んで、思考を放棄していたのだ。
……なんと愚かな、と当時の死霊術師は思っていたが。
未来の視点から見れば、気持ちがわかるのだ。
思考なんていう面倒くさいことをしたくなくって、『こいつの言う通りにしていれば全部うまくいく』という相手がずっと欲しくって━━勇者こそが、『その相手』だった。
だから、思考なんかしなくていいと信じられるだけの事実が積み上がっていたら、思考放棄はして当たり前だった。
死霊術師だって、死霊術が受け入れられる世界なら、思考放棄をしていただろう。
彼の他の二人との違いはただ一つ。
『やりたいことを、世間が認めるかどうか』。
そして、死霊術は、認められない、禁忌なのだった。
『命を扱う』ということに対する生理的な忌避は、戦争の実績をもってしてもなかなか受け入れられがたく……
そもそも、『戦争の実績』さえ、死霊術師にはないことになっていた。
彼の挙げた手柄はすべて、勇者のものになっていたから。
「君はなにか、抱負とかはないのか?」
士気高揚のためのパーティー一丸となっての出陣を前に、勇者に問われる。
すると死霊術師が口を開く前に、まずは神官ロザリーが言う。
「彼はなにもないのでしょう。口を開いたところで、わけのわからない、冒涜的な、長い話しかしませんよ。神の愛を知らぬ忌むべき者なのですから」
次に戦士レイラがため息をつく。
「弱いやつの長い話に興味はないわ。聞いてるだけでお腹がすくし、眠くなるから」
こうなってしまうともう、死霊術師はなにか言うべきことがあったとして、言う気がなくなってしまう。
「なにもないよ」
そう述べたのは、本当に言うべき抱負などないからであったし、なにか一言ぐらい言うべきかなとは思っていても、出端をくじかれて萎えてしまったというのもあった。
……もしも、ここで彼に発言させていれば。
彼のリッチ化構想が語られることもあったかもしれないが━━
過去は、そうならなかった。
彼は戦場で死んで、リッチ化し━━
あとは、魔王軍に拾われて、研究者となり━━
現代に、続く。
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