勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

76話 こいつら全員面倒くさい回

『南方戦線

 真昼の輝きが中天にあるころ、我が軍はアンデッドどもと衝突した。
 敵の数は我が方の十倍。しかして勇士たち一歩も退かず、戦端は開かれる。
 絶望的かと思われた兵力差を覆し、我が軍は勝利。
 中でもロザリーという名の神官の活躍目覚ましく、この者素手で挑みかかり敵軍の一翼を壊滅す。

 敵軍数千を撃滅。
 我が軍の損害は若干名』


『中央戦線

 黎明より少し前、我が軍、巨人どもと衝突す。
 この戦場には少々特殊な法則があり、各軍は代表者を選出しこれのみをぶつけ合うものとなる。
 獣人の戦士レイラが代表者に名乗り出、先達たる兵たちみなこれを許可す。
 この者、小柄なれど力強し。巨人とぶつかり合えどもいささかもゆずらず、これを圧倒す。
 逆上した巨人ども、卑劣にも集団で戦士レイラに襲いかかるも、かの戦士はこれを返り討ち。

 怨敵「黒曜」を含む敵軍数十体の巨人を討滅。
 我が軍の損害は軽微』


『北の戦線

 竜族が突然大量死するという事件が起こった。
 作戦本部によれば「竜族はすぐに拾い食いなどする卑しき者ども」であるがゆえ、これは集団食中毒であるものとみなされている。

 竜族、食中毒により数千が壊滅。
 戦端は開かれず、我が軍の被害はなし』



「ロザリー、君は突撃前に一言告げるようにしよう。信仰を呼び掛ければみな、君に呼応するだろう」

「レイラ、人を殴りたくなったら地面を思い切り殴っていい。それでだいたいのやつが君に逆らわなくなる。それでも逆らうやつはぶん殴れ」

「君は、せめて『名乗り』が終わってから相手を殺してくれ。君の活躍が食中毒扱いにされている」

 ロザリーもレイラも素直に勇者の指示に従ったが、死霊術師だけは少しだけ抵抗した。

 なにせ死霊術師は自分の本分を研究だと思っているものだから、仕方なくやっている『戦争』だなんていうものはさっさと終わらせたい。

 戦端を開く際には『名乗り』があるのだが、これが決まった時間に決まった長さの口上を交わし合うというもので……
『戦争』という『命の奪い合い』に、そんな敵と足並みをそろえるお遊戯をやる意義がさっぱり見出せず、待つ時間が無駄だとしか思えなかったのだ。

 むにゃむにゃごにょごにょと聞き取りにくい声で不満を告げれば、勇者は仕方なさそうに微笑みながら息をついて、こう応じる。

「あまりにも常識から外れすぎた力は、普通、理解できない。それを理解させるための演出の話だ。どうか付き合ってやってくれよ」

 ……このころになるとだいぶ勇者にも『疲れ』が出ていたのだろう。

 誰かがなにか反論を……勇者にとっての『面倒くさいこと』を言い始めると、こんなふうに、『仕方なさそうな対応』が増えていたように思える。

 死霊術師視点では、死霊術師以外は素直に勇者に従っているような認識だったが……
 たぶん、死霊術師が知らないところで、ロザリーも、レイラも、同じように面倒なゴネ方をしていたのだろうと、未来視点からだと推測できる。

 死霊術師にとって勇者は『同輩』ではなかった。

 だから、同輩ならざる勇者が、死霊術師だの、ロザリーだの、レイラだのに『理解を示し』『補助する』というのが、どれほどの労力を強いるのか、微細な想像は及ばずとも、なんとなく大変なんだろうなあ、ぐらいはわかってもよかったとは思う。

 けれど、そこまで他者の心労をかんがみることのできる者はパーティー内に一人もいなかったのだ。

 だから、

「俺たちの活躍が王族に認められた!」

 ある日のことだ。

 幾多の戦勝の果て、過密スケジュールになりすぎてもはや戦場が家のようになり始めていたころ、勇者がパーティーメンバーを集めてそんなことを叫んだ。

「社交界入りだぞ!? 貴族待遇だ! 信じられるか!? この、俺たちが! 貴族様と同じ━━はははは! こんな快挙、他のやつは誰も経験してないだろうさ!」

 その喜びが━━

 理解できなかったのだ。

 社交界入り。
 貴族待遇。
 王族に認められた。

 ━━それが、なに?

 いや、まあ、偉い人たちに認められることが、まわりまわって研究の役に立つことはわかる。
 だけれど死霊術師は『金と立場を保証するパトロンは、研究内容にも口を出してくる』という、経験があった。

 そして貴族や王族なんていうものが、国教の否定している死霊術に『まともな口出し』をしてくるようには思えない。

 もちろんよほどうまくやれば金と場所だけ引っ張ってくることも可能かもしれないが、死霊術師には『うまくやる』方法が思いつかないし、それを考えるのも、そのために努力するのも、やりたくなかった。

 ロザリーとレイラも同じようにきょとんとしていたのは、『ただの田舎村で生まれた平民が、戦争で活躍したとはいえ貴族待遇を受けること』のすごさをさっぱり実感できていなかったからだろう。

 また、このパーティーは互いの功績や苦労に対して無頓着なところがあった。

 全員が集団行動を苦手としていた原因には、全員が強烈な『成果主義』だったというあたりもある。

 努力はして当たり前であり、結果は出せなければ評価しない。
 結果を出すまでの内容については、結果を出せなければ『足りない』とはわかるのだが、結果を出した背景にどれぐらいの苦心や痛みがあったのかを想像できなかった。

 だから、勇者パーティーと言われてはいたものの、このメンバーは勇者を司令塔にしていただけのフリーランスでしかなく……

 北の戦場において死霊術師がどれほど異常なことをしたのかも━━

 中央の戦場においてレイラがいかなる豪傑的活躍をしたのかも━━

 南の戦場においてロザリーがどれほど拳を振るったのかも━━

 誰も興味を持たず、聞こうとも、話そうともしなかった。

 その三人が、勇者が社交界入りのためどれほど苦心を重ねたのかなど、想像できるはずもない。しようとさえ、思えない。

「おいおい! 貴族待遇だぜ! もっと喜んでくれよ!」

 勇者のはしゃぎように全員が困惑した。

 ロザリーなどはわけがわからなくとも『信仰に篤い者』が喜んでいるのできっと善きことがあったに違いないと思ったのだろう、「よかったですね」と述べた。

 レイラは「お腹がすいたわ。ご飯になったら起こして」と寝た。

 他者の喜びを祝う発想がなく、レイラのように本能的に振る舞えもしない死霊術師は、ひたすら居心地の悪さを感じて黙っているだけだった。

 ……戦場で実際に戦果を挙げる三人に比較してしまえば、勇者は俗物だったのだ。

 だからこそこの三人を御して『世間にある程度合わせさせる』ことができたのだが……

 勇者は心の底において、『本当に功名欲がかけらほどもない者』などいないと信じ切っていたのだろう。
 だから、自分が根回しの果てに取り付けた『貴族待遇』が、全員にとって喜ばしいことなのだという勘違いをしてしまったのだ。

 もしも勇者の調子が十全であれば、場の空気を察して『貴族待遇というののメリットをお前たちふうに翻訳するとこうなる』というような言葉をかけてくれたかもしれない。

 けれどここ最近の勇者は憑かれたように動き回っていて、奇妙にテンションが高く、声は大きく、かつてパーティーメンバーを集めたころより、説明と我慢を惜しむようになってしまっていた。

「……とにかく、王都で、主賓を俺たちにした社交パーティーがあるんだ。着るものの用意をしておいてくれよ。そのぐらいの金はもう、持ってるだろ?」

 感触が薄すぎて気に障ったのだろう、勇者は沈んだようになり、そう告げた。

『社交パーティーは戦場よりつらい』という気持ちの理解を怠って、『自分が決めたのだから従え』という態度をとってしまったのだ。

 人を怒らせたり不機嫌にさせたりする行為には無頓着だけれど、人の怒りには敏感な死霊術師は、この時点で勇者への信頼度をかなり下げてしまった。

 死霊術師は『信頼を積み上げるのは大変だけれど、たった一つの行動で積み上げた信頼を一瞬でゼロにしてくる』という面倒くさい人格の持ち主だったのだ。

 それでもまだゼロまで行っていないのは、勇者がこれまでうまくやっていたのと━━

『生活』のために、勇者を窓口にしなければならないという、現実的な事情があるせいで、完全に『信じない』と断固とした態度を取れなかった、だけだった。

(生活のためには人付き合いが必須。恵まれた研究環境を欲して活躍すればするほど、色々な人付き合いが加速的に増えていく……)

(なら、『生活』をやめてしまえば、金銭だの、常識だの、社交だのに振り回されることもなくなる……)

 ……それ・・はいずれ必ずいたった結論には違いないのだけれど。

 もしもそれ・・を決意したことにきっかけを求めるのならば、勇者による社交パーティーの誘いが、そうなのだろう。

 死霊術師は、社交行為が面倒すぎて、死ぬことを決意したのだ。

 この時、リッチ化・・・・が彼の中で決定し……

 それを勇者に━━自分に『人付き合い』を強いてくる原生生物・・・・に明かさないこともまた、決定した。

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