勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
61話 状況の展開は必ずしもこちらの準備を待ってはくれない回
魔王領に戻るとやけに騒がしかった。
というか、視界内がやたらとギッチリしている。
ここは整然と机や器具の並んだリッチ研究室━━の、はずだった。
しかし今は見渡す限り獣人ばかりで、おまけに机などは手当たり次第入り口側に寄せられている。
リッチ安置場所の周辺も人だかりができていて、さほど狭くないはずの研究室はめちゃくちゃ狭く感じられた。
「ん? なにか狭くない?」
「ああ!? 先生! 起きたの!?」
耳慣れた(耳はないけれど)声に視線を(目もないけれど)向けると、そこにいたのは真っ赤な体毛を持つ、死霊術的にはさほど価値のない獣人の少女であった。
もっとも、肉体の方に価値はなくとも中身の方には価値がある━━元女王ランツァと競い合うように死霊術を修めていっているその少女の名(名ではない)はクリムゾンであり、最近十代前半強になったリッチ研究室若手ナンバーツーであった。
リッチはクリムゾンに向けて骨のみの人差し指を立て、
「いいかいクリムゾン、憑依状態から戻ってきた者を『目覚めた』と表現するのはやや正確性に欠けるね。そもそも目覚めるという状態についての定義は━━」
「それは今はいいから! 大変なの!」
「そういえば獣人の人たちが集まってるね。なんだい、この状況は?」
「魔族の人たちが出陣したあとで、フレッシュゴーレムたちが出たの! 今は避難してるところ!」
「へぇ」
思わず声が出たのはリッチにとって意外な状況だったからだ。
あの魔王が拠点防衛の備えもなく出陣するというのは想像しにくい。
また、自領に残っている者を意図して捨て駒にするというのもちょっと考えにくい━━特に獣人はリッチのあずかりになっており、魔王にとってリッチはさほど心証を損ねたくない相手であろうとランツァが言ってた気がするからだ。
獣人を囮にしたり見捨てたりすれば、リッチの心証は悪くなると一般的に想像が及ぶところであろう。
まあ、リッチが本当に気にするかというのは、獣人が皆殺しにされてみないと想像がつかないところではあるのだけれど……
ともあれ、魔王の想定を超えるフレッシュゴーレムの侵攻があったのだろう。
それが意外なのだった。
「先生、のんきに『へぇ』とか言ってる場合じゃないんだってば!」
「危機的状況なんだね? まあしかし、リッチもリッチで人の王都でランツァが焼死体になる寸前のところを帰って来てるからなあ」
「なんでその状況で帰ってきたの!?」
「ランツァの指示で。すぐに向こうに戻るつもりだったけれど、うーん、どうしようかな。まあ、向こうは任せるか。研究室が狭苦しいほうがリッチは気になるし」
「たしかにこっちもかなりの状況だけど……!」
「状況は? フレッシュゴーレムたちは外にいると考えていいのかな?」
「す、すぐそこ……扉の外にいるけど……ランツァの方は大丈夫なの!?」
「さあ」
「『さあ』!?」
「リッチは予言者じゃないので、あの状況からうまく推移するかはわからないな。ここで『きっと大丈夫』とか根拠もない予断を語るほど無責任にもなれないし」
「それは、そう、なんだろうけど……!」
「今現在、向こうの状況にかんしてリッチが心配してるのはただ一点、ロザリーの暴走だけだよ。あいつが味方として戦うなら、状況はほぼ解決したも同然だ」
「ええ!? ロザリー様!? なんで共同戦線張ってる感じなの!? どういう状態!?」
「説明を始めるのと、状況を解決するの、どちらを先にした方がいい?」
「それはもちろん状況の解決だけど!」
「じゃあリッチのために道を開けてね。外にいる連中を皆殺しにしたらいいんでしょ。……ああ、そうだ、そうだ。聞いておかないと。クリムゾン、他に状況について補足はあるかい? たとえばフレッシュゴーレムの侵入経路とか」
「わかんない……気付いたらそこにいて……」
「……なるほどね。みんなはリッチがいいと言うまでここにいた方がいいだろう。ここなら建物そのものが丈夫だし、まあ、床が抜かれる心配もない」
「床?」
「連中、地面を掘るのわりと得意だからね」
リッチが立ち上がって進み始めると、獣人たちが詰めて左右に割れる。
人口密度五百パーセントぐらいの研究室なので、それでも体を横にして抜けないといけないぐらい狭かったが、どうにかリッチはバリケートの張られた入り口そばまでたどり着いた。
「先生、わたしはなにをしたら……」
ついてきていたクリムゾンに問われて、リッチは首をかしげた。
「君になにかできることがあれば、君はすでにやっているのでは?」
「そ、れ、は……そう、ですけど」
「ああ、リッチと協力すれば、ってことか……うーんでもなあ。このたび痛感したんだけれど、やっぱりリッチは、誰かと協力することに向いてないんだよな……そもそも死霊術というものが『力を合わせる』ことに不向きというか……一人いて解決できる状況が二人いたらより早く解決できるみたいなことがまずないからね」
「……」
「まあ、リッチがやられたら味方側最大戦力が君になるし、その時に備えていたらいいよ」
「先生がやられる状況でわたしが役立つとは思えないんだけど……」
「少し考え方が違うね。リッチがやられてしまったら、もう、君が役立つしかない状況になる、というのが正しい解釈だ。必ずしも状況を解決できる者が状況にあたれるとは限らない。ある状況を解決するための人材は、あくまでも『今いる中でもっとも適性の高い者』であって、『状況を解決するために最高の適性の者』ではないんだよ」
「……」
「ようするに、リッチもまたこの状況を解決できるかどうかは未知数だ。だから君は、リッチでダメだった時のために、リッチとは違うやり方を考えておくといい。あるいはリッチが押し込めなかった『もうひと押し』にリッチのやり方であと乗せしていくのもいい。状況を観察しなさい。そして対策を講じなさい。いいね」
「……はい」
「考えることをやめてはいけないよ。最善の手段をとれなくても、次善の手段ぐらいはとれるものだ。そのために最善を尽くすことをやめてはいけない」
「……先生、なんかしゃべればしゃべるほどこれから死にそうな感じになるんだけど……」
「リッチは死なないよ。まだやりたい研究が残っているからね」
「死にそうだからやめて!」
最後にリッチは肩越しに生徒を振り返って笑った━━気がした。
バリケードを乗り越えて、ロックされていた感圧式自動ドアを開ける。
見渡す限りのフレッシュゴーレムの群れが、一斉にリッチをにらみつける。
リッチはゆったりした歩みでその群れの中に入っていき……
このあとめちゃくちゃ殲滅した。
というか、視界内がやたらとギッチリしている。
ここは整然と机や器具の並んだリッチ研究室━━の、はずだった。
しかし今は見渡す限り獣人ばかりで、おまけに机などは手当たり次第入り口側に寄せられている。
リッチ安置場所の周辺も人だかりができていて、さほど狭くないはずの研究室はめちゃくちゃ狭く感じられた。
「ん? なにか狭くない?」
「ああ!? 先生! 起きたの!?」
耳慣れた(耳はないけれど)声に視線を(目もないけれど)向けると、そこにいたのは真っ赤な体毛を持つ、死霊術的にはさほど価値のない獣人の少女であった。
もっとも、肉体の方に価値はなくとも中身の方には価値がある━━元女王ランツァと競い合うように死霊術を修めていっているその少女の名(名ではない)はクリムゾンであり、最近十代前半強になったリッチ研究室若手ナンバーツーであった。
リッチはクリムゾンに向けて骨のみの人差し指を立て、
「いいかいクリムゾン、憑依状態から戻ってきた者を『目覚めた』と表現するのはやや正確性に欠けるね。そもそも目覚めるという状態についての定義は━━」
「それは今はいいから! 大変なの!」
「そういえば獣人の人たちが集まってるね。なんだい、この状況は?」
「魔族の人たちが出陣したあとで、フレッシュゴーレムたちが出たの! 今は避難してるところ!」
「へぇ」
思わず声が出たのはリッチにとって意外な状況だったからだ。
あの魔王が拠点防衛の備えもなく出陣するというのは想像しにくい。
また、自領に残っている者を意図して捨て駒にするというのもちょっと考えにくい━━特に獣人はリッチのあずかりになっており、魔王にとってリッチはさほど心証を損ねたくない相手であろうとランツァが言ってた気がするからだ。
獣人を囮にしたり見捨てたりすれば、リッチの心証は悪くなると一般的に想像が及ぶところであろう。
まあ、リッチが本当に気にするかというのは、獣人が皆殺しにされてみないと想像がつかないところではあるのだけれど……
ともあれ、魔王の想定を超えるフレッシュゴーレムの侵攻があったのだろう。
それが意外なのだった。
「先生、のんきに『へぇ』とか言ってる場合じゃないんだってば!」
「危機的状況なんだね? まあしかし、リッチもリッチで人の王都でランツァが焼死体になる寸前のところを帰って来てるからなあ」
「なんでその状況で帰ってきたの!?」
「ランツァの指示で。すぐに向こうに戻るつもりだったけれど、うーん、どうしようかな。まあ、向こうは任せるか。研究室が狭苦しいほうがリッチは気になるし」
「たしかにこっちもかなりの状況だけど……!」
「状況は? フレッシュゴーレムたちは外にいると考えていいのかな?」
「す、すぐそこ……扉の外にいるけど……ランツァの方は大丈夫なの!?」
「さあ」
「『さあ』!?」
「リッチは予言者じゃないので、あの状況からうまく推移するかはわからないな。ここで『きっと大丈夫』とか根拠もない予断を語るほど無責任にもなれないし」
「それは、そう、なんだろうけど……!」
「今現在、向こうの状況にかんしてリッチが心配してるのはただ一点、ロザリーの暴走だけだよ。あいつが味方として戦うなら、状況はほぼ解決したも同然だ」
「ええ!? ロザリー様!? なんで共同戦線張ってる感じなの!? どういう状態!?」
「説明を始めるのと、状況を解決するの、どちらを先にした方がいい?」
「それはもちろん状況の解決だけど!」
「じゃあリッチのために道を開けてね。外にいる連中を皆殺しにしたらいいんでしょ。……ああ、そうだ、そうだ。聞いておかないと。クリムゾン、他に状況について補足はあるかい? たとえばフレッシュゴーレムの侵入経路とか」
「わかんない……気付いたらそこにいて……」
「……なるほどね。みんなはリッチがいいと言うまでここにいた方がいいだろう。ここなら建物そのものが丈夫だし、まあ、床が抜かれる心配もない」
「床?」
「連中、地面を掘るのわりと得意だからね」
リッチが立ち上がって進み始めると、獣人たちが詰めて左右に割れる。
人口密度五百パーセントぐらいの研究室なので、それでも体を横にして抜けないといけないぐらい狭かったが、どうにかリッチはバリケートの張られた入り口そばまでたどり着いた。
「先生、わたしはなにをしたら……」
ついてきていたクリムゾンに問われて、リッチは首をかしげた。
「君になにかできることがあれば、君はすでにやっているのでは?」
「そ、れ、は……そう、ですけど」
「ああ、リッチと協力すれば、ってことか……うーんでもなあ。このたび痛感したんだけれど、やっぱりリッチは、誰かと協力することに向いてないんだよな……そもそも死霊術というものが『力を合わせる』ことに不向きというか……一人いて解決できる状況が二人いたらより早く解決できるみたいなことがまずないからね」
「……」
「まあ、リッチがやられたら味方側最大戦力が君になるし、その時に備えていたらいいよ」
「先生がやられる状況でわたしが役立つとは思えないんだけど……」
「少し考え方が違うね。リッチがやられてしまったら、もう、君が役立つしかない状況になる、というのが正しい解釈だ。必ずしも状況を解決できる者が状況にあたれるとは限らない。ある状況を解決するための人材は、あくまでも『今いる中でもっとも適性の高い者』であって、『状況を解決するために最高の適性の者』ではないんだよ」
「……」
「ようするに、リッチもまたこの状況を解決できるかどうかは未知数だ。だから君は、リッチでダメだった時のために、リッチとは違うやり方を考えておくといい。あるいはリッチが押し込めなかった『もうひと押し』にリッチのやり方であと乗せしていくのもいい。状況を観察しなさい。そして対策を講じなさい。いいね」
「……はい」
「考えることをやめてはいけないよ。最善の手段をとれなくても、次善の手段ぐらいはとれるものだ。そのために最善を尽くすことをやめてはいけない」
「……先生、なんかしゃべればしゃべるほどこれから死にそうな感じになるんだけど……」
「リッチは死なないよ。まだやりたい研究が残っているからね」
「死にそうだからやめて!」
最後にリッチは肩越しに生徒を振り返って笑った━━気がした。
バリケードを乗り越えて、ロックされていた感圧式自動ドアを開ける。
見渡す限りのフレッシュゴーレムの群れが、一斉にリッチをにらみつける。
リッチはゆったりした歩みでその群れの中に入っていき……
このあとめちゃくちゃ殲滅した。
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