勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
58話 戦闘ができることと戦闘集団を率いることができることは別回
「……まさかリッチたちが一番乗りとはなあ」
人類領旧王都にそびえ立つ王城は、朝日を背後から受けてその威容を増しているかのようだった。
逆光になって真っ黒に見えるそこは三階建ての石造りの建物であり、階数自体は高いというほどでもないのだが、とにかく横に広い。
王都と呼ばれる石壁に囲まれた十万人規模の都市の実に一割もの面積が『王城』と呼ばれるスペースであると言えば、その途方もない広さがなんとなく察せられるだろうか?
もちろんそれには民が入ることのできる外苑なども含むのだけれど、それにしたって、あまりにも巨大だ。
「うーん、間違いなくここからわいてる。やだなあ、人類の最重要拠点の足元にこんな連中の巣があったなんて……」
リッチは『勇者パーティー』だったころに幾度か王城に入ったことがある。
だからといって郷愁などはないし、王城にはいい思い出もないし、貴族にも王族にもさほどいい印象はない(というかリッチは王族には会ったことがなかった。そういうのとの折衝は全部勇者の役割だ)。
しかし、かつて自分が祝賀会などに呼ばれたこともある場所から、この不気味なヒトガタのナニカがガンガンわいてくるというのは、しばし呆然としてしまうぐらいには衝撃的だった。
「聖女様! どうなさいます!? 他の軍を待つのですか!?」
そういえば現在のリッチはまだロザリーの体を使っているので、昼神教中核メンバーなんかは『聖女様』とリッチのことを呼ぶのだった。
そしてその中核メンバーのみなさんはと言えば、ロザリッチが王城外苑で城を見上げて立ち止まってしまったせいで、次々湧き出すフレッシュゴーレムと足を止めて乱戦になっており、負けそう。
ぶっちゃけ一回も死なずにここまで来られるとはロザリッチも想像していなかったので、現状はだいぶ奮戦していると思う。
しかしここまでアックスボンバーしながら速攻で到達してしまったメンバーたちは、このまま死なずにいけるんじゃないかと勘違いしていたようで、一人二人死んだぐらいでずいぶん追い詰められた様子だった。
さて、どうするか。
ロザリッチは死者を蘇生しつつ考える。
正直なところ、ロザリッチが一軍を率いてここまで来るのは予定外というか、まあ、ぶっちゃけてしまうと、リッチに部下は不要なので、邪魔なのだった。
このままフレッシュゴーレム生産拠点に向かうこと自体は確定なのだが、誰かが死ぬたびにぎゃあぎゃあ騒ぐ人たちを連れていくのはうるさいし、うるささを我慢してまで連れて行きたいほど戦力にもなっていない。
そこでロザリッチはそばにいたユングに言った。
「君たち、帰っていいよ」
「今さらそんなこと言われても!?」
たしかに退路もすでにフレッシュゴーレムで閉ざされている。
というか包囲されているのだった。逃げ場がない。
「うーん……フレッシュゴーレムたち、死体を燃やそうとするからなあ。いや、衛生面から言って正しいんだけれど、燃やされると蘇生が難しいんだよね。なにせ体が残らないから」
なので『いったん皆さんにはここで死んでいただいて……』ということもできない。
なるべく脱落者を出さないようにするのは出発前にランツァに言われたことでもあるし、命を大事にしたいリッチとしても、完全死者は少ない方が望ましい。
「そもそも君たちはなんでついてきたの?」
「聖女様が率いるからでは!?」
そうなのだった。
肉体に任せて演説させたところ、めちゃくちゃブチ上がってしまい、みんなで力こぶを作ったまま、王城まで吶喊してしまったのだ。
リッチもまた自分に任された昼神教信徒軍をどうにかこうにか士気高揚させてついてこさせる意図があったのだが……
……置いてきた方がよかった。
その場のノリでなんとなくついて来させたけれど、考えれば考えるほど、あの場に置いて来た方が効率的だったように思えてならない。
慣れない軍団指揮のせいか、自分がなにをすべきかを見失っていた感がある。
こいつはうっかりッチだ。
「……まあ、この場で戦いながらアンデッドでも待つか。なにせアンデッドはフレッシュゴーレムに殺されないし、君たちの死体が燃やされないように守るぐらいはでき……うーん、そんな細かいことができるかなあ……」
ちなみに『アンデッドがフレッシュゴーレムに殺されない』というのは、アンデッドが不死の存在だとかそんな馬鹿げた話ではなく、単純にフレッシュゴーレムの攻撃対象に含まれないからであった。
いや、ゾンビやスケルトンは含まれるのだが、ゴーストだけはなぜか含まれないのだ。
それはたぶん、フレッシュゴーレムが基本的に物理攻撃しか扱えないのに対し、ゴーストは一部を除く物理攻撃を無効化するからだと思われる。
ゴーストを物理で倒すには、ゴースト側が物理的にこちらに干渉する瞬間を狙うしかなく、そのタイミングを測るのはめちゃくちゃ面倒くさいのだ。
まあ、物理以外なら普通に効くし、なぜか炎だのカマイタチだの水の弾丸だのも効くので、すべてはゴースト側の気分の問題である可能性が高いのだが……
なので現在のリッチの考えとしては、ゴーストたちに退路確保をしてもらい、残った戦力で城内に侵入。その後、フレッシュゴーレムの生産拠点を目指す、というものであった。
なにせリッチがいる限りほぼ無限に持久戦ができる。
死んだそばから蘇生するからだ。
現状すでに死亡時即座に蘇生するというやり方で持久戦に持ち込んでおり、だんだん余裕が出てきたのか、軍を形成する昼神教信徒たちからは笑い声さえ上がっている。
「はははははははは! 死んだのに死んでない! 死んだのに! 死んでない!」
「いてぇよ……! いてぇよ……! 腹に穴空けられたのに、腹に穴空いてないんだよ……! 俺の穴、ふさがってんだよ……!」
「アアアアアア! 神よおおお! 神よおおおお!」
「みんな元気だなあ」
「あれは元気とは違うような」
そばでユングがなにか言いたげだったが、充分な言語化がなされることはなかった。
ロザリッチは声を張り上げて、
「このままここで援軍を待ちます。みなさんの奮戦に期待する」
たった一声かけるだけで信徒たちは怒号をあげ、もはや命などいらぬとばかりに激しくフレッシュゴーレムたちを攻めたてていく。
「狂信者怖いなー……」
「いえ、あれは狂信ではなく発狂かと、拙僧愚考いたします」
「……まあ、戦場の空気は人をたやすく狂乱させるからね」
「いえ、そうではなく」
少し待ってみたが、やはりユングが明確に言いたいことを言語化することはなかったので、ロザリッチは適度に向かってくるフレッシュゴーレムを蹴散らしながら援軍を待った。
そして明朝に始まった戦闘がそろそろ昼に差し掛かろうかというころ……
「聖女様! 東側よりなんらかの集団が接近している模様!」
「うん? 東?」
アンデッドが配置されていたのはそちら方向ではないはずだ。
ロザリッチが不審がっていると、東から突撃してきた軍団がフレッシュゴーレムを掻き分けて合流する。
「リッチ!」
聞き覚えのある声に呼びかけられて、ロザリッチはそちらを向いた。
そこにいたのは金髪碧眼の少女━━
「ランツァ! 君は門からフレッシュゴーレムがあふれないように防衛するという話になっていたのでは?」
「それより、あの子をかついだフレッシュゴーレムがこっちに来たでしょう!?」
「誰?」
「アナ……ええと、新生聖女よ!」
ランツァは名前を言おうとしたが、どうせリッチは名前を覚えてないだろうと思って、途中で切り替えたらしかった。
お陰で、ようやくリッチにも、ランツァがここまで攻め込んできた理由がわかる。
どうやら、新生聖女がさらわれたらしい。
幼女誘拐事件の発生であった。
人類領旧王都にそびえ立つ王城は、朝日を背後から受けてその威容を増しているかのようだった。
逆光になって真っ黒に見えるそこは三階建ての石造りの建物であり、階数自体は高いというほどでもないのだが、とにかく横に広い。
王都と呼ばれる石壁に囲まれた十万人規模の都市の実に一割もの面積が『王城』と呼ばれるスペースであると言えば、その途方もない広さがなんとなく察せられるだろうか?
もちろんそれには民が入ることのできる外苑なども含むのだけれど、それにしたって、あまりにも巨大だ。
「うーん、間違いなくここからわいてる。やだなあ、人類の最重要拠点の足元にこんな連中の巣があったなんて……」
リッチは『勇者パーティー』だったころに幾度か王城に入ったことがある。
だからといって郷愁などはないし、王城にはいい思い出もないし、貴族にも王族にもさほどいい印象はない(というかリッチは王族には会ったことがなかった。そういうのとの折衝は全部勇者の役割だ)。
しかし、かつて自分が祝賀会などに呼ばれたこともある場所から、この不気味なヒトガタのナニカがガンガンわいてくるというのは、しばし呆然としてしまうぐらいには衝撃的だった。
「聖女様! どうなさいます!? 他の軍を待つのですか!?」
そういえば現在のリッチはまだロザリーの体を使っているので、昼神教中核メンバーなんかは『聖女様』とリッチのことを呼ぶのだった。
そしてその中核メンバーのみなさんはと言えば、ロザリッチが王城外苑で城を見上げて立ち止まってしまったせいで、次々湧き出すフレッシュゴーレムと足を止めて乱戦になっており、負けそう。
ぶっちゃけ一回も死なずにここまで来られるとはロザリッチも想像していなかったので、現状はだいぶ奮戦していると思う。
しかしここまでアックスボンバーしながら速攻で到達してしまったメンバーたちは、このまま死なずにいけるんじゃないかと勘違いしていたようで、一人二人死んだぐらいでずいぶん追い詰められた様子だった。
さて、どうするか。
ロザリッチは死者を蘇生しつつ考える。
正直なところ、ロザリッチが一軍を率いてここまで来るのは予定外というか、まあ、ぶっちゃけてしまうと、リッチに部下は不要なので、邪魔なのだった。
このままフレッシュゴーレム生産拠点に向かうこと自体は確定なのだが、誰かが死ぬたびにぎゃあぎゃあ騒ぐ人たちを連れていくのはうるさいし、うるささを我慢してまで連れて行きたいほど戦力にもなっていない。
そこでロザリッチはそばにいたユングに言った。
「君たち、帰っていいよ」
「今さらそんなこと言われても!?」
たしかに退路もすでにフレッシュゴーレムで閉ざされている。
というか包囲されているのだった。逃げ場がない。
「うーん……フレッシュゴーレムたち、死体を燃やそうとするからなあ。いや、衛生面から言って正しいんだけれど、燃やされると蘇生が難しいんだよね。なにせ体が残らないから」
なので『いったん皆さんにはここで死んでいただいて……』ということもできない。
なるべく脱落者を出さないようにするのは出発前にランツァに言われたことでもあるし、命を大事にしたいリッチとしても、完全死者は少ない方が望ましい。
「そもそも君たちはなんでついてきたの?」
「聖女様が率いるからでは!?」
そうなのだった。
肉体に任せて演説させたところ、めちゃくちゃブチ上がってしまい、みんなで力こぶを作ったまま、王城まで吶喊してしまったのだ。
リッチもまた自分に任された昼神教信徒軍をどうにかこうにか士気高揚させてついてこさせる意図があったのだが……
……置いてきた方がよかった。
その場のノリでなんとなくついて来させたけれど、考えれば考えるほど、あの場に置いて来た方が効率的だったように思えてならない。
慣れない軍団指揮のせいか、自分がなにをすべきかを見失っていた感がある。
こいつはうっかりッチだ。
「……まあ、この場で戦いながらアンデッドでも待つか。なにせアンデッドはフレッシュゴーレムに殺されないし、君たちの死体が燃やされないように守るぐらいはでき……うーん、そんな細かいことができるかなあ……」
ちなみに『アンデッドがフレッシュゴーレムに殺されない』というのは、アンデッドが不死の存在だとかそんな馬鹿げた話ではなく、単純にフレッシュゴーレムの攻撃対象に含まれないからであった。
いや、ゾンビやスケルトンは含まれるのだが、ゴーストだけはなぜか含まれないのだ。
それはたぶん、フレッシュゴーレムが基本的に物理攻撃しか扱えないのに対し、ゴーストは一部を除く物理攻撃を無効化するからだと思われる。
ゴーストを物理で倒すには、ゴースト側が物理的にこちらに干渉する瞬間を狙うしかなく、そのタイミングを測るのはめちゃくちゃ面倒くさいのだ。
まあ、物理以外なら普通に効くし、なぜか炎だのカマイタチだの水の弾丸だのも効くので、すべてはゴースト側の気分の問題である可能性が高いのだが……
なので現在のリッチの考えとしては、ゴーストたちに退路確保をしてもらい、残った戦力で城内に侵入。その後、フレッシュゴーレムの生産拠点を目指す、というものであった。
なにせリッチがいる限りほぼ無限に持久戦ができる。
死んだそばから蘇生するからだ。
現状すでに死亡時即座に蘇生するというやり方で持久戦に持ち込んでおり、だんだん余裕が出てきたのか、軍を形成する昼神教信徒たちからは笑い声さえ上がっている。
「はははははははは! 死んだのに死んでない! 死んだのに! 死んでない!」
「いてぇよ……! いてぇよ……! 腹に穴空けられたのに、腹に穴空いてないんだよ……! 俺の穴、ふさがってんだよ……!」
「アアアアアア! 神よおおお! 神よおおおお!」
「みんな元気だなあ」
「あれは元気とは違うような」
そばでユングがなにか言いたげだったが、充分な言語化がなされることはなかった。
ロザリッチは声を張り上げて、
「このままここで援軍を待ちます。みなさんの奮戦に期待する」
たった一声かけるだけで信徒たちは怒号をあげ、もはや命などいらぬとばかりに激しくフレッシュゴーレムたちを攻めたてていく。
「狂信者怖いなー……」
「いえ、あれは狂信ではなく発狂かと、拙僧愚考いたします」
「……まあ、戦場の空気は人をたやすく狂乱させるからね」
「いえ、そうではなく」
少し待ってみたが、やはりユングが明確に言いたいことを言語化することはなかったので、ロザリッチは適度に向かってくるフレッシュゴーレムを蹴散らしながら援軍を待った。
そして明朝に始まった戦闘がそろそろ昼に差し掛かろうかというころ……
「聖女様! 東側よりなんらかの集団が接近している模様!」
「うん? 東?」
アンデッドが配置されていたのはそちら方向ではないはずだ。
ロザリッチが不審がっていると、東から突撃してきた軍団がフレッシュゴーレムを掻き分けて合流する。
「リッチ!」
聞き覚えのある声に呼びかけられて、ロザリッチはそちらを向いた。
そこにいたのは金髪碧眼の少女━━
「ランツァ! 君は門からフレッシュゴーレムがあふれないように防衛するという話になっていたのでは?」
「それより、あの子をかついだフレッシュゴーレムがこっちに来たでしょう!?」
「誰?」
「アナ……ええと、新生聖女よ!」
ランツァは名前を言おうとしたが、どうせリッチは名前を覚えてないだろうと思って、途中で切り替えたらしかった。
お陰で、ようやくリッチにも、ランツァがここまで攻め込んできた理由がわかる。
どうやら、新生聖女がさらわれたらしい。
幼女誘拐事件の発生であった。
「コメディー」の人気作品
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