勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

56話 知性とは難しいことをくどくど説明することにあらず回

「はい、というわけでね。そろそろフレッシュゴーレム退治をしたいと思います」

 最近のリッチは人類領土にあるロザリーの肉体と、魔王領に残してある自分の体を超長距離憑依術で行ったり来たりッチで、その便利な特性をかわれて魔王から伝令役を押し付けられていた。

 接収した民家にでっかいテーブルを置いて地図を広げたロザリッチは、居並ぶ人類方面軍首脳陣を見回す。

 ちょっと高い場所にいるのは死霊将軍アリスで、なぜ高い場所にいるかと言えば、この中だと背が高い方である上、浮いてるからだ。
 ヒラゴーストから叩き上げで将軍になった彼女(本人はリッチの代理のつもり)は足がないので、基本的に浮いている。
 半透明で青白い彼女が浮いていると本当に幽霊みたいであり、本当に幽霊なのだが、首脳陣の中に怖がってる子がいてさっきから話が進まない原因になっていた。

 この場にいる首脳の中にはアリスとは別な意味で浮いている人がいて、それは『ユング』とかいう名前のハゲ頭の人なのだが、彼がここにいる理由は誰にもわからない。
 首脳会議を呼びかけたら当たり前みたいな顔をしてついてきただけなので、追い払うのも面倒だからみんなしてスルーしている。不都合があったら死にます。

 そしてなぜか連れ込まれて震えながらアリスを見上げている幼女は新生聖女であった。
 今では人類の旗頭にされてしまっている彼女は、立場上首脳にされてはいるが、なにせ幼女なのでまだ難しいことはわからない。
 唯一気を許せる人の腰にすがりつくようにして震えている姿は奇妙な愛らしさがあるようなのだが、ロザリッチには幼女の愛らしさがわからない。

 その幼女にすがりつかれているのは首脳オブ首脳、人類方面軍総指揮官とリッチが勝手に思っている、元人類女王ランツァだ。
 魔王からの扱いとして指揮官はリッチであり、つまりリッチが所属するアンデッド軍の将軍であるアリスなのだろうが、リッチがランツァをちょいちょい頼るために、なんだかみんなの扱いもランツァを主軸としている感じになっている。

 ロザリッチは机を叩き壊さない力加減で叩き、

「というわけで、リッチが割り出したフレッシュゴーレム生産拠点への一斉襲撃計画が間もなく始まります。戦場はそれぞれ北が竜族、中央が巨人族の担当になるらしいです。連中と連携ができる想像がぜんぜんできなくて不安です」

「アンデッドが担当していた南の戦場には魔王様が出てくださるようなので、そこは安心だと思いますよ」

 アリスがフォローみたいに言うのだが、なんにもフォローになっていない。

 ロザリッチは唇をとがらせ、

「っていうかさあ、人類領地にある拠点に攻勢をかける人たち、戦力過剰では?」

 元女王ランツァ・新生聖女をいただく聖女義勇軍━━
 昼神教最後の大腿四頭筋ことロザリー率いる昼神教マッチョ派━━
 さらに死霊将軍アリスが率いるアンデッド軍。

 他の戦場がいち拠点につきいち軍なのに、ここだけ三軍だぞ三軍。

 するとランツァが苦笑しつつ口を開く。

「なんでも王都は他の地域とフレッシュゴーレムの分布密度がぜんぜん違うらしいわ。そうなのよね?」

 と、話を振った先がユングなので、彼はハゲ頭をぺしんとはたいて嬉しそうに女王からの質問に応じる。

「まさに、まさに! 人類王都の様子については語るもはばかられるほどの惨状にて! 拙僧思い返すだに━━」

「……」

「は。すごい密度でした」

 ロザリッチが無言・無意識で握り拳を掲げると、ユングは急に言葉少なくなった。

 口は死亡事故の原因なのだった。減らそう、口。

 ランツァはにっこり笑って、

「というわけで、三軍必要だという判断はいいと思うわ。三軍っていうか、実質的には二軍だし」

「ああ、やっぱり義勇軍は使い物にならないのか」

「まあ戦闘経験も訓練経験もない人たちだし……わたしがそばについて、死亡者がいたら蘇生しながら、ゆっくり後詰めをするわ」

「いいと思います。貴重な資源いのちを守るのは大役だよ。失敗確率は一割ぐらいだったかな。まあ、あまり気を張らないように」

「……リッチ、ずいぶんなめらかに気遣いの言葉が出てくるようになったわね」

「……ロザリーの肉体のせいかなあ。……ロザリーが気遣い……?」

「リッチの学習の成果だと思うわ」

『ロザリーが人を気遣うことができる』か『リッチが人への気遣いをついに身につけつつあるか』だと、後者の方が説得力があるようだった。

 ロザリーが気遣えるのは筋肉だけだろうという見方が優勢だ。

「じゃあ、そういうことで!」

「お待ちを!」

 軍議終了という感じでロザリッチが言うと、ユングが待ったをかけた。

 みんなしてユングをにらむと、彼は珍しく気弱そうな顔になり、

「いや、こればかりは、拙僧が正しいと思うのですが! ……敵性勢力の拠点に攻め込むのでしょう? 戦術、戦略などはいかがなさるのですか?」

「それは、今話さないとダメかな?」

「なんのために首脳を集められたので!?」

 呼ばれてない男が叫んだ。

 ロザリッチはちょっと悩んでから、

「いいですかユングよ。いいことを教えます。アンデッドは……翌日以降に記憶を持ち越せないのです。なぜって、脳がないか、透けてるか、腐ってるから」

「ええええ!?」

 アリスが超うなずいているのがユングのおどろきを加速させた。

「なので、戦略だの、戦術だの、難しいことはないです。『この場所に立て! 突っ込め!』。ここまでが、ギリギリ、アンデッドの理解できる戦術なのです」

「い、いえしかし、せっかく三軍もあるのですから、突入のタイミングだの、役割分担だの……せめて戦略目標と戦術目標ぐらいは……」

「フレッシュゴーレムの殲滅がすべての目標です」

「いえ、ですからその、どのぐらいまで減らせとか、どこから減らせとか……」

「目についたやつはすべて殺せ、ですね」

「…………しかし!」

「ユング」

「はい」

「あまり難しいことを言うと、目につきますね」

「…………フレッシュゴーレムはすべて殺そう!」

 ユングが叫んだので、なんだか知らないがみんなで叫んだ。

 たぶんこの中でユングの言いたいことを理解できるのはランツァだけなのだが、ランツァもアンデッドたちの知能指数について知っているので、複雑な説明を必要とすることの一切をするつもりがないのであった。

 かくしてフレッシュゴーレム殲滅作戦、戦略会議は終了した。

 決行は明日である。魔王も『七日後』とか言われてもアンデッドが困るだろうと配慮して、昨日の夜に『じゃ、明後日の朝に殲滅よろ〜』とだけ伝言したのだ。
 できる上司は部下の知性に気を払うことができる。
 わけのわからない高尚な説明をしても、頭のよさをアピールしているとしか思われない……そういう職場もあるのだった。

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