勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

54話 価値観の違う二者が合わさり会話が全然進まない回

「……誰?」

 ロザリッチは隣のランツァに耳打ちした。

 ランツァは「えーっと」と言いながら声をかけてきた男を見る。

 すでに夜中、しかも照明もない山中だ。
 だというのに近寄ってきた男のハゲ頭はぼんやり光っていて、あたりを薄く照らしている。
 体格はわりと鍛え上げられているが、大柄な印象はあまりない。

 背も低くもなさそうだが高くもなく……総じて、頭髪がないこと以外の印象がどうにもぼやけてしまって、印象に残りにくい人物だ。

 たぶん神官服っぽいものを着ているし、この時間に昼神教総本山へ向かって山をのぼっているので、総本山詰めの神官ではあると思うのだが……

「……あ、あれじゃない? ほら、巨人族の戦場で戦っていた、新勇者パーティーのユングとかいう」

「………………誰?」

「……いえ、その、わたしはその場にいなかったんだけど……というか、リッチがその場にいたはずなんだけれど。『千年殺しのユング』っていうのは報告で聞いているわ。ほら、レイラに殺されたらしい……」

「…………まあ、その戦場にリッチがいたとしたら、レイラに殺されたあとに蘇生したんだろうな」

 ちなみに昼神教は蘇生絶対だめ系の宗教であり、ロザリーは蘇生絶対だめ過激派だ。
 仮に蘇生されていると知れたらロザリーによる総括が待っているはずなので、たぶん蘇生したことを隠しているのだろう。

「んんん? なんと、ロザリー様でしたか! これは、なぜこのようなところでキャンプを!?」

 暗くてよく見えなかったのだろう、ようやくロザリー(中身はリッチ)の姿に気付いたユングとかいうのが大げさに声をあげる。

 ロザリッチは、

「相談してるから黙ってて」

 と片手を突き出してから、

「……どうするランツァ? リッチは……実のところ、初対面の人と知り合いみたいに接するのが苦手なんだ。体の元の持ち主のふりして臨機応変に対応することができない」

「すごく、よく、知ってるわ」

「うーん、どうしようかな。絶対に知り合いだよねあれ。……あ、そうだ。ちょっとロザリーに伝言してくれない?」

「まあ、わたしに言えば聞こえるとは思うけれど……」

「あいつ、たぶんリッチの死者蘇生を受けてるけど、ロザリーならそういう場合どうする?」

「『信仰を問いなさいぶん殴れ』と言っているわ」

「よし」

「ああ、待った、待った! あの人が死者蘇生をしてるんなら使えるわ! あの人を許して、それから……」

 ランツァによる作戦指示が下る。

 ロザリッチはうなずき、行動を開始した。

「━━ユング」

「は! いかがなさいましたか、聖女様」

「一度死に、蘇生したそうですね」

「は!? ………………は!?!?!?」

「隠しても無駄です。この情報は確かな筋から入手したものだからね」

「は、い、いえ、しかし、そう、そうです! 我ら昼神教に残された最後にして真の信徒! その我らの信仰を疑うほど、その情報は本当に『確かな筋』なのでしょうか!」

「うるさいなあ。ぶん殴るよ」

「ええ!?」

「一つだけ君のために忠告すると、この肉体は……長い話を聞くたび、すさまじいストレスを感じるんだ。君の発言は十文字以内におさめなさい」

「しかし拙僧も蘇生を疑わ━━」

「セイッ!」

「あっぶなぁ!?」

 ユングはロザリーの肉体から放たれたパンチをかわした。

 中身がリッチであり、殺意がない『体が勝手に』みたいな感じのやつだったとはいえ、よくぞかわしたものだと感心する。

 新勇者パーティーだか聖女親衛隊だか知らないが、それなりにたしかな実力はあるのだろう。

「ロザリーは長い話が嫌いです」

 そしてリッチは同じことを二度言うのが嫌いです。

 この二つが組み合わさることにより、『同じことを二回言わせることなく発言すべてを十文字以内におさめないといけない』という制約が発生する。
 そんな会話やだなあという感じだった。

「いいですかユングよ。ロザリーは今、少々体調が悪いので、奇妙な言動があるかもしれませんが、あなたはそれを気にしていられるほど、ゆとりある立場ではないのですよ。わかりますね」

「し、しかしロザリー様!」

「セイッ!」

「こっわああああ!」

 感嘆符もダメらしい。
 ひどい肉体だ。

「あなたの死者蘇生を責める気はないのです。なぜならすべての人類には生存本能があり、生きたいという欲求があるのは当然のことだからです。昼神教は……間違っていました。そのことを残った信者に伝えに行こうと思います。その方向だとあなたは使えるので、生かしてやりたい。可能ならね」

「その発言、罠では?」

「どういう意味です?」

「えーっと……自白とか」

「だから、どういう意味です?」

「ほら、拙僧が教義にね」

「……意味のとりにくいしゃべり方をするやつだなあ、君は」

「ロザリー様が殴るからで━━」

「セイッ!」

「ほらぁ! 殴るから!」

「……今、肉体と交渉します。ちょっと待ちなさい。十文字は必要なコミュニケーションが難しい。せめて倍。二十文字。だめ? どうなんだい? どっちなんだい? だーめっ! じゃあ十五文字。そうだね。十五文字まで許可します」

「ま、まあ、肉体がそう言うなら」

「もしかしてロザリーは日常的に肉体と会話してるんだっけ?」

「鍛錬で動かなくなるたび、お声を」

「ええ……」

「とにかく、拙僧はどうすれば?」

「まず、死者蘇生はしましたね?」

「いやしかしですな、事情があり」

「……」

「……しました」

「よろしい。まあ、なのでみんなの前でそれを告白してもらえればいいよ。あとはうまいことやるから」

「全員で拙僧を囲んで糾弾するの?」

「しないよ……いったいどんな集団なんだ」

「教義に反するとボコボコにする会」

「なぜ君はそんな場所にいるんだよ」

「勇者の後釜を狙った流れでなぜか」

「まあ、だとしたら悪い話ではないと思うよ。とにかく下手に言い訳せずに死者蘇生を受けたことをみんなの前で告白してもらえればそれでいい。あとの細かいところはランツァがやってくれます」

「ランツァ!? それって死者蘇生をし」

「セイヤァッ!」

「うごっ!?」

 油断していたのだろう、ロザリーの肉体が放った拳はユングの腹部に大穴を空けた。
 例の物体をチリにする拳はさすがに中身がリッチでは使えないが、致命傷なので死にました。

「蘇生」

「はあっ!? 拙僧、死にました!?」

「今蘇生した。これで言い逃れももうないね」

「いやしかし、蘇生したというか、」

「…………」

「………………あの」

「なにかな?」

「大人しく言い訳せず、協力します」

「最初からその言質がもらえれば、無駄に会話を重ねることもなかったのにね。どうして君はすぐに言い訳しようとするのか……」

「十五文字では語り尽くせませぬ」

「ならいいや。君の事情には興味もないし……じゃあ、君は先に神殿に帰っててよ。ロザリーはランツァとゆっくり戻るから。あ、みんなに話があるっていうのは伝えておいてね」

「……その時は文字数制限は?」

「いや、ないよ。ロザリーへの口の利き方さえ気をつけたらいいよ。ロザリーも、この肉体の気の短さには辟易しているところなんだ。というかたぶん、君、嫌われてるよ、ロザリーに」

「ええ!? 客観的に言われた!?」

「だってランツァ相手より肉体のストレスが高いもの。ん? となると君を嫌っているのはロザリーではなく中身かな? まあいいや。じゃあ、よろしく」

「はい……」

 ひどく傷ついたようにユングはとぼとぼ山道を登っていった。

 その後ろ姿を黙って見送るつもりだったのだが、

「駆け足!」

 ロザリーの口が勝手にそう言うと、ユングは「はいいい!」と声をあげてダッシュを始めた。

 そうしてユングの姿が全然見えなくなったころ……

 すべてを横で見ていたランツァが言う。

「ひどい会話だったわね……」

 そうだね。

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