勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
53話 ば、バカな、お前はあの時死んだはず!?回
というわけで、アンデッドと新生聖女信者によるローラー作戦により、昼神教の現総本山が発見された。
それは裾野に広大な樹海を備えた高い山の中ほどにあるらしい。
高低差無視、障害物無視のゴーストたちを空に放ったおかげで発見できたものの、たぶん普通に探したら見つからなかったことだろう。
その高い山の中ほどにある神殿へは階段もない整備されていない道を歩いて行くしかなく、高い高い山のせいでのぼるにつれて空気は薄くなり、足腰はどんどん重くなっていく。
「……いや、利便性とか……考えないんだろうなあ」
ロザリッチはぼやきながら語る。
現在はロザリーの肉体に入っているせいか、ここまで進んでもまったく疲労はない。
けれど━━
「リッチ、ちょ、ちょっと、待って……」
ついてきているランツァはそうはいかない。
彼女は長い金髪を汗で頬に貼り付かせ、王杖に体重をあずけるように前屈みになりながら、息も絶え絶えという様子だった。
その姿を見てリッチは……
「大丈夫ランツァ? 筋肉が足りていないのでは?」
「リッチ、そこはかとなくロザリーに侵蝕されているわ」
「……むう。たしかに……」
ここ数日ずっとロザリーの肉体で過ごしたが、日常のちょっとしたところにいちいち筋トレが挟まってくるので、かなり嫌な感じだ。
ランツァが休んでいるあいだは魔王領に魂だけ帰すことが許されているのだが、あっちの体でも無意識に体が空気に座ろうとするなどの怪奇現象が起きている。
「肉体にはもちろん反射というものがあるし、習慣というものも体に刻まれると言われているけれど、この肉体は本当に酷いな! いや、死霊術的には非常に貴重な資料ではあるのだけれど」
「わたしも最近、朝起きるとふとランニングとかしたくなるわ……」
「なんてことだ……」
ロザリーの肉体と魂は健康にいい。
不健康の極みにいるリッチとしては恐るべきほどであった。
リッチは危惧する。
「早くしないとランツァが筋力で王位をとるタイプになってしまう」
「……まあ王位をとるのが最終的に腕力になるかもっていうのは否定しないけれど……なんだろう、すごく、野蛮な感じに聞こえるわね……」
「早いところこの筋肉総本山をどうにかして、筋肉の呪縛を解きたいところだね」
「遅れてごめんなさい。山道があまりにも厳しすぎるわ」
そもそもランツァを連れてくるつもりはなかったのだが……
『昼神教のロザリー派に、ロザリーと死後蘇生した女王の和解した様子を見せれば、彼らの心変わりを誘発して、平和にことが運ぶかもしれないわ』
という提案もあって連れてくることになった。
なぜって、リッチはそういう人の機微がわからぬ。しかし人の嫌悪や悪意には人一倍敏感であるので、面倒くさい感じだとすぐに『とりあえず殺しておく』という選択をとりがちだからだ。
昼神教の残りを使うのに、それはあまり使いたくない手段だそうだ。
なにせ今でこそ総本山の神官は筋肉一味になったが、民の中にはさほど筋肉でなかったころの昼神教を信じている者も多い。
さすがに今の状況になって自ら蘇生を断るほど熱心な者はいなかった(蘇生されたあとで『やっぱり神に背くのは……』とか言うやつはいた)が……
昼神教はマッチョイズム(直訳)になっても元国教である。
生活のそこかしこに知らないあいだにその影響は根付いているのだ。
これをまったく排斥してしまうというのは統治の面から言って現実的ではないようで、また、新しい宗教がボコボコ生まれても困るし、どうにかフレームだけ無事なまま、中身を都合よくいじって使いたいそうだった。
そのためには総本山にロザリーがランツァを案内して、信者たちに和解の様子を見せつける必要がある……とかなんとか。
しかし筋肉信仰者御用達の山道は、ランツァにはあまりにもきつそうだ。
「リッチがおぶろうか?」
「え? それは……うーん、やめておくわ。禊は演出に必要だし」
「どういう意味?」
「ほら、なんの理由もなくただ『女王、死者蘇生、許す!』って言うより、『女王は自らの足で険しい道をのぼり、総本山に礼拝に訪れたのです。これをもって罪の償いとし、我らは女王と和解します』ってした方がいいでしょう?」
「それが『いい』かはリッチには判断がつかないけれど、別に、黙ってたらバレないんじゃない?」
「多くの人にはバレないけど、『わかる人』がたまにいるのよ。だから演出のためには体を張らないといけないわ。これから行く場所は筋肉っても一つの国を席巻した宗教の総本山だもの。有能な人がいない想定で臨むのはよくない」
「ふーん」
「それよりリッチ、ロザリーのふりは大丈夫?」
「黙って笑って、たまに壁とか殴ればバレないでしょ」
「ロザリー、壁なんか殴るの……?」
「殴るよ。出先の偉い人が小難しいこと言った時とか殴るよ。それで壊れた建物とかもあるし」
「『小難しいから殴るのではなく、彼らが後ろ暗いところを隠そうとするので、その精神の贅肉を波立たせているだけです』って言ってるわ」
「殴ったことは認めてるじゃないか……」
あと、数日一緒に過ごしてみて、ロザリーがだんだん現状に慣れてきてるのはちょっと笑う。
彼女の中でどういう理屈になっているかわからないが、蘇生されたことへの怒りは三日ぐらいしかもたなかった。
まあ、彼女の中で現状は『蘇生』と定義されていない可能性もあるけれど……
「というかここまで言ってもリッチの正体に気付かないの? いや、気付いてほしいとかじゃなく、純粋にどういうロジックで気付かないのか、興味があるだけなんだけれど」
「黙ったわ」
「いや、いいんだけどさ……」
でもちょっと気になるというか。
そんなふうに休憩を挟み挟み、日が暮れるまでたっぷりのぼって、それからキャンプを張って休んだ。
「この道のりを朝に駆け降りて樹海で筋トレして夜に駆け上ってしっかり食事をしてストレッチをして眠るらしいわ。ありえない。主に体力が」
どうやら総本山の主な生活はそうなっているらしい。
そこでリッチは気付く。
「ということは、総本山の連中、さっきまで樹海で筋トレしてて、そろそろ山道をのぼって戻ってくるのでは?」
「あ」
と、二人が情報の意味に気付いた瞬間━━
「何者か!」
山の麓方面から、男の声がした。
ロザリッチとランツァがそちらを見ると━━
「我らが総本山に侵入しようという不届な輩は、この聖女親衛隊、『千年殺し』のユングが容赦せぬぞ!」
ハゲがいた。
それは裾野に広大な樹海を備えた高い山の中ほどにあるらしい。
高低差無視、障害物無視のゴーストたちを空に放ったおかげで発見できたものの、たぶん普通に探したら見つからなかったことだろう。
その高い山の中ほどにある神殿へは階段もない整備されていない道を歩いて行くしかなく、高い高い山のせいでのぼるにつれて空気は薄くなり、足腰はどんどん重くなっていく。
「……いや、利便性とか……考えないんだろうなあ」
ロザリッチはぼやきながら語る。
現在はロザリーの肉体に入っているせいか、ここまで進んでもまったく疲労はない。
けれど━━
「リッチ、ちょ、ちょっと、待って……」
ついてきているランツァはそうはいかない。
彼女は長い金髪を汗で頬に貼り付かせ、王杖に体重をあずけるように前屈みになりながら、息も絶え絶えという様子だった。
その姿を見てリッチは……
「大丈夫ランツァ? 筋肉が足りていないのでは?」
「リッチ、そこはかとなくロザリーに侵蝕されているわ」
「……むう。たしかに……」
ここ数日ずっとロザリーの肉体で過ごしたが、日常のちょっとしたところにいちいち筋トレが挟まってくるので、かなり嫌な感じだ。
ランツァが休んでいるあいだは魔王領に魂だけ帰すことが許されているのだが、あっちの体でも無意識に体が空気に座ろうとするなどの怪奇現象が起きている。
「肉体にはもちろん反射というものがあるし、習慣というものも体に刻まれると言われているけれど、この肉体は本当に酷いな! いや、死霊術的には非常に貴重な資料ではあるのだけれど」
「わたしも最近、朝起きるとふとランニングとかしたくなるわ……」
「なんてことだ……」
ロザリーの肉体と魂は健康にいい。
不健康の極みにいるリッチとしては恐るべきほどであった。
リッチは危惧する。
「早くしないとランツァが筋力で王位をとるタイプになってしまう」
「……まあ王位をとるのが最終的に腕力になるかもっていうのは否定しないけれど……なんだろう、すごく、野蛮な感じに聞こえるわね……」
「早いところこの筋肉総本山をどうにかして、筋肉の呪縛を解きたいところだね」
「遅れてごめんなさい。山道があまりにも厳しすぎるわ」
そもそもランツァを連れてくるつもりはなかったのだが……
『昼神教のロザリー派に、ロザリーと死後蘇生した女王の和解した様子を見せれば、彼らの心変わりを誘発して、平和にことが運ぶかもしれないわ』
という提案もあって連れてくることになった。
なぜって、リッチはそういう人の機微がわからぬ。しかし人の嫌悪や悪意には人一倍敏感であるので、面倒くさい感じだとすぐに『とりあえず殺しておく』という選択をとりがちだからだ。
昼神教の残りを使うのに、それはあまり使いたくない手段だそうだ。
なにせ今でこそ総本山の神官は筋肉一味になったが、民の中にはさほど筋肉でなかったころの昼神教を信じている者も多い。
さすがに今の状況になって自ら蘇生を断るほど熱心な者はいなかった(蘇生されたあとで『やっぱり神に背くのは……』とか言うやつはいた)が……
昼神教はマッチョイズム(直訳)になっても元国教である。
生活のそこかしこに知らないあいだにその影響は根付いているのだ。
これをまったく排斥してしまうというのは統治の面から言って現実的ではないようで、また、新しい宗教がボコボコ生まれても困るし、どうにかフレームだけ無事なまま、中身を都合よくいじって使いたいそうだった。
そのためには総本山にロザリーがランツァを案内して、信者たちに和解の様子を見せつける必要がある……とかなんとか。
しかし筋肉信仰者御用達の山道は、ランツァにはあまりにもきつそうだ。
「リッチがおぶろうか?」
「え? それは……うーん、やめておくわ。禊は演出に必要だし」
「どういう意味?」
「ほら、なんの理由もなくただ『女王、死者蘇生、許す!』って言うより、『女王は自らの足で険しい道をのぼり、総本山に礼拝に訪れたのです。これをもって罪の償いとし、我らは女王と和解します』ってした方がいいでしょう?」
「それが『いい』かはリッチには判断がつかないけれど、別に、黙ってたらバレないんじゃない?」
「多くの人にはバレないけど、『わかる人』がたまにいるのよ。だから演出のためには体を張らないといけないわ。これから行く場所は筋肉っても一つの国を席巻した宗教の総本山だもの。有能な人がいない想定で臨むのはよくない」
「ふーん」
「それよりリッチ、ロザリーのふりは大丈夫?」
「黙って笑って、たまに壁とか殴ればバレないでしょ」
「ロザリー、壁なんか殴るの……?」
「殴るよ。出先の偉い人が小難しいこと言った時とか殴るよ。それで壊れた建物とかもあるし」
「『小難しいから殴るのではなく、彼らが後ろ暗いところを隠そうとするので、その精神の贅肉を波立たせているだけです』って言ってるわ」
「殴ったことは認めてるじゃないか……」
あと、数日一緒に過ごしてみて、ロザリーがだんだん現状に慣れてきてるのはちょっと笑う。
彼女の中でどういう理屈になっているかわからないが、蘇生されたことへの怒りは三日ぐらいしかもたなかった。
まあ、彼女の中で現状は『蘇生』と定義されていない可能性もあるけれど……
「というかここまで言ってもリッチの正体に気付かないの? いや、気付いてほしいとかじゃなく、純粋にどういうロジックで気付かないのか、興味があるだけなんだけれど」
「黙ったわ」
「いや、いいんだけどさ……」
でもちょっと気になるというか。
そんなふうに休憩を挟み挟み、日が暮れるまでたっぷりのぼって、それからキャンプを張って休んだ。
「この道のりを朝に駆け降りて樹海で筋トレして夜に駆け上ってしっかり食事をしてストレッチをして眠るらしいわ。ありえない。主に体力が」
どうやら総本山の主な生活はそうなっているらしい。
そこでリッチは気付く。
「ということは、総本山の連中、さっきまで樹海で筋トレしてて、そろそろ山道をのぼって戻ってくるのでは?」
「あ」
と、二人が情報の意味に気付いた瞬間━━
「何者か!」
山の麓方面から、男の声がした。
ロザリッチとランツァがそちらを見ると━━
「我らが総本山に侵入しようという不届な輩は、この聖女親衛隊、『千年殺し』のユングが容赦せぬぞ!」
ハゲがいた。
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