勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

48話 たしかに文章には解釈の幅があるけれど回

「〝聖女〟とはッ! 教義に反する者あらばこれを撃滅し! 違った教えを信奉する者あらばこれを打ち砕き! 新しく教えを学ぼうとする者あらば拳をもってそれまでの誤った信仰を叩き出す! そういう者のはずです!」

「君の定義だと人類の総数が減りそうなんだよな……」

 ようするに『最初から昼神教(ロザリーは昼神教なので)を信仰していない者はぶん殴る』という話であり……

 ロザリーに殴られるとたいていの者は死ぬ。

 夕暮れ時ももう過ぎようとしているあたりだった。

 幼女ッチの説法ライブに集まった人たちは急に来た先代聖女に戸惑っているようだった。

 その戸惑いの構成要素は以下のようなものだろう。

 一つ、今まで行方不明だった聖女ロザリーが急に現れたこと。

 一つ、聖女ロザリーが新生聖女グッズまみれなこと。

 一つ、そのくせ新しい聖女のあり方に文句をつけてきていること。

 幼女ッチは今でこそふわふわ衣装をまとってキラキラ飾りを身につけた幼い女の子の肉をまとってはいるが、根本的には研究者である。

 目の前に疑問を見つけるとどうにも放っておけず……

 よって幼女ッチが『突然乱入してきて文句をつけてくる先代聖女』に対してとった行動は、拡声魔術を通しての会話であった。

「まず、君は今までどこにいたの?」

 口調がリッチ丸出しだが、口うるさい元女王マネージャーはまだ混乱から立ち直っていないので、突っ込む者はいない。

 ロザリーは幼女ッチの問いかけにこう応じた。

「声が小さいッッッ! 聖女ならば拡声魔術になど頼るな!」

「……いつの世も『利便性を求めた技術の発達』を『軟弱』と切り捨てる層はいるものだけれど、君はなんていうか、そういうやつだよな」

「なんですかボソボソと!」

「まあいいや。それで? 今までフレッシュゴーレムに襲われていた人類を放ってどこにいたのかとリッ…………新生聖女としては気になるわけなんですけどぉ〜」

 声が小さいと怒られたからって、リッチが拡声魔術の使用をやめるわけではなかった。

 ロザリーは同時に二つ以上のことを考えられないのか、とりあえず拡声魔術使用についてはおいておいて、リッチの疑問にようやく応じる。

「それはもちろん、修行です」

「……君、それ以上強くなってどうするのさ」

「あなた、聖女なのに聖典を読んだこともないんですか?」

「うん? いや、まあ、聖典を手に入れる機会がなかったし、読んではいないね」

 神殿に所属すると読む機会もあるのだが、逆に言えば神官にならない限りそうそう『読む』機会はない。
 ただ、何日かに一回の周期で『聖典読み聞かせ会』がある。
 神官ではない信者はこれに参加して昼神教の教えを学ぶのだ。

 リッチも死霊術に夜神の名が頻出ひんしゅつし、それがどうにも昼神と対立関係にあるということで、学術的好奇心から『読み聞かせ』に参加したことがある。

 熱心にメモをとって神官の語る内容は記録したし、読み返して暗記もしたのだが……

 神官になると死霊術研究を続けられない(※基本的に神官は寮生活な上に死霊術はご法度で、見つかると殴られる)ので、神官になったことはなく、聖典そのものを読んだことはなかった。

 するとロザリーは肩をすくめ、

「信仰が足りなくなる時、地下に封じられていた夜神の眷属が地上に飛び出し、人々を『朝日の見えぬようせしめる』のです。すなわち現在の惨状は信仰が足りないからなのです」

「おおっとぉ。フレッシュゴーレムの出現は聖典に記載されていたのか。それは知らなかった……まさか君から新しい知識が伝授されることがあろうとはね……」

「あなた、ちょいちょいわたくしを馬鹿だと思って話してはいませんか?」

「いや、そこには誤解があるようだ」

 ちょいちょいではないので。

「……まあいいでしょう。ともあれ、信仰が必要な時に、人々は信仰を離れ、昼神教神殿は参内に来る者もいなくなるありさま。この状態はもう、修行しかありませんね?」

「君のロジックはわかりにくいところがあるね……なぜ、修行しかない?」

「新しい聖女はどうにも頭が悪いようですね……」

「君にそう言われるのは新鮮で、これから新しい知識が開陳されると思えば喜びさえあるね」

「……昼神を崇める者が減りました。つまり、数が減ったのです」

「うん」

「数が減ってなお、信仰を維持するには、質を高めるしかないでしょう?」

「うん?」

「質とはつまり、信者一人一人の筋密度です」

「うん?????」

「よって、我らは『夜神の使徒』が大地から去るよう願いを込めて、筋力トレーニングを行っていました。……『襲われた人類を放って』? 違います。我らは戦っていたのです。筋力トレーニングという方法で、この地上から連中を排除するために」

「成果は出た?」

「人々への被害は減ってきたと各地の信者は言っています」

 もちろんそれは魔王軍(リッチ)のお陰だが……

 そう、これが『宗教』なのだった。

 因果関係の軽視、というのか。
 あらかじめ『この行為によってこの結果が出ます』と聖典にあり、その行為をしたならば、誰がどんな方法で結果を出そうが『自分たちが信仰に基づいた行為をしたからだ』と解釈する。

 すべての因果は『神のおっしゃる通りにしたから、その結果が出た』というように帰結されるのだ。

 そこにはなんのエビデンスもないのだが、彼女らの脳内ではそうなってしまうし、彼女らはそこを疑わない。

 少なくともロザリーは、疑わない。

 ここについて『会話』にならないことを再確認したリッチは、次なる質問に移る。

「で、君はなぜリッ……新生聖女の説法ライブグッズにまみれているの?」

 ロザリーの長くしなやかな手足には新生聖女ステッカーがあますところなく貼られ、細く強靭な指には新生聖女うちわがたくさん握られている。

 さらに新生聖女死霊術入門書(親しみやすさアップのために死霊術という表記はしていない)を両脇に抱えた、すごい状態なのだった。

 そこまでグッズにまみれてなお威風堂々とした立ち姿には、天然で聖女呼ばわりされる者の持つ才覚を見せつけられるかのようだった。

 どんな格好をしていても、凛として絵になる美貌をロザリーは持っている。

 そう、たとえ……幼女のかわいいイラストが描かれたグッズまみれでも、しなやかな手足を持つ、腰の位置の高い、美人というのは、絵になってしまうのだ。

 元聖女ロザリーはいっぱい握りしめたうちわの持ち手を握力で粒子に変えながら、

「……応援、していたのにッ……!」

 悔しげに。
 本当に本当に悔しげに、腹の底から搾り出すような声で、

「我らの筋力トレーニングが佳境に入ったころ、新生聖女の噂が届きました。……我らの力が、地上に新しい救い主を生み出したのだとッ……夜な夜な響く筋肉の悲鳴がついに昼神に届いたのだとッ……そう思っていたのにッ……!」

「昼神って筋肉の悲鳴とか捧げられて喜ぶタイプだっけ?」

「尊い努力を推奨なさっています。そしてもっとも尊い努力は過酷な肉体労働……つまり、筋肉の悲鳴を伴う労働です」

 たぶん教団内でも解釈違いが発生していたと思うのだけれど、今はもう昼神教はロザリー一派しかいない気配が濃厚だ。

 かくして大陸を席巻していた昼神教は、ほぼ完全に筋トレを礼拝とする謎のマッスル教団に成り下がったのであった。

「いいですか新生聖女よ。わたくしは、あなたに期待をしていたのです。それが、なんですか、この本は! 死者の蘇生などという項目があるではないですか!」

「く、わかりやすくまとめたのが裏目に出たか……まさか君に本を読む力があるとはね」

「あなた、わたくしをなんだと思っているのですか、さっきから!」

「筋肉の塊」

「……正しい解釈ではないですか。筋肉の塊……つまり、全身が筋肉なのです。それはもう、本ぐらい読めますよ。なにせ頭脳も筋肉であり、全身が筋肉であるから、すなわち全身が頭脳なのですから」

「……で、その本の内容がまずいの?」

「死者蘇生がまずくないわけありますか! 死者は、死になさい!」

「……なるほど」

 ようするに、ロザリーの状態はこういう流れでできた。

 まず、筋トレによって世界を救おうとしていた(?)ところ……
 世界を救って回る『聖女』なる存在の噂が耳に入った。

 ロザリーとしては、この聖女誕生は自分たちの筋トレの成果(?)だと考えていたので、新生聖女の存在を歓迎していた。

 そうして説法ライブ会場に来て、精一杯の応援をしていたら……

 聖女が昼神教の教えに背くことをしていた。

 だから、怒った。

「…………いや、筋トレで世界を救えるわけないでしょ!」

 そこがもっともおかしいので、理屈での理解が不可能だった。

 ところがロザリーは愕然とした顔になり……

 なにかを覚悟したような表情になると、紫色の瞳で周囲にいるオーディエンスたちを見回し、

「まず、我らが神を信じぬ者たちに、真実を告げましょう。……あなたたちは、襲われ、ただただ恐怖し、逃げ惑うしかなかった。地下から湧き出たものどもに蹂躙されるがままで、『なぜ、神は我々を救ってくれないのか』と、そんなように考えたかもしれません」

 オーディエンスがざわめく。

 今のロザリーの話を聞いていた彼らは、ロザリーの前で信仰や神を否定するようなことを(殴られそうだから)言えないが……
 ロザリーの言葉を肯定するような雰囲気だけは、あった。

「理解はしましょう。あなたたちは、自分たちが救われない時、神を恨むものです。悲しいかな、信仰を捨てるような者たちは、みな、決まって、『神がなにをしてくれた』と、声高に叫びます。ですが、考えてみてください」

 またロザリーは視線で周囲を見てから、

「もしも筋力が足りていれば、あなたたちは襲い来る『夜神の使徒』に勝利できたはずです」

 シン……とあたりが静まり返る。

 ロザリーはなぜか満足げにうなずき、

「理解したようですね。つまり、神があなたたちを裏切ったのではありません。あなたたちが筋肉かみを裏切ったのです。トレーニングもせず己を追い詰めず、毎日己の肉体に宿る神の恩寵を軽視した結果が、その軟弱な肉体であり、それゆえの現状なのです」

 ロザリーは拳を顔の前に上げて、

「さて、信仰の足らぬ者どもよ。『死者蘇生』などという夜神の誘惑に堕ちた者どもよ。あなたたちの筋肉しんこうを、わたくしが確認しましょう。ようするに━━」

 うちわを投げ捨てる。
 ステッカーをむしりとる(時間がかかった)。

 最後に小脇に挟んでいた死霊術入門書を手に持ち、それを宙に投げ……

 十冊あったそれらを、まったく同時に、拳で打ち抜いた。

 打ち抜かれた本は、最初拳大の穴を空けたままひらりと落ちそうになり……
 落下中に、無数のチリになって消滅した。

「━━わたくしに叩かれて、生き残った筋肉しんこうだけが、恭順を許されます。さあ、筋肉かみに祈りなさい!」

 元聖女ロザリーが、オーディエンスに襲いかかる。

 夜も迫る時間、幼女ッチの第一説法ファースト・ライブはいきなりデスゲームになったのだった。

「勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「コメディー」の人気作品

コメント

コメントを書く