勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

44話 この話はTS要素が含まれますか? 回

『先に魂だけ人類領地に行ってきます。

 体は研究室に置いておきます。

 アリスにはあとで合流しようって言っておいてください。


 研究室のみんなへ。

 リッチの肉体はアンデッドのカテゴリに入れられがちであり、リッチ自身もそこに区分していますが、実のところ、既存のアンデッドとはだいぶ異なる特徴を備えています。

 そもそもアンデッドと呼ばれているものは蘇った死体ではなく、夜神よるがみによりそのように生み出された生物なのです。

 人間を生者リビングと呼ばないように、アンデッドもまた生ける屍ではなく、それぞれ別種の生命体にすぎません。

 ところがリッチ化に際しては『一度死ぬ』という工程が必要になり、これは明らかに他のアンデッドとは一線を画す特徴です。

 これは死霊術的にとても興味深い特徴であり(中略)

(中略)リッチが人類を救い終えるまでに、リッチの肉体といわゆるアンデッドとの違いについて、一つ以上検討し、レポートにまとめておいてください。

 アンデッドの例として、スケルトン、ゴースト、ゾンビから各三名ずつサンプルとして招いてあります。

 実際に殺してみたりするのもいいでしょう』





「……うーん、超遠隔憑依は対象を指定しないとかなり憑依先にばらつきが出るのが難点だな……」

 人類領に降り立ったリッチは、気付けば幼い女の子の肉体にいた。

 超遠隔憑依だが、もちろんこれも研究が進んでおり、今では特定の死体を確保しておかなくとも、てきとうな死体があればそこに入れるようになっていた。

 人類領地にあるっぽい『フレッシュゴーレムの拠点』のおおまかな位置を割り出すのも、この方法を使った。

 幸い、今は死体が多いご時世だ(まったく『幸い』ではない)。

 なので人類領地あたりを意識して憑依術の行使をすれば、かなりの頻度で憑依マッチングが可能である。
 これも同時接続死者数が多いからであり、さっさとフレッシュゴーレムを駆逐しないともっと界隈が賑わってしまうことになる。

 さて、リッチが幼女の死体にインしたあたりは、村がまるっと滅ぼされており、積み上がる死体に今まさに火がかけられようとしているところだった。

 それをやっているのがフレッシュゴーレムなのは非常に興味深い。

 火葬、というのはかつて国教(すなわち大陸の覇権宗教)である昼神ひるがみ教における、ポピュラーな死体埋葬方法だ。

 昼神というのは天の上にいるとされ、火葬されることにより空へ昇った魂は昼神のもとへ届けられる、とされている。

 逆に昼神教圏内で『罪深い行いをした』とされた者は、夜神の領域である地下に投げ入れられる……すなわち土葬される。

 これを錬金術化学的に分析するならば、疫病蔓延防止のための火葬であり、土葬であったのだろうと思われるのだが……

「フレッシュゴーレムも疫病にかかるのだろうか? うーん、いくらか解剖してみたけれど、とてもヒトのような病気にかかる構造には思えなかったんだよな……」

 死にたて幼女のミルキィボイスで幼女ッチがつぶやいたその時、死体を積み上げていたフレッシュゴーレムたちが、いっせいにこちらを向いた。

 人に似た、しかし明らかに人ではない、白目がなく土気色の肌を持った連中が一斉にこっちを見るというのは、なかなかホラーな光景だ。
 しかもロケーションが『死体まみれの廃村』というのもあって、変な宗教の儀式に巻き込まれたような気さえしてくる。

 リッチは『なるほどこれが、かつて死霊術を見た昼神教の人の感覚なのか』と納得しながら、とりあえず霊体の帯をそこらから引っ張り出してフレッシュゴーレムたちを縛り上げ、締め潰していく。

 ……死霊術には『死』を無理矢理押し付けるというとんでもない基本魔術があるのだが、なぜかフレッシュゴーレムには効かない。
 かつては効いていたのだが、大陸中にこいつらがはびこり、次第にサイズを大きくしていく過程で効かなくなったのだ。

 いちおう『死の押し付けが効いた期〜効かなくなった期』のフレッシュゴーレムの死体はサンプルとして別途保存してあるのだが、それらを調べても具体的な理由はわからなかった。

 おそらくだが、リッチにはまだ認識できないなんらかの力がそこに働いている。

 これの解明もまた現在のリッチの研究目標ではあるのだが、なにぶん『認識できないなんらかの力』なので、とっかかりさえないという状態であり、研究を進めるきっかけさえない。

 とりあえずまた数体ほどをサンプルとしてなるべく損傷を抑えて殺し、うずだかく積まれた死体の山を丁寧に崩して死者を並べ、死霊術による『蘇生のための呼びかけ』を行う。

「あーよみがえれよみがえれ……声が甲高いと違和感がすごいな。やっぱ憑依先の肉体と本来の肉体は差異が少ないものを選ぶのが望ましい……」

 すると死体たちの頭上にもやもやーっとした青いものが浮かんで、そいつが頭に響く声で語りかけてきた。

『なにごと!?』

「君たちは死んだので、これからリッチがよみがえらせようと思います。しかし君たちには拒否権もあります。昼神教の教えに殉じたい人は止めません。なぜってリッチからしたら話が通じない狂人だからね。どう?」

 こうやって集団で死んだ人たちを蘇生しようとすると、『個人との対話』ではなく『総意との対話』になりやすい。

 まず、蘇生を呼びかけられた集団は自分たちが死んだということを受け入れるのに、結構な時間を必要とした。

 中には死亡当時の状況を覚えている者もいて、『寝ていたらかすかな気配みたいなものがあり、起きたらフレッシュゴーレムが自分にのしかかっているところだった。目を開けた途端に殺された。怖くてチビった』という証言がとれた。

「散発的に目についた者に襲いかかる『哨戒型』と、積極的に敵を探しに行って隠密行動をしてでも殺す『襲撃型』がいるってことだね」

 このあたりは既知の事象だ。キッチである。

 より多くの被害をもたらすのが襲撃型であるのは言うまでもないが、これは前線で戦えるぐらいの者が警戒していれば対処は容易でもある。
 もちろん魔王領側にも出たが、狩り尽くされ、現在は出ていない。

 どうにもフレッシュゴーレムには学習機能があり、なおかつその目的は地上にいる生命の絶滅だと観測される。

「まあそれで、死んだことは納得してもらったと思うんだけど、どうする? 戻る? 君たちの死亡時刻が証言からして明け方少し前だとすると、さほどのんびり考えている時間はないと思うよ」

 とはいえまだ半日以上の時刻はあるのだが、この状態で蘇生保留されても面倒なので、リッチは蘇生の選択を委ねる時はたいてい『時間がない』と言うことにしている。

 考える時間を保証するといつまでも考え込むのが、たいていの知的生命体が持つ欠陥だ。

 ある程度の考察をしてそれでも答えが出ない時は、すなわち情報が足りていないということだ。
 にもかかわらず、情報がないまま考えたって意味なんかない。

 けれど知的生命体は『それでも考えればいいアイデアが出るのではないか?』という誘惑から逃れられないのだ。
 必要な情報が欠けた状態での考察は、さぼっているのとなんら変わらないというのに……

「あとで『昼神教の教に背くからよみがえりたくなんかなかった』って思う人は、言ってくれたら元に戻す・・・・からね。安心していいよ」

 リッチはフィールドワークのために人類領土を回っていた。

 そのさいに人類をよみがえらせることもあったが、そうやってよみがえると必ずあとから『やっぱり教えに背くなんて……』とか『俺は望んでない! お前が勝手に蘇らせたんだ!』とか言う人が一定数必ず出る。

 そういう人たちには希望に沿うようにしてあげている。

 拒否権を行使せず蘇生しながら文句を言う人の思考は理解できないが、リッチは多様性を認める者なので、理解ができないものへも配慮できるのだった。

 いちおうあとから不平不満が出ないようにこうして前もって『拒否権もあります』と言っているのだが、この説明が全員に理解されるケースはまれであった。
 人は人の話を聞かないのだ。

 かくして全員のいちおうの承諾を得て村人たちの蘇生を完了し、リッチは呼びかける。

この子・・・の両親はいるかな?」

 呼びかけると、二十代なりたてぐらいの男女がこわごわと歩み寄ってきた。

 幼女ッチはそこでいったん、肉体の主導権を本来の持ち主に返す。

 すると肉体の持ち主は両親に抱きつき、わんわんと泣き始めた。

 最初は困惑していた両親も娘が正気に・・・戻った・・・ものと感じたのだろう。
 娘を抱きしめ、頭をなで、頬擦りをし、互いの無事を喜び合った。

 ひとしきりそうさせたあと、リッチは肉体の主導権をまた握り、体の・・両親・・から一歩距離をとると、言う。

「というわけで、この子も蘇生はきちんとしているので安心してほしい。リッチにとっても、人命というのは大事だからね……特に幼い個体には可能性がある。リッチはそれが潰えるのを望まない者だ」

「あ、あの、あなたはなんなんですか……? 娘は……」

 母親の方が話しかけてくるので、リッチはなるべく、相手が狂乱しないように静かにゆっくり、噛んで含めるように語る。

「安心していいよ。リッチは今、この体をちょっと借りてるだけなんだ。君たちを蘇生させたし、君たちを殺したフレッシュゴーレムは退治した。リッチが君たちに危害を加える目的を持っていないことは、理解が及ぶと思う。どうかな?」

「はあ、それは、まあ……しかし、娘は……」

「うん、それでね、これはまあ、今のところ『お願い』なんだけれど、娘さんの肉体をちょっと貸しててほしい。人類領で用事があるんだけど、リッチは自分の体を持ってきてないんだ」

「ええと……」

「ちょっとだけだから。ちょっと人類をフレッシュゴーレムの脅威から救うまででいいから。ちゃんと肉体の健康面には気をつかうし。君たちだっていつまでもフレッシュゴーレムの脅威に悩まされるのは嫌だろう?」

「そうですけど……え? 体を貸す? 娘の体を? え? あ、あなたはなに? そもそも、なにが……」

 リッチはこうして配慮をするのだが、しかし、その配慮が十全に伝わることは、残念ながら、あまりない。

 たいていはこうして飲み込めない事象でいちいち引っ掛かりを覚え、手当たり次第に疑問の解消を求めるばかりで、まず『話す』というテーブルにさえ着くことができないのだ。

 だからリッチは『お願い』をやめることにする。

「わかった、わかった。とにかくリッチはこの肉体でやることがあります。終わったら返します。そこだけ理解してください」

「い、いえ、でもっ! 娘の……!」

「さよなら!」

 リッチは逃げ出した。

 幼女の肉体は頑健ではなく、足だって遅い。
 しかしリッチはこんなこともあろうかと(リッチという極上の肉体を手放すことが最近多かったので)、霊体の帯を使った加速法を開発していたのだ。

 これである程度は脆弱な肉体に入ってもカバーが可能になる。

「しかしリッチは最近逃げてばっかりだな……」

 まさか追いすがる者全員殺すわけにもいかないし、困ったものだった。

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