勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

39話 なぜ人生はやりたいことをやるだけで費用やら認可やらが必要なんだろうおかしいよね? 回

 地面から、黒い帯状のナニカがあらわれる。

 それはリッチによって操作された『霊体』だった。
 肉体に干渉せず、霊体にのみ干渉するその帯は、ロザリーの体を縛り、拘束する。

 けれどロザリーが気合いの声で一喝するだけで、霊体の帯はバラバラに砕け散った。

 ロザリーの震動した拳がリッチの頭蓋骨をとらえる。
 リッチは『存在の位相が違う』ために物理攻撃を無効化する。

 しかしロザリーの拳はリッチの頭蓋骨を砕き、粉砕した。


「興味深いね。リッチの肉体に損傷をもたらすなんて」


 あまたの粒子に分解された頭部で、リッチはつぶやく。
 ロザリーは不機嫌そうに紫色の瞳を細めた。


「アンデッドならば、頭部を破壊すれば消えるはずですが」
「アンデッドも生き物だからね。頭部を破壊されたら死んだような気持ちになる――まあ、思い込みが出やすいんだよ。たとえばスケルトンを見てごらん。彼らには筋肉がないが、動いている。あれはまあ、色々理屈はあるんだけれど、一番は、『彼らがその状態でも動けると信じきっているから動ける』というもので――」
「ハァッ!」


 話の途中ですがロザリーの攻撃です。

 リッチは避けるそぶりもない。
 もともと肉弾戦の得意な存在ではないから、避けることができないのかもしれない――リッチの骨のみの体はどんどん分解され、そうしてしまいには、ローブと杖だけしか残らなくなった。

 ローブと杖だけが、まだ、中身があるかのように、宙にとどまっている。

 さすがに殴る部分がなくなったので、ロザリーも動きを止める。
 リッチは――骨の体はないのに――コツンコツンと杖を鳴らしながら、歩きながら、話を続ける。


「リッチは『思い込みの力』というものを軽視していない」
「……その話は長くなりますか?」
「長くなるけど、君は聞くしかないだろう? もう殴る箇所がないからね」
「……」
「自分を信じるのはね、才能なんだよ。みんなにできることじゃあない。君がそうだ。魔族たちがそうだ。社会に出れば当たり前のように否定される『自分』を、それでも信じ抜くことができる魂は、本当に特別なんだ」
「……」


 ロザリーは柔軟体操を始めた。
 動的ストレッチというやつだ――体の臨戦態勢を維持し、肉体のテンションを落とさないためにやるものである。

 たぶん話が長くなりそうだし、聞く以外ないと覚悟して、やっているのだろう。
 リッチはどことなく満足げに続ける。


「君たち英雄にはわからない望みかもしれないが、リッチも自分のことを信じたいと思っていた」
「……」
「けれど無理だったよ。どうしても『現実』というものが立ちふさがる。リッチはただ研究をしたいだけなのに、費用やら認可やら、色々なものが必要で、それを得るには社会で生きてみるしかなかった」
「我らの神を信じぬ者の懺悔を聞くサービスはおこなっていません」
「まあ聞いてよ。君との会話はおそらく、今日で最後なんだ」
「……」
「リッチは君を保管したかった。英雄を保管したかった。君の鍛え上げられた肉体も、君の崇高なる魂も、君の常人では耐え得ぬ修行を続けた記憶も、君の希有なる魂を包む霊体も、ぜんぶぜんぶ、保管したかった。リッチは君を研究したかったんだ」


 ず、ずず、ずずず……
 揺れ続ける大地から、どす黒い煙がたちのぼり始める。
 それは――まるで腕のようなかたちをとりながら、リッチのローブや杖をつかんでいく。


「君という最高に希少な研究材料を、あまさず保管したかった――でも、無理そうだ。君を放置したら、たぶん、魔族が滅ぼされる。リッチの研究生活を支える環境が、滅ぼされてしまう」
「……」
「リッチは、君をおさえきれると思えるほど、自分を・・・信じられない・・・・・・。だから――悲しいけど、殺すしかない。君という存在を惜しみながら、涙を呑んで、排除するしかないんだ」


 地面からわき出した黒い腕は、幾本もより集まり、人骨のかたちを形成していく。


「君が蘇生を受け入れてくれるなら、こんなに悩まなくってもよかったのに」
「死は不可逆のものだと、我が神は仰せです」
「……なるほど。君を研究するためには、君の神を否定するしかないのか。……ああ、それは不可能だな。神への信仰には根拠がないから、理屈ではどうにもならない」
「わたくしに流れる血潮が、みなぎる力が、震える筋肉が、わたくしの信仰の根拠です」
「……最初から最後まで、君と会話になったことは一度もなかったね」
「……ああ、そうでしたか、なるほど」
「?」
「あなたと、会ったことがあるような気がします。わたくしの知るその人物よりも、あなたはだいぶ痩せていますが――」
「……」
「――相手の命を皿の上に乗せて、いつでも平らげられる状態になってから悩む、傲慢なる命の冒涜者を、わたくしは一人、知っていますよ」
「俺と君の見解は、最初から最後まで異なるようだね」


 リッチは死の呪文を唱える。

 ロザリーは全身に気合いをみなぎらせる。

 死の呪文はかつて、はねのけられたことがあった。
 気合い一喝で『命を直接奪う呪文』をレジストしてしまうのが、ロザリーという名の規格外だ。

 けれど、『気合い一喝で』というあたりが重要だ。
 その魔術抵抗レジストに裂帛の気合いが必要となるならば――
 ――気合いが尽きるまで殺し続ければ、いつかは死ぬだろう。

 リッチは淡々とロザリーを殺し続ける

 ロザリーは全身に力をこめて『死』をはねのけ続ける。

 ロザリーはレジストに全力を尽くさねばならないようで、その場から動かない。
 リッチもまた、不用意にロザリーの拳がとどく位置に行かないよう気を払っているので、その場から動かない。

 傍目から見れば膠着状態と呼べるその一幕――

 動かしたのは、第三の勢力だった。

 揺れている地面から、ボコンボコンとなにかが突き出てくる。

 それはリッチの仕業でもなければ、ロザリーのしわざでもない。
 二人の背後に控える人類および魔族の軍勢とも、無関係のようだった。

 地面から跳ねるように出てきて、次々と荒れ果てた荒野に立つのは――

 ゴーレム。

 細い体につぶらな目をした、子供みたいな体格の――
 そして、大量の、ゴーレムたちだった。

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