勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る
25話 研究するということは基本的に挑戦するということなのだから失敗を恐れて足踏みするよりもガンガンやっていくべきだという回
「たぶんゴーレムだろうと思ってたけど、やっぱりゴーレムかあ」
リッチと深紅は、わりとあっさり遺跡の便利魔導兵器を見つけた。
これは運がよかったとか探索術が優れていたとかではない。
人が多くいる方向へ歩いて行ったら、すでに人類に発見されていたゴーレムを見つけたのだ。
なお、ここに来るまでに遭遇した人々および、ゴーレム守護についていた人たちは、殺害してある。
あとで蘇らせる予定だ。
「先生、ゴーレムってなんですか?」
赤い毛並みの、幼い獣人の少女――深紅が、興味深そうに真っ赤な瞳を輝かせてゴーレムを見ている。
最初のうちは人が死ぬたびに愉快なリアクションをしていったが、死体の数が三十を超えたあたりからなにも言わなくなった。
慣れたのだろう。
もとから慣れているリッチとしては、このような場所に五十人超の学者、兵士が配備されていたことに着目している。
もとは照明などなかったはずの地下空間は、行き来がしやすいよう壁に明かりが提げられ、崩れかけた道などが綺麗に整備されていた。
金銭的にも、時間的にも、人員的にも、かなりの力を入れて発掘作業をおこなっていたことがわかる。
だから、どれほどのものがいるのか、リッチも途中から楽しみにしていたのだが――
「……見ての通り、古代人の作ったヒトガタの無機物だよ。リッチは死霊術の文献で何度か記述を見たことがある程度の知識だけれど、古代ではいち仕事場に一台ぐらいの普及率だったみたいだよ。用途は主に力仕事だね」
「へえ……あの見た目で、力仕事が得意なんですね」
深紅はゴーレムに興味津々のようだ。
きっと、彼女にはあのゴーレムがお人形のように見えているのだろう。
そう、壁に埋まるようにして保管されているゴーレムの姿は、リッチのイメージと違って――
手のひらサイズの、かわいらしいヒトガタの物体だったのだ。
「過去の死霊術士たちにとっては、死体運びのための人足だったみたいだね。だからてっきり、巨人族みたいなものを想像していたんだけれど……」
「想像と違ってるのに、ゴーレムだってわかるんですか?」
「ゴーレムの頭上をごらん。あそこに、古代文字で『ゴーレム』って書いてあるんだよ」
「な、なるほど……古代文字まで読めるんですね……」
「死霊術の資料には古い時代のものが少なくないからね。古代文字を読めないと研究ができないんだ。……うーん。まあ、とりあえず持って帰ってみようかなあ」
「アレに研究の手伝いをさせるんですよね?」
「情報通り『頭のいい雑用係』として使えればね。単純な作業だったら、すでにヒラゴーストたちがいるし。まあでも、ゴーレムの起動方法なんか知らないしな……ん?」
リッチは壁に埋め込まれたゴーレムに近付いていく。
そして、その土色の、ほっそりした長い手足を、クリッとした目を、細い顎を、髪の毛を模した長い、なんらかの用途があるのだろうパーツをまじまじとながめ――
「これ、肉だ」
「え?」
「昔なにかで『石と土でできた下僕』っていう記述を見たから、てっきり無機物かと思ったけど、これ、原材料が生き物の肉と骨だね」
「ひ、ひと目見てわかるんですか? ……土色ですけど……」
「触ったらよくわかると思うよ。触ってみる?」
「い、いえ、その……肉、なんですよね?」
「古代の肉だね」
「ちょっと……」
「そう? 人肉ゴーレムとかなかなか触る機会ないから、貴重な体験だよ?」
「人肉!?」
「ごらん、ヒトの皮が張ってある」
「うえええ……な、なんでわかるんですか……?」
「『目』は養ったよね? 魂を見るための、眼力」
「は、はい」
「ヒトを材料にした製品には、死後もかすかに魂や霊体の痕跡が残るとされているんだ。蘇生の時にヒトだけは『蘇生を受け入れますか?』という説得フェイズが入るんだけど、ここからもわかるように、死霊術において『ヒトの命』と『それ以外の命』では、ちょっと扱いが違う。まあ、君たちはヒトの命を潤沢に使える素晴らしい環境にいるので、『それ以外の命』を見る経験も乏しいし、知らなかっただろうけど」
「……命を潤沢に」
「でもホムンクルス大量殺害しただろう? その時に、ヒトとの違いがわからなかった?」
「あの、ヒトの命で実験したことないですけど……」
「君たちに憑依術を教えただろう? ホムンクルスに憑依した際、魂の抜けた自分の霊体、肉体と、ホムンクルスの霊体、肉体を見比べる機会があったはずだ」
「す、すいません……そんなにじっくりは見てませんでした」
「そうか。なら、今度じっくり見てみるといい。ヒトの命はね、なんていうか、他の命に比べてねばっこいんだ」
「……ねばっこい」
「このへんは、リッチが勝手に表現してるだけだから、君には君の感じ方があると思う。なにぶん死霊術士が少なくて、体系化できないけれど……」
「と、とにかく違うんですね」
「そうだよ。観察は今度おこなってね。……まあとにかく、あのゴーレムはどうにもリッチの領分のようだね。便利かどうかはともかく、回収の必要はあった。よかったよかった」
リッチはうなずきながら、壁に埋まったゴーレムに手を伸ばす。
そして、壁から力尽くで引っこ抜いた。
ベリベリベリッ! という、肉から皮を無理矢理はぐような音がした。
「先生! 乱暴!」
「だって引っこ抜くための手順が周辺に見当たらないんだもの。説明を近くに書いてない、ノットユーザーフレンドリーなゴーレム制作者が悪いよ」
「だ、だからって……」
「まあ、このゴーレムはたしかに死霊術の領分かもしれないけれど、リッチの目指す死霊術の深奥とは方向性が違うし、これで壊れてたらそれでもいいかなとは思ってるよ」
「ええええ……」
「リッチはあくまでも『はるか昔に死んだ者の魂との対話』をゴール地点に設定しているからね。君たちもおのおのの研究テーマを見つけるんだよ」
言いながら、リッチはゴーレムをマントの中にしまいこむ。
手のひらに乗ってしまうような、お人形サイズのそれは、すっぽりとマントの中(にある内ポケット。アリスが縫ってくれた)におさまった。
「じゃあ帰ろうか。道々蘇生させていくけど、せっかくだし、君もやってみない?」
「え、なにをですか?」
「死者蘇生。いい機会だよ?」
「そんな手軽にすすめていいものなんですか!?」
「まあ、死霊術的には基本だし。こんなに死体がたくさんある環境、今を逃したらいつ経験できるかわからない。ちょうどいいし、やりなよ」
「失敗したら?」
「どういう意味?」
「……いえ、その、命ですよね? 失敗したら、命が消えるじゃないですか」
「そりゃあそうでしょう。でもね、失敗を恐れていては、研究に進歩はなく、技術は研鑽されないんだよ。大事なのは失敗を恐れることじゃない。挑戦を恐れないことだ」
「でも、命ですよ?」
「死霊術なんだから、挑戦には命がかかるし、失敗すれば命が消える。でもね、大事な話をするから、よく聞いてね」
「なんでしょう……?」
「失敗しても、君の命は消えない」
「……」
「少し気持ちが軽くなっただろう?」
深紅が顔を真っ青にして、それから吐いた。
リッチは吐瀉する生徒を目にして、首をかしげる。
おかしい。
ここは安心して胸をなでおろすところのはずなのに。
やはりリッチには、若者の気持ちがよくわからない……
リッチと深紅は、わりとあっさり遺跡の便利魔導兵器を見つけた。
これは運がよかったとか探索術が優れていたとかではない。
人が多くいる方向へ歩いて行ったら、すでに人類に発見されていたゴーレムを見つけたのだ。
なお、ここに来るまでに遭遇した人々および、ゴーレム守護についていた人たちは、殺害してある。
あとで蘇らせる予定だ。
「先生、ゴーレムってなんですか?」
赤い毛並みの、幼い獣人の少女――深紅が、興味深そうに真っ赤な瞳を輝かせてゴーレムを見ている。
最初のうちは人が死ぬたびに愉快なリアクションをしていったが、死体の数が三十を超えたあたりからなにも言わなくなった。
慣れたのだろう。
もとから慣れているリッチとしては、このような場所に五十人超の学者、兵士が配備されていたことに着目している。
もとは照明などなかったはずの地下空間は、行き来がしやすいよう壁に明かりが提げられ、崩れかけた道などが綺麗に整備されていた。
金銭的にも、時間的にも、人員的にも、かなりの力を入れて発掘作業をおこなっていたことがわかる。
だから、どれほどのものがいるのか、リッチも途中から楽しみにしていたのだが――
「……見ての通り、古代人の作ったヒトガタの無機物だよ。リッチは死霊術の文献で何度か記述を見たことがある程度の知識だけれど、古代ではいち仕事場に一台ぐらいの普及率だったみたいだよ。用途は主に力仕事だね」
「へえ……あの見た目で、力仕事が得意なんですね」
深紅はゴーレムに興味津々のようだ。
きっと、彼女にはあのゴーレムがお人形のように見えているのだろう。
そう、壁に埋まるようにして保管されているゴーレムの姿は、リッチのイメージと違って――
手のひらサイズの、かわいらしいヒトガタの物体だったのだ。
「過去の死霊術士たちにとっては、死体運びのための人足だったみたいだね。だからてっきり、巨人族みたいなものを想像していたんだけれど……」
「想像と違ってるのに、ゴーレムだってわかるんですか?」
「ゴーレムの頭上をごらん。あそこに、古代文字で『ゴーレム』って書いてあるんだよ」
「な、なるほど……古代文字まで読めるんですね……」
「死霊術の資料には古い時代のものが少なくないからね。古代文字を読めないと研究ができないんだ。……うーん。まあ、とりあえず持って帰ってみようかなあ」
「アレに研究の手伝いをさせるんですよね?」
「情報通り『頭のいい雑用係』として使えればね。単純な作業だったら、すでにヒラゴーストたちがいるし。まあでも、ゴーレムの起動方法なんか知らないしな……ん?」
リッチは壁に埋め込まれたゴーレムに近付いていく。
そして、その土色の、ほっそりした長い手足を、クリッとした目を、細い顎を、髪の毛を模した長い、なんらかの用途があるのだろうパーツをまじまじとながめ――
「これ、肉だ」
「え?」
「昔なにかで『石と土でできた下僕』っていう記述を見たから、てっきり無機物かと思ったけど、これ、原材料が生き物の肉と骨だね」
「ひ、ひと目見てわかるんですか? ……土色ですけど……」
「触ったらよくわかると思うよ。触ってみる?」
「い、いえ、その……肉、なんですよね?」
「古代の肉だね」
「ちょっと……」
「そう? 人肉ゴーレムとかなかなか触る機会ないから、貴重な体験だよ?」
「人肉!?」
「ごらん、ヒトの皮が張ってある」
「うえええ……な、なんでわかるんですか……?」
「『目』は養ったよね? 魂を見るための、眼力」
「は、はい」
「ヒトを材料にした製品には、死後もかすかに魂や霊体の痕跡が残るとされているんだ。蘇生の時にヒトだけは『蘇生を受け入れますか?』という説得フェイズが入るんだけど、ここからもわかるように、死霊術において『ヒトの命』と『それ以外の命』では、ちょっと扱いが違う。まあ、君たちはヒトの命を潤沢に使える素晴らしい環境にいるので、『それ以外の命』を見る経験も乏しいし、知らなかっただろうけど」
「……命を潤沢に」
「でもホムンクルス大量殺害しただろう? その時に、ヒトとの違いがわからなかった?」
「あの、ヒトの命で実験したことないですけど……」
「君たちに憑依術を教えただろう? ホムンクルスに憑依した際、魂の抜けた自分の霊体、肉体と、ホムンクルスの霊体、肉体を見比べる機会があったはずだ」
「す、すいません……そんなにじっくりは見てませんでした」
「そうか。なら、今度じっくり見てみるといい。ヒトの命はね、なんていうか、他の命に比べてねばっこいんだ」
「……ねばっこい」
「このへんは、リッチが勝手に表現してるだけだから、君には君の感じ方があると思う。なにぶん死霊術士が少なくて、体系化できないけれど……」
「と、とにかく違うんですね」
「そうだよ。観察は今度おこなってね。……まあとにかく、あのゴーレムはどうにもリッチの領分のようだね。便利かどうかはともかく、回収の必要はあった。よかったよかった」
リッチはうなずきながら、壁に埋まったゴーレムに手を伸ばす。
そして、壁から力尽くで引っこ抜いた。
ベリベリベリッ! という、肉から皮を無理矢理はぐような音がした。
「先生! 乱暴!」
「だって引っこ抜くための手順が周辺に見当たらないんだもの。説明を近くに書いてない、ノットユーザーフレンドリーなゴーレム制作者が悪いよ」
「だ、だからって……」
「まあ、このゴーレムはたしかに死霊術の領分かもしれないけれど、リッチの目指す死霊術の深奥とは方向性が違うし、これで壊れてたらそれでもいいかなとは思ってるよ」
「ええええ……」
「リッチはあくまでも『はるか昔に死んだ者の魂との対話』をゴール地点に設定しているからね。君たちもおのおのの研究テーマを見つけるんだよ」
言いながら、リッチはゴーレムをマントの中にしまいこむ。
手のひらに乗ってしまうような、お人形サイズのそれは、すっぽりとマントの中(にある内ポケット。アリスが縫ってくれた)におさまった。
「じゃあ帰ろうか。道々蘇生させていくけど、せっかくだし、君もやってみない?」
「え、なにをですか?」
「死者蘇生。いい機会だよ?」
「そんな手軽にすすめていいものなんですか!?」
「まあ、死霊術的には基本だし。こんなに死体がたくさんある環境、今を逃したらいつ経験できるかわからない。ちょうどいいし、やりなよ」
「失敗したら?」
「どういう意味?」
「……いえ、その、命ですよね? 失敗したら、命が消えるじゃないですか」
「そりゃあそうでしょう。でもね、失敗を恐れていては、研究に進歩はなく、技術は研鑽されないんだよ。大事なのは失敗を恐れることじゃない。挑戦を恐れないことだ」
「でも、命ですよ?」
「死霊術なんだから、挑戦には命がかかるし、失敗すれば命が消える。でもね、大事な話をするから、よく聞いてね」
「なんでしょう……?」
「失敗しても、君の命は消えない」
「……」
「少し気持ちが軽くなっただろう?」
深紅が顔を真っ青にして、それから吐いた。
リッチは吐瀉する生徒を目にして、首をかしげる。
おかしい。
ここは安心して胸をなでおろすところのはずなのに。
やはりリッチには、若者の気持ちがよくわからない……
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