勇者パーティーを追い出された死霊魔術師はリッチになって魔王軍で大好きな研究ライフを送る

稲荷竜

13話 急に話し相手の知能レベルが上がって「ファッ!?」ってなる回

 死霊術士の家は王都からだいぶ外れた場所にあった。

 いつ見てもオンボロのあばら屋だ。
 穴の空いた壁などには油紙がのり付けされているだけで、しかも粘着力が弱まっているのか、風が吹くたびピラピラとなびく。
 おまけに妙な瘴気が屋根から空へ細く吹き上がっているので、誰も近付こうとさえしない。

 国家公認の勇者パーティーの一員といえばもっといい家に住んでいそうなイメージだけれど、死霊術士はもらったお金をすぐに研究費用にあててしまうので、身の回りのことに使うお金はないのだった。


「素敵な家ね」


 勇者ッチと一緒に家に来た女王ランツァは、あながちお世辞とも言えない様子で述べた。
 彼女は青い瞳をキラキラ輝かせて、朽ち果てた薄っぺらい木材だけの扉とか、庭に突き立てられた無数の墓石だとか、敷地の端っこに無造作に積み上げられた謎の巨大ガラクタだとかを見ている。


「勇者思うんだけど、中は物が多いし、女王は入口で待っていたほうがいいよ」
「あ、見て! ドアが勝手に開いたわ! 入ってみましょう!」
「……ちょっとお。勇者の話は聞くべきだと思います」


 二人で死霊術士宅を探険することになる。
 家の中で色々なものを見るたび、女王ランツァはいちいち興味を示した。

 勇者ッチはいちいち説明していく。
 説明は好きだから。


「あの頭蓋骨はなに?」
「あれは魂の保管庫だよ。通常、魂っていうのは肉体が滅ぶと一日ももたずに冥界に行ってしまうんだけれど、あの保管庫なら、理論上、多少の時間、冥界行きを先送りできるんだ。まだ人族などの高度知性体の魂で試したことはないんだけれどね」
「どうして?」
「みんながうるさいんだよ。死霊術の研究は倫理に反するとかで」
「へえ。勇者は死霊術にも詳しいのね」
「勇者だからな」


「あの石板はなに?」
「あれは古い時代の魔導書なんだ。正しくは『粘土板』だね。今でこそ紙が作られ、出回っていて、あまつさえ魔導板タブレットなんかもある便利な世の中だけど、昔はそういうものがなかったから、情報の保存は、ああして粘土板に刻み込んでおこなうか、さもなくば口伝だったんだよ。特に死霊術は長いあいだ表立って研究されてこなかった学問だから、粘土板みたいな古いものも参照しないといけないんだ」
「勇者は歴史にも詳しいのね!」
「勇者だからな」


「死霊術っていうのは死者を蘇らせることができるのよね?」
「そうだよ。でも、あんまり昔に死んだ人とかは無理かな。さっきも言ったけれど、魂っていうのは肉体が死んでから一日ほどで冥界に行ってしまうし、肉体のほうだって腐って土に還るということは、君だって知っているだろう?」
「ええ。……その『冥界』っていう場所から魂を呼び戻すことはできないの?」
「いい着眼点だ。リッ……勇者の仲間だった死霊術士が主に研究していたのはまさにそのあたりで、『冥界と古くより呼ばれている、魂の行き着く死者の国は、実際はどのようなものなのか?』『また、冥界に行った魂を現世に呼び戻すことはできないのか?』というものなんだ。そして、それらを解き明かすことで『はるか昔に死んだ者の魂から、太古の知識を得られないか?』という疑問を解消しようとしているんだよ」
「それで、死霊術士さんはそのあたり、わかったの?」
「研究のための費用が足りなくて勇者パーティーに所属していたら、今度は時間が足りなくて研究にならなかったんだよ」
「まあ、そうなの……死んだ人が蘇ってくれたら、楽しいと思うのに、残念だわ」
「楽しいと思うの?」
「ええ。だって、人類も、死んでしまったお父様やお母様にもう一度会えたら楽しいと思うわ! 同じようなことを思っている人は、少なくないはずよ!」
「勇者もそう思います。……でもね、この国の宗教だと、それは『いけないこと』なんだ。だから死霊術の研究者はあまりいないし、いても隠れ潜んでいるんだよ。そういった死霊術を修める者たちに元気を与えられればっていうのもあって、死霊術士は勇者パーティーなんていう目立つ場所での活動を決意したのだけれど……同志は現れなかったんだ」
「かわいそう……」
「死霊術の活躍は地味だからね。やっぱり英雄は『苦境を覆す者』なんだとリッ……勇者は考えます。苦境を覆せばそれが吟遊詩人の歌になり、世界を廻って、『英雄』と呼ばれるようになる」
「そうね。英雄の歌は、だいたいすごい状況を覆しているわ」
「ところが死霊術を使うと、『一瞬で倒せる』か『倒せない』かの二択だから、苦戦っていうものがないんだ。苦戦する状況は、すなわち勝てない状況だから、撤退するしね。まあ、そういった合理的判断が軍部にはやたら不評で、死霊術士は臆病者呼ばわりされたりしたんだけれど」
「勝てない勝負をやめただけなのよね? どうして軍部はその人のことを悪く言うのかしら?」
「軍部はどうにも『勝てなくても気合いだ』みたいな人が多いんだ。宗教だと『命は大事に』みたいに言われているのに、その宗教を信仰している軍部は『命懸けで戦う俺カッコイイ』と思っているようで、リッチにはよくわかりませんでした。でも勉強にはなったから、今は気を付けてなるべく苦戦に見えるようにして戦っているよ」
「リッチ?」
「勇者だよ」


 二人は会話をしながら死霊術士の家を回っていく。
 それは当初の予定より長い探険だったけれど、楽しい時間でもあった。
 家の周囲で警戒にあたっている近衛兵の人たちには退屈な時間を過ごさせてしまったかもしれない。

 勇者ッチは必要そうな資料や道具をなるべく削りながら見繕っていくが、『最低限必要』という判定の資料類だけでも、かなり膨大な量になってしまった。

 これを前線に持って行って、魔族に引き渡す――だなんて、どう考えてもばれるだろう。
 勇者内通! とか思われるだけだから、勇者の体を捨てたらいいだけなのだけれど、まだ勇者の肉には利用価値があるので捨てたくない。

 資料は人族の領地で読んで魂をリッチの体に戻せばいいにしても、道具については細々持って行き、戦場でさりげなく落としてあとから回収するか?
 そんなふうに、ボロボロの我が家の前で勇者ッチが考えていると――


「ねえ、勇者、あなた本物?」


 あまりにも唐突な問いかけで、勇者ッチは言葉に詰まった。
 女王ランツァがずいっと体を近付けてくる。


「今日の勇者は、すごくおかしかったわ」
「……戦場で頭を打って記憶が混濁しているのです」
「死霊術の記憶以外失ったって言いたいの? 都合のいい記憶混濁ね」


 どうやら魔王領でアホの相手ばかりしていたツケを支払わされている気がした。
 女王ランツァ、頭がいい。


「今日のあなたは、親切すぎたわ」
「……勇者が親切? 今まで勇者は親切じゃないものだったの?」
「人類が興味を示して『あれなあに?』って聞いた時、勇者がいつもどう言ってたか知って――ううん。覚えて・・・る?」
「……聞かれたら、説明をするものでは?」
「違うわ。『君が知る必要はないよ』って言うのよ」
「……」
「勇者は優しいし、頼りになるし、顔もいいけど……でもね、なんだか、冷たいの」
「今日の勇者もそんなに温かいつもりはないよ」
「だってあなた、人類の質問にいちいち答えてくれたじゃない。普段の勇者ならめんどうくさがって答えてくれないのに」
「それは――疑問を持つのはいいことだと、勇者は考えているから。そして、疑問は疑問に感じているあいだに応じられないと、その知的好奇心は冷めてしまうものなんだ。もちろん『なんでも聞く』のはいいことじゃない。でも、新しい分野に触れた初期段階で、抱いた疑問にすぐさま答えが返ってくる経験は、得がたい快感だと思う。――後年の歩む道が決まるぐらいにね」
「勇者っぽくない意見ね。学者さんみたい」
「……」
「ねえ、『わたしの勇者』……また、色々、わたし・・・に教えてくれる?」
「勇者が勇者じゃないかもしれない、という疑念は放置したままでいいの?」
「疑念なんか抱いてないわ。だってあなたは絶対に違うもの」
「……」
「あ、ごめんなさい。脅迫してるわけじゃないの。ただ、こうやって、わたしはなんにでも興味を示すから、それに付き合ってくれる人がいなくて……作法とか政治とかは、先生がいるのだけれどね。だから、その……嬉しかったの。お話ができて。あなたはそれとも、イヤイヤ説明をしていたの?」
「ううん。勇者も楽しかったよ。みんな勇者の言葉をさえぎるから、説明できる機会はなかなかないんだよ」
「じゃあ、わたしたち、二人とも楽しかったのね。……だから、また、楽しい時間を過ごさない?」
「死霊術、やってみる?」
「やっていいの?」
「世間は絶対『ダメ』って言うよ。神殿とかからも、ものすごい反発されるよ。戦場では臆病者扱いで、人族の領地では居場所なんかないよ」
「あなたはどう思うか聞いてるの!」
「勇者は素晴らしい学問だと思っているよ」
「じゃあ、こっそり教えて」
「わかった」
「約束よ。……みんなには、内緒でね」
「言えないよ。言ったら勇者の評判が落ちて、この体を使う意味がなくなってしまうもの」
「あなたがたとえ『何』でも――わたしはあなたと、死霊術を学ぶから」
「俺のしている行為がどれほどおぞましいものでも?」
「おぞましくても、わたしが出会った優しい人は、あなただけだもの。……帰りましょう。勇者がついていても、これ以上の外出はさすがに怒られてしまうわ。人類はこれでも女王だからね」
「勇者も勇者だから勇者らしいことしないといけない」


 二人はこっそりほほえみあって、帰路に就く。

 舗装もされていない道を歩む二人の影が、夕刻の赤い光の中で長く長く伸びていた。
 人のカタチには見えないほど、細く、長く。

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