オフィスの書類庫で書類整理をしていたら突然暗闇になり非日常が始まった

ghame

4/日】33.チロ視点▶︎おめかししたネコが可愛くて

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 急に入った川内会長の訪問は少し重たいものだったので、自宅だったがキチンとしたスーツを選んだ
 我が家で着られている服は先祖代々贔屓にしているベテランの職人がサイズを測り仕立てているものだ。会社に着て行くスーツは今時の生地とデザインを職人が研究して仕立てくれていて、仕立て上がったものが定期的に届く。職人は歳は取っているが腕は衰えず、新しいデザインへの探究心も持つそんな人がオレの生まれるずっと前から我が家の服を仕立ている。
 その中で今日の来客への敬意も込めて3ピースを選んだ

 着替えが済んで祖父の待つ屋敷へ行くと、祖父も来客へのマナーとして床屋を呼んで髪を整えていた
 この床屋も、創業当初から付き合っている。当時は髪にお金など掛ける余裕も無く、社員とその家族は健康診断でも受けるように月一で皆んなまとめて切ってもらっていたそうだ

「富一郎もついでに少し短くしておいたらどうかな?」

「はい。今日は少しキチンとしてもらいたいな」

 こちらの髪切職人も仕立て屋同様、天性の感で腕前が良く、雑誌から髪型の解体図を読み、動画で研究をして客の髪質や生え際を頭の中で立体映像に出来て同じ髪型を作る
 日本の職人技は、毎度思うが恐れ入る
 そしてオレのカラーやパーマは、表参道に店を構える息子が担当していて、こちらには学生時代には自ら足を運んでいた。 彼らは親子で技術を共有して高め合うと言う祖父が理想とする姿なんだとよく聞かされた

 
 来客とも一通り話が落ち着くと、その内容からオレの気分はモヤっと重くなり、庭の緑を見ながら真っ直ぐ廊下に出て外の空気を吸った

 すると右手から赤い色が近づいて来るのを感じて視線を流した

ーーこれはまた、艶やかな

 待ちかねていたネコが祖母と連れ合い廊下を進んで来る。

 先程赤く見えていたのはネコの着る和服だった
会話に熱中しているネコはオレにはまだ気が付かない

ーー近くて見たい
 和服姿のネコは、その紅が顔に移り、いつもに増してその白い肌の感触を視覚からも魅せて来る
 触れた事のあるふっくらとしたその肌は、オレの指に溶け込みたいと言わんばかりに吸い付いて来る
 そしてその髪は、2人だけの静かな空間で優しくサラサラと流れる音を聴かせてくれる
 
ーーああっ
 ムラっとするから、もう辞めよう

 先に祖母がオレに気が付き、その視線を追って一度オレを見たネコは、何故かすぐに視線を庭先へと送らせた。紅の色が移るネコの顔を見たいと言うのに、顔が見えない

 余裕のないオレは大股で近づき、部屋へ入る祖母と一目だけしてすれ違うと、祖母の口元がほころんだ。 それを目尻に、祖母の腹の内も読み取りつつ庭先を見るネコの正面に回り込み、顔を近づけた

 ネコは和服の色が移るだけでなく、自らも頬に赤みを放っている

ーーもうっ、この人は、、
 何にこんなに頬を染めているんだ?

 唇まで赤みを帯びて、ぷくりと腫れている

ーーこの唇は、オレに触れて欲しくて待っているのか?

 軽く唇を合わせ感触を確かめると、薄く残るネコのグロスがオレの唇へ軽く張り付き、接した肌が吸着する

ーーこの感触は、男をダメにする

「ネコ?オレにも見せてくれないかな?」

 大きな黒い瞳は恥じらいを映し、ゆっくりとオレに視点を合わせて来る

「たまらないな?そんな顔されたら、オレ誤解してしまうよ?」

「…………」

 モジッと、なって無言のままだ
視線なんて合わせてくれたのは一瞬で、また瞳は伏せる

ーーネコ?
 オレの為に着てくれたのか?
 
 こんなに照れたネコを見るのは初めてだ
たまらなくなる

「綺麗だよ?いつも以上にね?」

ーーそんな思いしてまで、和服姿を見せてくれてありがとう
 オレ1人にこんなに照れてちゃ、テーブル席でもっと見られるけど、ネコ大丈夫かな?

「また言った!いつも以上ってのは、いつも綺麗って意味だよ?わかってる?」

ーーいつものネコだ!

 ホッとした
   
ーーそれで良い

「…………」
 
  それから数秒ネコの蒸気立った頬から、言葉を発し閉じかける唇、眉が動く様子を目で楽しんだ

 そんなオレの視線をネコは真っ直ぐ受け止め、微かに移動するオレの瞳を目が追い、動かなくなった

「わかってる」

 見つめ合った瞳は、軽く見開かれて
褒められる事に慣れていない事をオレにバレてしまう

 オレの目の前で、一気に顔が熱を持ち赤くなるのがよく見える

「いつも綺麗だし、可愛いし、素敵な女性だと思ってるよ?」

ーーオレの本音は、褒められる事に慣れていないネコを戸惑わせてしまうらしい。
 毎度その黒い瞳からは戸惑いの光が読み取れる

「えっ?ありがとう」

「どういたしまして!」

「赤い着物、ネコに似合ってるね?」

「ありがとう」

「髪に飾った簪も、艶々な髪に馴染んでて良い」

オレの指は艶々な髪に手を伸ばして触れていた

「ありがと。チロ?もう良いよ、言葉責めはくすぐったいから」

「ほっぺに移る赤い色も、褒めたいんだけど」

「もう、そんなに続くんだったら見ないで!」

ーー照れる顔を見るのは楽しいけど、そろそろ勘弁してやるか?

「お腹空かない?」

「空いたかも」



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あの日は木曜日だった。
 国分にある鹿児島空港から羽田空港に到着したのは昼過ぎ、川内会長からの依頼で極秘任務があった。
 東京本社の人にはバレてはいけないので、経理の退社する時間、そして防犯上限られた時間内に書類倉庫へ忍び込む必要があった。スーツなら、ビアホールへの客に紛れて潜入は可能だ。もし地下の廊下で見付かってもビアホールの客を装えば良い。

 しかし、予定外にも倉庫へ入って来た者がいた。
ドアの鍵穴を回す音がすると素早く書類を戻し、看板の裏に身を潜めた。物音はこちらに近づいて来て、ソファーの横にカバンを置いたようだ。
 看板の裏に隠れるオレには全く気が付いていない様子だ。ホッと胸を撫で下ろした
 暫くはじっと何者かの物音を聞いて、それが部屋から出て行くのを待った。やがて物音は止まり、5分程経過した。物音は動かないので、様子を見る事にした。
 顔を出し、確認して驚いた
 
ーー ーー ーー ーー

 会長からの依頼と言うのは鹿児島本社の在庫が度々減っている事だ。経理上減価償却費の枠内の事で、スルーされてはいるが会社としてはこの枠内である所も不信で管理を強化してみたと言う。
 それでわかったことは社長が鹿児島に居る時に発生している事だ。

 この話をする川内会長の表情は苦痛に歪み痛々しかった。実の息子の犯している不正、これをオレの手で暴く事となった。
 引き継ぎ、念の為東京本社も調べる依頼があり、今こうして書類倉庫へ忍び込んだのだ
 今見た限りでは東京では行われていない。

 川内会長は、この事をどう整理するおつもりなのだろうか?公にしなければ終わる話だ。この後については、オレが立ち入って良い領域ではない。

 そして、今夜詳細を聞くために川内会長は時間を作って我が家に訪れた。そこには、相談役として祖父も同席して事情を聞いた
 やはり長く経営者をやっていると、似たようなケースは多々ある。しかし、今回は社長だ、会社を導いて行く立場にありながら犯した罪は重い

「わたしはね、川内くん。その金を何に使ったのか、金が必要だった理由をまずは聞くべきだと思う」

「会長、しかし」

「理由がね、川内くんが許せる範囲の遊びなら、一度くらいは許してもバチはあたらんと思うよ?」

「わたしには許せる気はしませんが」

「じゃあ、警察に突き出すのか?」

「そこまでは」

「許された者は、時としてその足枷が効果を発揮する場合がある。嫌、足枷はむしろ有ると大成するケースが多い。こう考えたらどうでしょう?過ちと、深い後悔、反省は全て経営者が学んでおいた方が良いとは思いませんか?今回多くを学ぶ機会にするのは、川内くん?君の腕でもありますね」

「おっしゃる通りでごさいますね」

「わたしたち老ぼれがいなくなっても、企業は存続して行く。富一郎に弱みを握られた今、奴も悪い事はできんだろう」

「信じてみては、どうかな?そしてね、同じ様に未来で家が間違いを犯した時も、正してはくれないか?」

「わははは。会長は、未来を見ていらしたんですね。承知いたしました。過ちは、正し合って参りましょう」

「富一郎、これでまたお前の影での存在が大きくなるな。お前が道を誤ると、大変な借りが出来るから気をつけるんだぞ?」

「蒲田会長、肝に銘じておきます」

「蒲田会長、蒲田くん。息子を頼む、わたしも信じてみます。しかし、2度目があれば解雇いたします」

ーー川内会長は、覚悟をされておいでなんだ。
実の息子を捌くのはお辛い事だろう

「川内くん、一度社長を連れて来なさい。キツくお灸を据えておきましょう」

「それは、是非ともよろしくお願い致します」

 話が終わると、ネコに挨拶だけして帰ると言い川内会長はお待ちになった
 その時、追加でイカや白身の魚を3つほど握ってもらい、祖父は卵を食べながら思い出話へと和やかな空気に変えてくれた

 オレはそれと同時に、ネコが来る事を心待ちにして、外の空気を吸いに廊下へ出た

 


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