オフィスの書類庫で書類整理をしていたら突然暗闇になり非日常が始まった

ghame

1/土】8.同期が副業のコスプレ中に来店した土曜日

翌日の土曜日
 私は週1回だけの18時〜1時の大皿料理店のアルバイトに来ていた。
 ここは遺書を書いた後にすぐ電話してバイトを始めたので今日で5回目となり1ヶ月の新米だ。

 時給が1400円と高い為、倍率は高かったはずだ。なので週にたった1回希望の私が採用されたのは驚いた。そこで理由を聞いてみると、団体予約の入り易い土曜勤務である事、それに電車通勤でないので終電を気にせず残業がいくらでも可能だと言う事を高く買ってくれたそうだ。その評価は想像以上のもので「交通費が要らないなら」と他のアルバイトより100円も時給が高い1500円の時給にしてくれた。
 そうなると1日7時間入る計算でも日給が10500円で、月に42000円の臨時収入になる。ゴクリ美味し過ぎる。

 一つ、気になるのは制服だ。黒一色でフレアーワンピなトコはシンプルで清楚だと思う。でもその丈が短い所で、普段は出さない膝小僧が出るので冷房でスースーして落ち着かない。
 それに、エプロンがフリフリで可愛らしい事だ。私の髪型がサラサラなボブである事もオーナーに気に入られて、30歳だと言うのに純白で極太のヘアバンドをエプロンと共布で用意されて、うなじの辺りからはそのフリフリなリボンが長く垂れ下がり、歩く度にヒラヒラとはためく。

「大丈夫、大学生に見えるよ!」
 オーナーなんて、そんな適当な事を言って来る
 かなり愛らしいスタイルに仕上がってしまっていて、知り合いには見られたくない。しかし、これが時給1500円をゲットするプロのスタイルなのだ、きっと。

ーー金の為に私は頑張る

 若作りの為に、唇にはグロスをひき、マスカラも塗る

 今日も5時から入っていた早番の学生アルバイトがヒラヒラとリボンをはためかせながら10時に帰り、30分くらいして客足も減り私の仕事は、いも焼酎をキープしたお客様から氷と水のお代わりを注文された時のみ運ぶだけとなっていた。
 こんな間延びした時間に大衆的なこの店には場違いな、身なりの良い青年が1人来店して来た。
 顔は私の立ち位置からは整った顎のラインだけしか見えない。
 彼は真夏だと言うのに袖の長い薄手でベージュのニットを着ていて、形の良いネイビーのスラックスを履いている。スマートな所作と遠目で見てもわかるほどのかなりの美男子だ。この四ツ谷を地元としているタレントは結構いて、たまに来店していると他のスタッフから聞くので彼もそうなのかも知れない。

 おしぼりを保温Boxから出して、湯呑みに入ったほうじ茶をお盆に乗せ来客用セットが出来ると、注文端末をヒラヒラした小さめの白いエプロンのポケットに入れて、入り口側のカウンターへ腰掛けた美男子の元へ向かった。

「いらっしゃいませ ︎」

 メニューに目を通していた美男子がこちらをチラッと見た時、私の心臓が止まった
 それは、彼が息を呑む程の美青年であった事もあるが、知り合いだったからだ。

「おっ!ネコ、何やってんだ?生活苦か?」

 ニンマリやらしい笑をこちらに見せる美青年は、私の最後の同期、蒲田富一郎だ。

「チロ?どうしたの?鹿児島営業所じゃなかった!?」

 ーーもう仰天だ!会社の人が私のアルバイト先に来る事など想定外だったので、ビックリ以外の言葉は無い。
 土曜の休みの日に誰が好き好んで平日に毎日通う会社付近で食事などするものか、と、そう踏んでいたが誤算だった。ここ新宿は深夜アルバイトは沢山募集がある、でも自宅から近いアルバイトなど早々無いので即決した店だったというのに、よりによって、、

「明日からボルネオ出張だから、1日早く東京入りして実家に顔を出して来た。会社にも用事があったから今行って来た帰りだよ」

ーーそう言う事か、、。
 チロはサバ州の手編みの籠を輸入する担当だったもんね。この籠がウチの会社で買い取られ様になってから、貧しい村々に現金収入が入る様になって村に学校が出来たり餓死する子供が減りボランティア推進企業として会社のイメージをダダ上がりさせた。あれはチロ戦略だった

「ネコ、コスプレ似合ってんじゃん」

 そう言われて自分の今の姿を思い出した

「ありがと」

ーームムム、こいつ面白がってんな、、
 チッ。まさかの同期、一番見られたく無かった人の上位である事は間違い無い。
 久々に会えたのは正直嬉しい。ただ、それが別の場所だったらの場合だ。会社の人にアルバイトをしている事がバレるのは気不味過ぎる
 こいつを口止め出来るかな、、?

「生活苦か?」

 第一声でも聞かれてシカトしたつもりの痛いトコをまたつかれた。2度聞かれるとさすがにスルー出来ない。

「一人暮らしなんだから、生活苦に決まってんでしょ?!」

 私の実家は、電車を乗り継いで行けば30分程度の都内文京区の白山という場所にあり、自宅から歩いて行ける距離に後楽園がある。
 30歳になってからの私は、実家に帰るには辛い時期真っ只中で、足が遠のき、そのせいで食費も浮かせず、貧しくなり下がった。
 始めは休日出勤だとか、何かと理由を付けて避けていたが、次第に週末に帰れない言い訳も無くなった。それで今、生活費の足しになり、実家に帰れない口実にもなるアルバイトを始めたわけだ。
 更に、このアルバイトは賄いが何でも100円で食べられて、売れ残りがめぐんで貰えるので家計が大助かりしている。

「とりあえず生ビール」
メニューを見ながらチロが注文をした

 そんな彼は髪型に金をかけているのか、自然だけどプロにセットしてもらった感がある所が気になる

「かしこまりました」

  私の返事に、チロは驚いた顔で私の顔を見ると目を白黒させた。

「かしこまり、ました?!おー。なんかネコのご主人さまになった気分で気持ち良いな」

 チロにバレたと言うだけで残念だと言うのに、この人は、、

ーー私は気分が悪いです。
 チロがもう2度と来ませんように、、

 私は祈った

 それからチロは、本日の刺身3店盛り、アスパラベーコン、冷やしトマトを注文した。
 私のオススメを聞いて来たので唐揚げを進めると2つ注文して2切れだけ今食べるからお皿に盛って、他は持ち帰り様にパックして欲しいと言われ、出来上がりを袋に入れてカウンターへ乗せた

「この生姜ニンニクダレが染みた唐揚げは、ご飯が進むから大好きなのよ」

 思わず解説を入れると、チロは笑って賛同してくれた

「こりゃ美味いな。ご飯にもビールにも合う!」

  品良く端正な顔立ちの口元が横に長く伸びて、ホッコリする良い笑顔だった

ーーチロの笑顔、こんなだったな懐かしい

 チロからの注文が来る以外の私は、ウエイター定置となる店内が見渡せる中央に待機していると、そこから見えるチロは、厨房にいるオーナーとチーフとの話が弾んでいるようで、終始楽しそうにしている。
 11時前に来店したチロは12時半頃になると、客が引いたところでオーナーとチーフ、そして私に生ビールを進めて一杯ずつご馳走してくれたので4人で乾杯してから私も飲んだ。仕事中にアルコールを飲む事は無かったので、クラクラして頭がフワフワで、それからの仕事は良い気分で出来た

 閉店間際には酔いも回り和やかな雰囲気で、オーナーが進めて来る厚焼き卵や、肉団子、スモークダック、明太春雨などなど全てをお持ち帰り用として嬉しそうに購入してくれたので出来上がる度に私は袋に詰めてカウンターへ届けた
 最後の会計は、驚きの2万20円。ボトルをキープした訳でも無いのに居酒屋で一人で飲み食いした金額にはとても思えない額だ。普通は高くついてもせいぜい8000円止まりの店でこの金額を出すとは恐れ入った。当店最高額の日本酒八海山を何杯も呑んだせいだろう。
 1時になり閉店時間にレジ閉めをしていると、チロは私を自宅まで送り届けると言い、「店の外で待っている」と言い残すと表へ出て行った
 私はトイレで手早く着てきたインド綿の白いキャミワンピに着替えると、サンダルに履き替えて姿見を覗き込んだ。
 ボブの髪に一応櫛を通してから、リップを塗り直して唇は艶々にしておいた。ツンと尖った鼻と、少し吊り目の二重の目元は黒目がちで30には見えない幼さがある。胸元は、ボリュームがある方で、それ以外も肉付きは良い方なので158センチで53キロと流行りの体型とはかけ離れている為に今時の細身のファッションには縁が無い。

 トイレで着替えを済ますと優しいオーナーが「日曜日は定休日だから、余ったご飯でおにぎりを作っておいたよ、明日食べな」と、梅干し入りのおにぎりを2つ持たせてくれた。
 受け取りながら口では「ありがとうございます」とは言ったが、チロの事が気になっていた

ーー本当に待っててくれてるのかな?

 半分疑いながら表へ出ると、河童坂下立体交差点の宙に浮いたように続く外苑東通りの路上に、姿勢良く立つ青年が目に止まった。
 四つの谷から出来たと言われる凸凹な地形のこの四ツ谷は、遠近感がおかしくなるような景色が多く、のっぺらぼうや、小岩さんの昔話も生まれている通り、人間を少しおかしくする独特な空気が漂っている。

 そんなデタラメな道の上に立つ美しい若者は、夜の闇に浮かび黄泉の国から来た者の様な妖艶さを讃えていた。暫く見惚れてしまってしまった私はハッと我に帰り、この土地の空気に呑まれない様に気持ちを入れ替え深呼吸をする。
 
ーー店の入り口から表に出た時の空気がすごく好きだ。この店は地形の関係で、辺りを一望出来るのでほんとに気持ちが良い。

 仕事帰りに他人が待っていてくれるのは初めての事でワクワクする自分が居た。しかもそれが楽しかった時代の残像が残るチロである事が嬉しくて、足取りも軽く薄ら笑みを浮かべて待つ彼へ向かってゆっくりと歩いた

ーーチロ、なんかホッとする人だな

 

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