羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
12章:外堀の埋まる音がする(2)
明日になれば先輩に会える。そんな金曜の夕方、突然、社内で
「柊みゆさん」
とフルネームで声をかけられた。
ふと振り返ると、目の前に見慣れた人。
鯉の世話係(代理)の、眞城さんだった。
「……眞城さん? どうしてここに」
「一緒に来ていただけませんか」
「でも……仕事中ですし」
「仕事以上に大事なことです」
「……はい?」
そう言われて訳の分からないまま、ずるずると引き摺られるようにエレベータに乗せられ、眞城さんは最上階のボタンを押した。
「さ、最上階?」
「社長がお呼びです」
「しゃっ 」
え、なに。怖い!
突然社長に呼ばれるとかある 何かヘマした…… ……とかではなくて、間違いなく、先輩関連の話のような気がした。社長は先輩の父親だから。
きっとそうだ。やけに大きな緊張感が全身に走る。
「申し遅れましたが、私は社長の第三秘書をしております」
「……秘書だったんですか」
「以前から一樹さんと健人さんのお世話も」
「そうだったんですね……」
そんな世間話してもまったく緊張は解けない。
エレベータがどんどん上に上がっていく中、私は泣きそうな顔でそこにいた。
「社長は怖い人ではないので、大丈夫ですよ」
振り返って私の顔を見た眞城さんが、優しげな声で言う。
と言われても、平社員の平平凡凡な人間が社長に会うというだけで、随分、大それたことだ。しかも付き合っている男性の父。
あ、今、私、服装大丈夫だろうか。
こんなことなら(私が持っている中で)一番高いスーツ着てくるんだった……。
降り立ったフロアは、私だけなら絶対こないフロアだ。
役員フロアはカーペットまで他のフロアと違う、ということをその日初めて知った。
役員フロアは手前から、秘書室、副社長室、役員室、社長室が並んでいた。秘書室以外すべて重厚なドアがつけられている。
眞城さんが長い廊下を歩いていき、私はそれに続く。そして眞城さんは、社長室のドアをノックした。
どうぞ、と中から先輩の声と少し似ている低い声が聞こえ、私はその瞬間、背筋がピンと伸び、心臓の音が速くなった。たぶん私がもう少しビビりなら漏らしていただろう。寸でのところで抑えている自分をほめてやりたい。
しかし、こちらの緊張とは裏腹に、出迎えてくれたのは、先輩に目元がよく似ている60代前半くらいの男性だった。
似てる……。どうやら、先輩は父親に似たようだ。それを見て、少しほっとしている自分がいた。
社長は立ち上がると、
「すみません、直接こちらからうかがうべきところを」
と頭を下げ、「私は、健人の父の鳳信人です」と手を差し出した。
私が、
「総務部、柊みゆと申します」
とその手を握ると、社長は微笑む。
「健人とは高校時代からのお知り合いだそうですね?」
「……あ、はい」
おかけください、と応接椅子に座らされた。座ってみると、社長室の椅子はふかふかすぎて落ち着かなかった。しかも目の前には先輩の父で、社長。
―――一体、何だこの状況は……。
社長は間を置くと、
「健人との結婚は、前向きに検討していただいているのでしょうか?」
と突然そんなことを言う。
「え……それは、その、結婚には反対とか、そのような話しでしょうか」
私はここに呼ばれた原因について、なんとなくそう思っていた。
こんな平社員と、大グループの会長の孫。そして社長の息子と結婚するのに誰が賛成などするものか、と。
しかし返ってきたのは、意外な返事だった。
「いや、賛成です。できればいますぐにでも結婚してほしいくらいに」
「賛成 」
驚きすぎて立ち上がりそうになる。立ち上がれなかったのは椅子がふかふか過ぎたのもあった。
(っていうか、なんで? どうして賛成 )
結婚するとまだ決まってなくても、付き合ってることすら絶対反対されるものと思ってた。
なのに社長はきょとんとした様子で、
「何故そんなに驚かれるんですか」
と言う。
「いや、あの……私と健人さんとでは釣り合わないと思っていましたから」
私は言葉を選んで言う。それは誰が見ても明らかだ。うちのボロ屋を見れば、もっとその気持ちが濃くなるだろう。
それを聞いて社長は少し考えると、
「それは家柄とか……そのような面で、と言う事でしょうか」
「そうです」
「確かに、一樹は真中グループのご令嬢との縁談が進んでいますが」
「……そうなんですね」
副社長は政略結婚を控えているらしい。
私は思わず納得してしまった。真中グループも大きな食品系のグループ企業だ。それは、お互いの会社にメリットの大きな結婚だろう。
「そして、健人も、本来であれば、そのような家柄の方と結婚してほしかった」
社長は言う。
そうですよね、と言おうとして、社長の言葉が、過去形であることに気づいた。
「……欲しかったって」
「でも、そうも言っていられなくなったのです」
「それはどういったことですか」
私が言うと、社長は少し考えてから私の目をまっすぐ見た。
その凛とした目に引き込まれそうになる。
そのとき、意を決したように社長は口を開いた。
「兄の一樹は昔の病気が原因で、子どもがもうけられないんです」
「え……」
それに驚いて後ろにいた眞城さんを見ると、眞城さんも頷く。
「だから健人は、結婚となると、鳳凰グループの後継ぎを生んでもらうことになる」
「柊みゆさん」
とフルネームで声をかけられた。
ふと振り返ると、目の前に見慣れた人。
鯉の世話係(代理)の、眞城さんだった。
「……眞城さん? どうしてここに」
「一緒に来ていただけませんか」
「でも……仕事中ですし」
「仕事以上に大事なことです」
「……はい?」
そう言われて訳の分からないまま、ずるずると引き摺られるようにエレベータに乗せられ、眞城さんは最上階のボタンを押した。
「さ、最上階?」
「社長がお呼びです」
「しゃっ 」
え、なに。怖い!
突然社長に呼ばれるとかある 何かヘマした…… ……とかではなくて、間違いなく、先輩関連の話のような気がした。社長は先輩の父親だから。
きっとそうだ。やけに大きな緊張感が全身に走る。
「申し遅れましたが、私は社長の第三秘書をしております」
「……秘書だったんですか」
「以前から一樹さんと健人さんのお世話も」
「そうだったんですね……」
そんな世間話してもまったく緊張は解けない。
エレベータがどんどん上に上がっていく中、私は泣きそうな顔でそこにいた。
「社長は怖い人ではないので、大丈夫ですよ」
振り返って私の顔を見た眞城さんが、優しげな声で言う。
と言われても、平社員の平平凡凡な人間が社長に会うというだけで、随分、大それたことだ。しかも付き合っている男性の父。
あ、今、私、服装大丈夫だろうか。
こんなことなら(私が持っている中で)一番高いスーツ着てくるんだった……。
降り立ったフロアは、私だけなら絶対こないフロアだ。
役員フロアはカーペットまで他のフロアと違う、ということをその日初めて知った。
役員フロアは手前から、秘書室、副社長室、役員室、社長室が並んでいた。秘書室以外すべて重厚なドアがつけられている。
眞城さんが長い廊下を歩いていき、私はそれに続く。そして眞城さんは、社長室のドアをノックした。
どうぞ、と中から先輩の声と少し似ている低い声が聞こえ、私はその瞬間、背筋がピンと伸び、心臓の音が速くなった。たぶん私がもう少しビビりなら漏らしていただろう。寸でのところで抑えている自分をほめてやりたい。
しかし、こちらの緊張とは裏腹に、出迎えてくれたのは、先輩に目元がよく似ている60代前半くらいの男性だった。
似てる……。どうやら、先輩は父親に似たようだ。それを見て、少しほっとしている自分がいた。
社長は立ち上がると、
「すみません、直接こちらからうかがうべきところを」
と頭を下げ、「私は、健人の父の鳳信人です」と手を差し出した。
私が、
「総務部、柊みゆと申します」
とその手を握ると、社長は微笑む。
「健人とは高校時代からのお知り合いだそうですね?」
「……あ、はい」
おかけください、と応接椅子に座らされた。座ってみると、社長室の椅子はふかふかすぎて落ち着かなかった。しかも目の前には先輩の父で、社長。
―――一体、何だこの状況は……。
社長は間を置くと、
「健人との結婚は、前向きに検討していただいているのでしょうか?」
と突然そんなことを言う。
「え……それは、その、結婚には反対とか、そのような話しでしょうか」
私はここに呼ばれた原因について、なんとなくそう思っていた。
こんな平社員と、大グループの会長の孫。そして社長の息子と結婚するのに誰が賛成などするものか、と。
しかし返ってきたのは、意外な返事だった。
「いや、賛成です。できればいますぐにでも結婚してほしいくらいに」
「賛成 」
驚きすぎて立ち上がりそうになる。立ち上がれなかったのは椅子がふかふか過ぎたのもあった。
(っていうか、なんで? どうして賛成 )
結婚するとまだ決まってなくても、付き合ってることすら絶対反対されるものと思ってた。
なのに社長はきょとんとした様子で、
「何故そんなに驚かれるんですか」
と言う。
「いや、あの……私と健人さんとでは釣り合わないと思っていましたから」
私は言葉を選んで言う。それは誰が見ても明らかだ。うちのボロ屋を見れば、もっとその気持ちが濃くなるだろう。
それを聞いて社長は少し考えると、
「それは家柄とか……そのような面で、と言う事でしょうか」
「そうです」
「確かに、一樹は真中グループのご令嬢との縁談が進んでいますが」
「……そうなんですね」
副社長は政略結婚を控えているらしい。
私は思わず納得してしまった。真中グループも大きな食品系のグループ企業だ。それは、お互いの会社にメリットの大きな結婚だろう。
「そして、健人も、本来であれば、そのような家柄の方と結婚してほしかった」
社長は言う。
そうですよね、と言おうとして、社長の言葉が、過去形であることに気づいた。
「……欲しかったって」
「でも、そうも言っていられなくなったのです」
「それはどういったことですか」
私が言うと、社長は少し考えてから私の目をまっすぐ見た。
その凛とした目に引き込まれそうになる。
そのとき、意を決したように社長は口を開いた。
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