羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

11章:もしかして先輩の愛は重いのかもしれない(2)

 その日会社にいてもずっと落ち着かなかった。

 まず思い出すべき大事なことは、今日の下着の色だ。イエロー? ぎりぎりセーフだ。いや、なんでそんなこと先に考えてんだ!

 もう完全に先輩に毒されている……。先輩はそういう事するなんて言ってない。でも、絶対そういう事になるってわかる。

 色々考えをめぐらし一日を終えた時には、ぐったりしていた。もう完全に社会人失格だ。これまで仕事一筋って感じではなったけど、でも、仕事は普通にまじめにやってきた。なのに今の自分はどうだ。先輩といると根幹から揺らぎそうで怖い。あれだけ先輩にばらすなと言っておいて、いつか自分のせいで周りにバレるのではないかと冷や冷やする。

 すでにぐったり疲れていて、正直家に帰りたくなっていた。あの少し抜けているが、非常に人畜無害な父が恋しくなってきたのだ。どうやら私はちょっぴりファザコンらしい。

 そしてそんなことを考えながら社屋を出たとき、そこにいた、『ものすっごい』ご機嫌な先輩の顔を見て、本能的に逃げたくなったのだった。





―――私の本能はばかにできない。

 ぼんやりと私は、先輩の家のベッドの上で、そんなことを思っていた。

「今……何曜ですか」
「日曜かな」
「……にちよう」

 そう、気付いたら日曜の朝だったのだ。
 いや、タイムスリップしたのではない。この2日の記憶は嫌と言うほど私の脳裏に刻まれてしまったし、なんなら身体にだって刻まれ、物理的にはおかしいくらい身体中シルシがつけられている。それを見るだけで泣けてくる。


―――みゆが疑う余地もないくらい、分からせてあげたくなっちゃった。


 あの意味を今、身をもって知って、ゾクリと身体が冷える。
 怖い。羽柴先輩、怖い。私は、今、もうまったく、先輩が誰かとこういう事になるとか疑っていないし、すっかり毒気を抜かれた気分だった。

 そして思った。私は普通のお付き合いがしたい。

 ってそもそも普通のお付き合いもしたことないけど、少なくとも、金曜の夜に会ってそのまま先輩の家のベッドの上に連れ込まれて、日曜の朝まで、水分と軽い食事以外ずっとそういう事をしているのは、発情期の猫にだってなかなかないだろう。

 お願いだから、1週間に1度、一晩で2回まで、とか回数制限をしてくれないか。最悪一週間に2回でもいい。その場合一晩で1回でお願いしたい。
いや違う。本音を言えば、1か月で1度、1回まででいい!


 それを頼むのは恥ずかしいけど、でも言わないとたぶんいつか私はこんな訳の分からない恥ずかしい理由で死ぬことになる……。私はなんだか先輩が憎らしくなって先輩の顔を睨んだ。

 なのに先輩は嬉しそうな顔で目を細めると、私の髪を愛おしそうに撫で、
「ちょっとは慣れてきた?」
と聞いたのだった。

「は  な、慣れるはずないでしょう!」
「そう? じゃ、もっとして慣れないとねぇ」

 そのとんでもない内容に、ひ、と思わず声が出る。

「そう言う意味じゃない!」
 もう泣きながら枯れた声で叫ぶと、先輩は困ったように笑って、


「ごめんって。からかっただけ」
とふざけたことを言う。
 その内容は冗談には思えない。すでに身体が冗談とは認識できていないので、即刻やめていただきたい。


 私は泣きながら、
「謝るくらいなら最初から言わないでください!」
と言うと、シーツを身体に巻き付け、もうやだ。帰る、と叫んだ。

「うん、分かってる。夕方送るからね」
「やだ。今すぐ! 寝たいもん。ゆっくりしたいもん!」
「ここでゆっくりすればいいじゃん」
「落ち着かない! 先輩ヘンなことばっかするし!」
「ヘンじゃないでしょ。みゆの全部愛したいだけで」
「あぁ! もう! ああいえばこう言う!」

(もう一体何なんだ!)

 なのに完全に怒り心頭の私を先輩は大事そうに抱きしめる。
 そして腕の力を強めると、

「みゆ、わかった? 俺がみゆのことだけ愛してるってこと」

と耳元で聞いた。その低くて熱っぽい声に反応して、いちいち身体が熱くなる。
 なにこれ、パブロフの犬か。怖い。羽柴先輩怖い。


「わ、分かりたくないけど、わかりました!」
「うん、いいこだね」

 そう言って頭を撫でられる。その手のぬくもりに一瞬絆されそうになった。
 ナニコレ、子ども扱い? むっとして見上げると、また楽しそうに笑われる。

 いちいち、そんなに嬉しそうにしないでよ。
 許してしまいそうになる。

 いや、でも、絶対に許してはいけない。これ流されてこのままこんなことが続いたら確実に死亡案件だ。

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