羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
7章:誓言(4)
結局その日はそのまま送ってもらって、家に入ると、ちょうど父が仕事に出るところだった。
羽柴先輩は父の前に行くと、まっすぐ頭を下げ、
「娘さんを一晩お借りしてしまい、申し訳ありませんでした」
と言う。
ちょ、ちょっと待って、なにそれ。
なんだかそれはそれですっごく恥ずかしいんだけど……。
私が困っていると、
「羽柴先生と一緒なら安心だと思ってるから」
父はそんなことを言って笑う。
安心じゃない。全然安心じゃない。
そう言いたいけど、昨夜のこともあってそう言えない。
私はまたいたたまれなくなって、もう部屋に行くから、とその場を後にした。
そのとき、羽柴先輩が、みゆ、と声をかけてくる。
振り向かずに、なんですか、と冷たく答えた。
「明日、予定ある?」
「明日は日曜なので一日家です! 洗濯も掃除もしたいし!」
「そう」
そのまま私は部屋への廊下を歩く。
でも、やっぱりまだ変な動きになっていて、それを隠すために懸命に堪えて歩いた。
やだ、なんでこうなるの……? やっぱり恥ずかしくて泣きそう。
次の日、もうこれからどうするか考えるのも嫌になって、ぼんやり家事をしていると、玄関チャイムが鳴った。
なんとなく嫌な予感がしつつも、父も出勤していたので、私はしぶしぶ玄関に出る。
宅配の可能性もある。父の趣味はネットショッピングなのだ。
玄関扉を開けると、先輩と、そしてその後ろには大きな荷物を抱えた男の人、そして他にも数人の作業着の男性が立っていた。
これは予想外だ。完全に予想外だった。
「な、なんですか……!」
私が驚いて叫ぶと、先輩はにこりと笑い、
「せっかく池があっても水もなくて残念に思ってたんだよね。だから紅白と金の錦鯉を20匹ほど見繕ってきた。みゆへのプレゼント。あ、もちろん鯉の世話役もつけるね。工事もあるし、庭にはいらせてもらうよ」
と言うと、男の人たちにお願いをして、そのまま男の人たちは何やら庭の工事をし始める。
ちょ、ちょっと待って!
昨日はじめての朝を迎えて、次の日家にやってきたと思ったら、庭の工事はじめるの!? 鯉20匹って何? そもそもさっき鯉の世話役って言った 鯉に世話役っているの? なに どういう事
混乱して、
「おおおおおお父さんにも言ってないのに!」
と小学生じみたことを言ってしまう。
「もちろん許可もらっておいたよ。昨日」
「勝手に!」
(お父さん、聞いてないよ )
そういえば、今日の朝、父は半笑いで家を出て行った。……このことか!
私は頭を抱える。先輩とこれからどう接していいのか分からない、と思っていたけど、そんなこと吹っ飛んでいた。
先輩の言動はすべて意味不明だ! しかも父までこのノリにストップをかけてくれてない。最低だ。最低最悪だ。
それに、先輩のプレゼントってどこかおかしい。ダイヤの指輪は突き返したし、カードキーは秘密裏にそっと置いてきたけど、まさか次のプレゼントが池と鯉(と世話役)って……。
なんていうか、先輩って、ちょっと金銭感覚もおかしい気がする。そりゃ先輩なら弁護士としても活躍しているだろうけど、それもここ数年の話のはずだ。
あんな高級そうなマンションに住んで、こんなプレゼントをさらっと渡そうとしてくる先輩の正体が不思議で仕方ない。
「こんなハタ迷惑な贈り物は、人生で初めてです」
私が怒ると、先輩は嬉しそうに笑う。
「こっちでもみゆのハジメテの人になれて光栄だなぁ」
「わぁ……! 日本語が通じないのも初めてです」
「ごめんね、もう少し上手な愛の伝え方を勉強してくるよ」
「先輩、脳になに詰めてるんですか。真綿か何かですか」
「みゆへの愛だよ。もっと詳しく知りたいなら、いくらでもベッドの上で教えるけど?」
う……! と言葉に詰まる。そういうこと急にぶっこんで来ないで。心臓止まるわ。
「金曜の夜はみゆのハジメテもらえて嬉しくってさ。あれからみゆのことばっかり考えてたんだよ」
「もう、あの日のことは言わないでくださいよ。忘れようとしてたのに!」
その時、先輩の手が私の唇を撫でる。
「絶対に忘れちゃだめだよ」
どきりとして固まると、そのまま先輩の顔が近づいてくる。キスだ、と思って、私はその顔を思いっきり、ぐい、と押して反対方向へ向けた。
「白昼堂々セクハラしないでください! 訴えますよ!」
「その場合、もちろん俺がみゆの弁護をするけど、俺が相手っていったいどうすればいいか悩んじゃうね?」
「とりあえず、あの鯉を返品してきてください」
「また俺の愛を全身で受け取ってくれるなら」
「イヤです。ってか、そんなもの受け取りません!」
「でも、一昨日の夜は受け取ってくれたよね?」
耳元でささやかないでっ!
思わず耳を手でふさぐ。同時に、金曜の夜のことを思い出して、顔が真っ赤になるのを感じた。
「う、受け取ってません!」
「うそ」
「もし! もしも、受け取っていたとしてもクーリングオフ期間です!」
「商品を開封、使用した場合は、クーリングオフできないよ?」
「先輩は商品ですか!」
「現金で3千円以下の取引の場合でもクーリングオフできないし」
「先輩、3千円以下の価値なんですか 」
「自分の意思で出向いた場合もダメだしね」
「……それは!」
私は言葉に詰まる。確かにあの日、私は自分から先輩の家に行った。
っていうか、いくら頑張っても口で先輩には勝てない!
泣きそうになっていると、先輩はぐいっと私の腕をつかんで、自分に引き寄せ抱きしめた。
驚いて身体を離そうとしたけど、まったく離してくれない。
数分後、先輩がやっと腕を緩めてくれて、身体を離そうとすると、
それをゆるさないというように、私の顎に手をかけ、自分の方を向かせる。
そしてまっすぐ私の目を捉えると、
「もうああいう関係になった以上、返品不可だよ。俺はみゆを離さない、離す気もない。みゆのこと一生愛するから。だから、俺の愛を正面からきちんと受け取って」
有無を言わさない声。
その声に、目に、もう十分すぎるほど、ヒシヒシと先輩の愛は伝わってくる。
私は、身体を重ねたら何か変わると思った。
確かに。確かに変わったけど……。
これはちょっと私が思っていた方向とは違った。
羽柴先輩は父の前に行くと、まっすぐ頭を下げ、
「娘さんを一晩お借りしてしまい、申し訳ありませんでした」
と言う。
ちょ、ちょっと待って、なにそれ。
なんだかそれはそれですっごく恥ずかしいんだけど……。
私が困っていると、
「羽柴先生と一緒なら安心だと思ってるから」
父はそんなことを言って笑う。
安心じゃない。全然安心じゃない。
そう言いたいけど、昨夜のこともあってそう言えない。
私はまたいたたまれなくなって、もう部屋に行くから、とその場を後にした。
そのとき、羽柴先輩が、みゆ、と声をかけてくる。
振り向かずに、なんですか、と冷たく答えた。
「明日、予定ある?」
「明日は日曜なので一日家です! 洗濯も掃除もしたいし!」
「そう」
そのまま私は部屋への廊下を歩く。
でも、やっぱりまだ変な動きになっていて、それを隠すために懸命に堪えて歩いた。
やだ、なんでこうなるの……? やっぱり恥ずかしくて泣きそう。
次の日、もうこれからどうするか考えるのも嫌になって、ぼんやり家事をしていると、玄関チャイムが鳴った。
なんとなく嫌な予感がしつつも、父も出勤していたので、私はしぶしぶ玄関に出る。
宅配の可能性もある。父の趣味はネットショッピングなのだ。
玄関扉を開けると、先輩と、そしてその後ろには大きな荷物を抱えた男の人、そして他にも数人の作業着の男性が立っていた。
これは予想外だ。完全に予想外だった。
「な、なんですか……!」
私が驚いて叫ぶと、先輩はにこりと笑い、
「せっかく池があっても水もなくて残念に思ってたんだよね。だから紅白と金の錦鯉を20匹ほど見繕ってきた。みゆへのプレゼント。あ、もちろん鯉の世話役もつけるね。工事もあるし、庭にはいらせてもらうよ」
と言うと、男の人たちにお願いをして、そのまま男の人たちは何やら庭の工事をし始める。
ちょ、ちょっと待って!
昨日はじめての朝を迎えて、次の日家にやってきたと思ったら、庭の工事はじめるの!? 鯉20匹って何? そもそもさっき鯉の世話役って言った 鯉に世話役っているの? なに どういう事
混乱して、
「おおおおおお父さんにも言ってないのに!」
と小学生じみたことを言ってしまう。
「もちろん許可もらっておいたよ。昨日」
「勝手に!」
(お父さん、聞いてないよ )
そういえば、今日の朝、父は半笑いで家を出て行った。……このことか!
私は頭を抱える。先輩とこれからどう接していいのか分からない、と思っていたけど、そんなこと吹っ飛んでいた。
先輩の言動はすべて意味不明だ! しかも父までこのノリにストップをかけてくれてない。最低だ。最低最悪だ。
それに、先輩のプレゼントってどこかおかしい。ダイヤの指輪は突き返したし、カードキーは秘密裏にそっと置いてきたけど、まさか次のプレゼントが池と鯉(と世話役)って……。
なんていうか、先輩って、ちょっと金銭感覚もおかしい気がする。そりゃ先輩なら弁護士としても活躍しているだろうけど、それもここ数年の話のはずだ。
あんな高級そうなマンションに住んで、こんなプレゼントをさらっと渡そうとしてくる先輩の正体が不思議で仕方ない。
「こんなハタ迷惑な贈り物は、人生で初めてです」
私が怒ると、先輩は嬉しそうに笑う。
「こっちでもみゆのハジメテの人になれて光栄だなぁ」
「わぁ……! 日本語が通じないのも初めてです」
「ごめんね、もう少し上手な愛の伝え方を勉強してくるよ」
「先輩、脳になに詰めてるんですか。真綿か何かですか」
「みゆへの愛だよ。もっと詳しく知りたいなら、いくらでもベッドの上で教えるけど?」
う……! と言葉に詰まる。そういうこと急にぶっこんで来ないで。心臓止まるわ。
「金曜の夜はみゆのハジメテもらえて嬉しくってさ。あれからみゆのことばっかり考えてたんだよ」
「もう、あの日のことは言わないでくださいよ。忘れようとしてたのに!」
その時、先輩の手が私の唇を撫でる。
「絶対に忘れちゃだめだよ」
どきりとして固まると、そのまま先輩の顔が近づいてくる。キスだ、と思って、私はその顔を思いっきり、ぐい、と押して反対方向へ向けた。
「白昼堂々セクハラしないでください! 訴えますよ!」
「その場合、もちろん俺がみゆの弁護をするけど、俺が相手っていったいどうすればいいか悩んじゃうね?」
「とりあえず、あの鯉を返品してきてください」
「また俺の愛を全身で受け取ってくれるなら」
「イヤです。ってか、そんなもの受け取りません!」
「でも、一昨日の夜は受け取ってくれたよね?」
耳元でささやかないでっ!
思わず耳を手でふさぐ。同時に、金曜の夜のことを思い出して、顔が真っ赤になるのを感じた。
「う、受け取ってません!」
「うそ」
「もし! もしも、受け取っていたとしてもクーリングオフ期間です!」
「商品を開封、使用した場合は、クーリングオフできないよ?」
「先輩は商品ですか!」
「現金で3千円以下の取引の場合でもクーリングオフできないし」
「先輩、3千円以下の価値なんですか 」
「自分の意思で出向いた場合もダメだしね」
「……それは!」
私は言葉に詰まる。確かにあの日、私は自分から先輩の家に行った。
っていうか、いくら頑張っても口で先輩には勝てない!
泣きそうになっていると、先輩はぐいっと私の腕をつかんで、自分に引き寄せ抱きしめた。
驚いて身体を離そうとしたけど、まったく離してくれない。
数分後、先輩がやっと腕を緩めてくれて、身体を離そうとすると、
それをゆるさないというように、私の顎に手をかけ、自分の方を向かせる。
そしてまっすぐ私の目を捉えると、
「もうああいう関係になった以上、返品不可だよ。俺はみゆを離さない、離す気もない。みゆのこと一生愛するから。だから、俺の愛を正面からきちんと受け取って」
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