羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

5章:その手のぬくもり(3)

 それからママのことや、最近の仕事のことを話しながら映画館に向かっていた。
 映画館が近くなった時、まだ少し時間があるからカフェでもはいろうか、と父がいい、私は頷く。
 
 その時、突然、黒い服を着た男の人が私の隣をすごい速さで走っていった。その人に似つかわしくないバッグを持って……。
 そのあと、はっきり聞き取れなかったが、泥棒、と叫んだような女性の声が聞こえた。瞬間、父は走り出す。

「みゆ、待ってて!」
「あ、うん……」

 父の足は速かった。普段、家でゆっくりしているところしか見ないので、私にとっては驚きでしかない。私の足は父に似たのだろうか。さらに、路地裏に入った男を父は追いかけていって見えなくなった。

 その時、私は急に父が心配になってきた。
 もし刺されたりしたら、もし父に何かあったら……。

 待ってて、と言われたけど、なんとなく私も走り出していた。少し行った先に交番がある。そこに駆け込むと、事情を説明して警官に一緒に来てもらった。

 すると、先ほど父の入っていった路地裏で、父は男を確保していたのだ。


 父は私と警察官を見ると、
「手錠なかったんだよね。助かった」
と笑う。そのまま、男は警官に引き渡された。


 父が私のところに歩いてくる。
「みゆ?」
「まだ、ドキドキしてる……」
「心配させたね。今までこういうのできるだけ見せないようにしてたのに、ごめん」
「パパまで……いなくなっちゃうかと思った」
「大丈夫だよ、みゆ」
 そう言われて頭を撫でられると、余計になんだか子供じみた感情が沸き起こってきて、涙が流れた。

「ごめ……子どもみたいに、こんな」
「えっと、そうだな。甘いものでも、飲む?」

 父はそう言うと、私を連れてカフェに入り、席に座らせると、本当に甘そうなイチゴのクリームラテを二つ、店員さんに頼んだ。

「イチゴのクリームラテって……甘そう」
「はは、甘いものは脳を正常に動かすんだよ」
「そうなの?」
 うそっぽいなぁ、と思って笑うと、父も安心したように笑った。

 そしてやけに甘いクリームラテがきて、それを二人で飲む。

「でも、ごめん。非番とはいえ、逮捕しちゃったから、このまま色々手続きとかありそうで、みゆが落ち着いたら行くね」
と、父は申し訳なさそうに言った。

 本当だったらさっき一緒に行っていなくちゃいけなかったんだろう。
 私は自分のことが恥ずかしくなった。いつまでも私は子どものままだ。

「あ……うん、ごめん。もう大丈夫。映画は一人で見に行くから」
 私は恥ずかしくて、目をそらしながら言うと、父は苦笑して、

「……わかった。でも、入場ぎりぎりまでここで待ってくれないかな?」
「別にいいけど」
「ありがと。じゃ、みゆはゆっくり飲んでいきなよ」

 そう言って、先に飲み終えると会計を済ませて店を出ていった。


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