羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
5章:その手のぬくもり(2)
―――次の土曜。私と父は母のお墓の前にいた。
もともと先祖代々のお墓もあったが、父が自宅から一番近い墓地に母のお墓を作った。
いつでもママに話しかけに行けるようにって……。
私たちはいつも通りお墓をきれいにして、花を手向け、線香をあげた。
私は手を合わせて、ママに話しかける。
「ママ……」
ねぇ、ママはなんでお父さんと結婚したの? なにか運命じみたことを感じたの?
でもさ、少なくとも、『自分にしか反応しない』なんて変な理由じゃなかったんでしょう?
そう問うてもママはもう答えてくれない。
顔を上げると、父はまだお墓に向かって手を合わせていて、たくさん何か話しかけているのだろうと思った。
私の記憶では、父と母はとても仲が良かった。
母が亡くなった時、父は見ていられないほど、悲しみ辛そうにしていたのは印象に残っている。
「……もう20年か」
父は顔を上げてつぶやく。
母が亡くなったのは私が8歳の時。
私が高校に入るくらいまではアルバムを見ながらできるだけ鮮明に思い出していたのだけど、高校生くらいからどんどん写真を見てもぼんやりとしかママのことを思い出せなくなってきていた。最近は、ママの声も鮮明じゃない。
「どんどんママとの思い出が薄くなってきている気がして……怖い」
「ママはそれでいいと思ってるんじゃないかな」
父は意外なことを言う。
「え?」
「過去にとらわれてずっと動けないでいるより、みゆが自分の行きたい方に動いて、好きな人とか、大事なものに囲まれて、もっと大事な思い出をたくさん作ってさ……ママのこと少しずつ鮮明に思い出せなくなっていったとしても……ママはそれがいいって思ってるんじゃないかな。だって全部忘れるわけじゃないんだし」
「……そう、かな」
確かに他のことはいろいろ忘れてきているのに、一つだけ最近やけに思い出すことがある。
普段は、私をはさんでママとパパが手をつないでいたのだけど、その日は確か、パパがママの横にいて、ママと手をつないでた。その時の、恥ずかしくも嬉しそうなママの笑顔だけは最近よく鮮明に思い出すのだ。
「そうだよ。ママは昔から優しかったしなぁ。過去より、今、周りにいる人を大事にしてほしいんじゃないかな」
父はそんなことを言った。「それに、パパがきちんとママのことは鮮明に覚えてるから。大丈夫だよ」
「……うん」
私はふと思う。私はこんな風に、ずっと自分を思ってくれる相手ができるのかな……。
その時思い浮かんだのが、なぜか羽柴先輩の顔だった。
「あのさ……」
「ん?」
「お父さんは……ママ以外は考えたことないの? あれからずいぶん経ってるから私はもう再婚とかもいいと思うけど……」
私が告げると父は考え込んだ。
「うーん、一時期はね、みゆに母親がいた方がやっぱりいいのかなぁって思ったことはあったんだけど……」
「そんなこと考えてたんだ」
「……でも、なんていうかね、僕が、ママ以外にダメなんだよね」
父はそんなことを言う。私はそれが意外で父を見上げた。父は続ける。
「もしかしたら将来は分からないけど。でも今はまだ、ママ以外、他の女性に女性としての魅力を感じないんだ」
「……それって魅力的な女性がいても、……身体が反応しないってこと?」
父は慌てように吹き出す。
「な、何言いだすの!」
「ご、ごめん……変なこと聞いて……」
「こっちこそごめん。みゆももう大人だもんな。……ちゃんと答えるね。さすがに僕もこれでも男だし、そりゃ、目の前で色気のある女性に裸にでもなられたら、反応はするんじゃないかな」
「……」
(反応は?)
そう思ったとき、父はふっと笑った。
「でも、きっと愛し合いたい、とは、思わないよ」
私はそれを聞いて、私にはきっと難しいだろうけど、父と母みたいな結婚ならしてみたいなって思っていた。
もともと先祖代々のお墓もあったが、父が自宅から一番近い墓地に母のお墓を作った。
いつでもママに話しかけに行けるようにって……。
私たちはいつも通りお墓をきれいにして、花を手向け、線香をあげた。
私は手を合わせて、ママに話しかける。
「ママ……」
ねぇ、ママはなんでお父さんと結婚したの? なにか運命じみたことを感じたの?
でもさ、少なくとも、『自分にしか反応しない』なんて変な理由じゃなかったんでしょう?
そう問うてもママはもう答えてくれない。
顔を上げると、父はまだお墓に向かって手を合わせていて、たくさん何か話しかけているのだろうと思った。
私の記憶では、父と母はとても仲が良かった。
母が亡くなった時、父は見ていられないほど、悲しみ辛そうにしていたのは印象に残っている。
「……もう20年か」
父は顔を上げてつぶやく。
母が亡くなったのは私が8歳の時。
私が高校に入るくらいまではアルバムを見ながらできるだけ鮮明に思い出していたのだけど、高校生くらいからどんどん写真を見てもぼんやりとしかママのことを思い出せなくなってきていた。最近は、ママの声も鮮明じゃない。
「どんどんママとの思い出が薄くなってきている気がして……怖い」
「ママはそれでいいと思ってるんじゃないかな」
父は意外なことを言う。
「え?」
「過去にとらわれてずっと動けないでいるより、みゆが自分の行きたい方に動いて、好きな人とか、大事なものに囲まれて、もっと大事な思い出をたくさん作ってさ……ママのこと少しずつ鮮明に思い出せなくなっていったとしても……ママはそれがいいって思ってるんじゃないかな。だって全部忘れるわけじゃないんだし」
「……そう、かな」
確かに他のことはいろいろ忘れてきているのに、一つだけ最近やけに思い出すことがある。
普段は、私をはさんでママとパパが手をつないでいたのだけど、その日は確か、パパがママの横にいて、ママと手をつないでた。その時の、恥ずかしくも嬉しそうなママの笑顔だけは最近よく鮮明に思い出すのだ。
「そうだよ。ママは昔から優しかったしなぁ。過去より、今、周りにいる人を大事にしてほしいんじゃないかな」
父はそんなことを言った。「それに、パパがきちんとママのことは鮮明に覚えてるから。大丈夫だよ」
「……うん」
私はふと思う。私はこんな風に、ずっと自分を思ってくれる相手ができるのかな……。
その時思い浮かんだのが、なぜか羽柴先輩の顔だった。
「あのさ……」
「ん?」
「お父さんは……ママ以外は考えたことないの? あれからずいぶん経ってるから私はもう再婚とかもいいと思うけど……」
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「うーん、一時期はね、みゆに母親がいた方がやっぱりいいのかなぁって思ったことはあったんだけど……」
「そんなこと考えてたんだ」
「……でも、なんていうかね、僕が、ママ以外にダメなんだよね」
父はそんなことを言う。私はそれが意外で父を見上げた。父は続ける。
「もしかしたら将来は分からないけど。でも今はまだ、ママ以外、他の女性に女性としての魅力を感じないんだ」
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「……」
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