羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい

4章:あの事件ととんでもない告白(2)

「みゆ?」
 先輩の声が聞こえて、目を開けると、大人の先輩が目の前にいた。

 あ、そうか。あれから、タクシーでまた自宅に送ってくれたんだ。
 今日はなんだか、自宅までタクシーで行ったり来たりしている気がする。

「あ、ありがとうございました。ウトウトしちゃって……。それに、結局またタクシーで送ってもらって……先輩疲れてるって言ってたのに」
「あんなの嘘だよ」

 先輩ははっきり言う。

「え……」
「運転手さん、申し訳ありません。少し待ってていただけますか?」
 先輩はそうタクシーの運転手さんに告げると、私を連れてタクシーを降りる。

 
「家、変わってないね。高校時代みたい。ま、あの頃は徒歩だったけど」
「……」

 その声に、思わず押し黙ってしまった。
 先輩もまだ、覚えてたんだ……。私はずっと覚えてた。さっきも夢に見た。これまでも思い出さない日はなかった。

「指輪はうちに置いとくよ。その代わりにこれ」

 そう言われて掌にカードを渡される。
「カード?」
「うちのマンションのカードキー」
 そう言われて、慌ててそのカードキーを先輩に突き返す。

「いいいいいいいりません!」
「まぁ、そう言わずに。倉庫とでも思ってくれたらいいから」
「あんな大きな倉庫も、高級な倉庫も、必要ありませんから!」

(この人、ホント何考えてんの )


 その時、
「みゆ?」
と私を呼ぶ声が聞こえて、振り返ると、父がそこに立っていた。


 私は驚いて、
「お父さん! 泊まり勤務じゃ……」
「このあたりで捜査があってな、ついでに少し寄ったんだけど……」
 私と父になんとなく決まずい空気が流れる。

 しかも私はこれまで、彼氏はおろか、男友達と一緒にいるところも見られたことなかったのだ。まぁ、そもそもそういう相手もいなかったからだけど。


 そう思ったとき、父は、
「あれ、羽柴先生。いつもみゆがお世話になってます」
と笑った。

「な、なんで知って……」
「ん? 羽柴先生はパパの仕事の関係で、先生が弁護士になった頃から関りがあるよ。それに昔、みゆと同じ高校で陸上部の先輩だっただろ? よく送ってもらってたじゃん」
「なんで知ってんの!」

 ちょっと待った、色々整理させてください!

 そういえば、羽柴先生って弁護士だった! そして会社から、父の勤める警視庁も、羽柴先生の法律事務所も近かった! 確かに、二人が知り合いでも変じゃないけど……!
 でも、父がなんで高校時代のことまで…… 

 私が顔を青くしていると、父は苦笑して、
「みゆ、そういうこと知られるの、昔からすごく嫌がるじゃん。だから言わないでいたんだよ」
と言う。

 すごく嫌がるって……確かにそうだけど。


 父は、一息つくと、
「羽柴先生、よければうちに入っていって」
と軽く言った。えぇ……それはやだ、と思っていると、先輩は笑って手を横に振った。

「いえ、もう失礼します。タクシーも待たしているので」
「そう、残念だな。またきてね」
と勝手なことを言う。

 でも、私は心底ほっとしていた。
 いろいろ今、頭の中が整理できていない。



 羽柴先輩がタクシーに乗り込むとき、
「あ、先輩、タクシー代」
とお金を渡そうとすると、羽柴先輩は私の手を引っ張って、自分の方に寄せる。

 そして、耳元に唇を近づけると、
「みゆ、今日、かわいかった」
と言ったのだった。

 先ほどの出来事が頭を回る。キスされて、私は先輩のスーツを掴んでて。
 ドクン、と胸が鳴って、顔も熱くなって、私は思わず腰をずざっと引く。

「なっ……な……!!」

(なんだよ――――! この心臓に悪い人は!)

 言葉にならない言葉が口から出る。先輩はそんな私を見ると、じゃ、またね、と言ってタクシーを出発させた。


「どうした? みゆ」
 父が言う。ありがたいことに、父には聞こえていなかったらしい。

 いえ、なんでもない、と返して、家に入ろうとしたとき、

「……ってこれ」
 持っていたカバンの中に、見慣れない、いや、一度だけ目にしたものが入っていた。

 そう、それは、先ほど見た先輩のマンションのカードキーだったのだ。

「またこんなの置いていきやがったーーーー!」

 口が悪くなったのは私だけのせいではない。
 って言うか、先輩、どんだけ手先が器用なんだ!



 泣きそうな顔でタクシーが行った先を見つめていると、父が隣に来ていた。

「みゆはその……どう思ってるの? 羽柴先生のこと」
「どうもこうも、別にどうとも思ってない! マジシャンに転職すればとは思ってるけど!」

 父は困った様子で頭を掻いて、息を吐く。

「……でも彼はもう十分、大人だと思うけどな」
 父がつぶやいた言葉は、私の耳には届いていなかった。

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