羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
4章:あの事件ととんでもない告白(1)
********************
―――私が高校一年だった時。
「つぎー! 羽柴―!」
陸上部の先生の声が響いて、私は顔を上げずにその声を聞く。
羽柴とは、羽柴健人先輩のこと。
私の二個上で高校三年生の陸上部の先輩で、陸上部の部長だ。
同じクラスで、部活も一緒の友人が私の肩を叩いた。
「ねぇ、みゆ! 羽柴先輩が走るよ!」
「あぁ、うん」
できるだけ興味なさそうに返事をしてストレッチをやめて立ち上がる。すると女の先輩の目線がチラリと私の方を向いた。
もうすでに、現時点で、私に対する風当たりは強い。
それは、私が中学からもともと陸上部に所属していて、他の人より少し足が速いってことと、そして、もう一つ大きな要因は、みんなの王子様と帰り道が一緒ってことだ……。
でもとにかく、これ以上、みんなに嫌われたくない。特に女の子に。
そんなこと別にいい、と言う人もいるかもしれない。でも、私には、この小さなコミュニティが何より大事で……。
クラスの友達、部活の先輩・後輩、そんな人間関係が何より大事だった。
私には母親がいない。父も忙しくて、いつも時間を持て余していた。その分、なんだか、そういう一つひとつの小さなコミュニティでいられる平凡な毎日を、心の底から大切にしていたのだ。
みんなの王子様は、良くも悪くも、みんなの王子様。
私は手出しをするつもりは一切ない。
顔を上げると、周りには、陸上部に『先輩目当てで入ってきた』部員たち、そして、部員ではない女子の目線と歓声が場を埋め尽くしていた。
「相変わらず、すごい歓声だなぁ……」
そう呟いて周りを見渡す。私は誰にも気づかれないように小さなため息をついた。
なのに部活の帰り道になると、最後の曲がり角から、羽柴先輩と二人きり。
私は先輩と歩いているといつも落ち着かなかった。距離をとるために離れて歩いていても狭い歩道の中では限界がある。
「地区までタイム抜けたの3年ばっかだよ。まさか1年のみゆが抜けるとは驚いたな」
先輩は笑いながら言った。
当たり前だよ、もともと私は先輩目当てで入ったんじゃないもん。
私はできるだけ低い声で、
「走るのだけは昔から得意なので」
と答える。優しく答えて、周りに誤解を受けても大変だからいつでも口調は冷たくなった。
なのに、先輩はいつもこんな言い方する私にも優しい。ついでに先輩は誰とでも距離が近いのもあまりよろしくない……。
女の子にもモテるし、実際にこれまで何人も付き合ってきてる、って知ってたから。
「ほんと、みゆ、すごいよ」
「でも先輩のように勉強はできないですよ」
つっけんどんに返すと、先輩は笑った。
いつも私が不機嫌な声を出すたび、先輩はこうやって笑うのだ。
「勉強、教えてあげようか?」
突然、そんなことを言われて、先輩を見上げる。
先輩はにこりと笑ってこちらを見ていた。その顔に心臓が限界まで速く鳴る。
「結構です。先輩、受験だってあるのに」
「大丈夫だよ」
「でも、私立の最難関大受けるからって先生も勉強時間のこと気にしてましたよ」
「ダメな時は何やってもダメってこと。後輩に勉強教えるくらいでダメになるなら、俺の能力がそこまでってことなんだよ」
先輩は何気なくそんなことを言う。
なにそれ。先輩って、ずるい。人に期待させることばっか言う。
私は唇を噛むと、首を横に振った。
「でも、やっぱりいいです」
その時、先輩の足が止まった。私も驚いて足を止めると、もう自宅の前についていた。
(もう着いてたんだ……)
ありがとうございます、と頭を下げようとしたとき、
「みゆは……俺といたくないの?」
「え?」
何言ってんの……。訳が分からない。
そう思ったところで、先輩は恥ずかしそうに笑って、頭を掻く。
「ごめん。勉強見てあげるなんて、そもそも下心で言ったから」
「し、したごころ……って……」
「まだみゆには早いよね」
ふふ、と楽しそうに先輩が笑って、その笑みに目が離せなくなる。
確かに私にはよくわからない。でも、友だちにはキスとか、それ以上とか経験した子もいて、そういう類の話は時々耳には入っていた。
先輩は先輩で、もちろん今まで彼女もいただろうし、もうすでにすごく大人びて見えると言うことは、きっと色々経験しているのだろう。
頭の中がパニックになって泣きそうになっていると、先輩は私の頭を二度叩いた。
「ちゃんとカギ閉めなよ。父親、いつも遅いんでしょ」
そう言って、踵を返して帰っていった。
―――さっきのは一体、どういうこと?
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―――私が高校一年だった時。
「つぎー! 羽柴―!」
陸上部の先生の声が響いて、私は顔を上げずにその声を聞く。
羽柴とは、羽柴健人先輩のこと。
私の二個上で高校三年生の陸上部の先輩で、陸上部の部長だ。
同じクラスで、部活も一緒の友人が私の肩を叩いた。
「ねぇ、みゆ! 羽柴先輩が走るよ!」
「あぁ、うん」
できるだけ興味なさそうに返事をしてストレッチをやめて立ち上がる。すると女の先輩の目線がチラリと私の方を向いた。
もうすでに、現時点で、私に対する風当たりは強い。
それは、私が中学からもともと陸上部に所属していて、他の人より少し足が速いってことと、そして、もう一つ大きな要因は、みんなの王子様と帰り道が一緒ってことだ……。
でもとにかく、これ以上、みんなに嫌われたくない。特に女の子に。
そんなこと別にいい、と言う人もいるかもしれない。でも、私には、この小さなコミュニティが何より大事で……。
クラスの友達、部活の先輩・後輩、そんな人間関係が何より大事だった。
私には母親がいない。父も忙しくて、いつも時間を持て余していた。その分、なんだか、そういう一つひとつの小さなコミュニティでいられる平凡な毎日を、心の底から大切にしていたのだ。
みんなの王子様は、良くも悪くも、みんなの王子様。
私は手出しをするつもりは一切ない。
顔を上げると、周りには、陸上部に『先輩目当てで入ってきた』部員たち、そして、部員ではない女子の目線と歓声が場を埋め尽くしていた。
「相変わらず、すごい歓声だなぁ……」
そう呟いて周りを見渡す。私は誰にも気づかれないように小さなため息をついた。
なのに部活の帰り道になると、最後の曲がり角から、羽柴先輩と二人きり。
私は先輩と歩いているといつも落ち着かなかった。距離をとるために離れて歩いていても狭い歩道の中では限界がある。
「地区までタイム抜けたの3年ばっかだよ。まさか1年のみゆが抜けるとは驚いたな」
先輩は笑いながら言った。
当たり前だよ、もともと私は先輩目当てで入ったんじゃないもん。
私はできるだけ低い声で、
「走るのだけは昔から得意なので」
と答える。優しく答えて、周りに誤解を受けても大変だからいつでも口調は冷たくなった。
なのに、先輩はいつもこんな言い方する私にも優しい。ついでに先輩は誰とでも距離が近いのもあまりよろしくない……。
女の子にもモテるし、実際にこれまで何人も付き合ってきてる、って知ってたから。
「ほんと、みゆ、すごいよ」
「でも先輩のように勉強はできないですよ」
つっけんどんに返すと、先輩は笑った。
いつも私が不機嫌な声を出すたび、先輩はこうやって笑うのだ。
「勉強、教えてあげようか?」
突然、そんなことを言われて、先輩を見上げる。
先輩はにこりと笑ってこちらを見ていた。その顔に心臓が限界まで速く鳴る。
「結構です。先輩、受験だってあるのに」
「大丈夫だよ」
「でも、私立の最難関大受けるからって先生も勉強時間のこと気にしてましたよ」
「ダメな時は何やってもダメってこと。後輩に勉強教えるくらいでダメになるなら、俺の能力がそこまでってことなんだよ」
先輩は何気なくそんなことを言う。
なにそれ。先輩って、ずるい。人に期待させることばっか言う。
私は唇を噛むと、首を横に振った。
「でも、やっぱりいいです」
その時、先輩の足が止まった。私も驚いて足を止めると、もう自宅の前についていた。
(もう着いてたんだ……)
ありがとうございます、と頭を下げようとしたとき、
「みゆは……俺といたくないの?」
「え?」
何言ってんの……。訳が分からない。
そう思ったところで、先輩は恥ずかしそうに笑って、頭を掻く。
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「し、したごころ……って……」
「まだみゆには早いよね」
ふふ、と楽しそうに先輩が笑って、その笑みに目が離せなくなる。
確かに私にはよくわからない。でも、友だちにはキスとか、それ以上とか経験した子もいて、そういう類の話は時々耳には入っていた。
先輩は先輩で、もちろん今まで彼女もいただろうし、もうすでにすごく大人びて見えると言うことは、きっと色々経験しているのだろう。
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