羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。
1章:最悪な再会とあの日の続き(2)
その日、会社に行ってみると、私の平凡な毎日は一変していた。
「ちょ、みゆ! 大変!」
会社に着いたとたん、同期入社で、大学からの友人である深山成美が走ってきた。成美はおっとりしているので一緒にいて心地いいし癒される。
その成美が慌てているので、その様子に嫌な予感だけはする。
カバンも置けないでいるまま、どうしたの、と問うと、
「うち、なくなるらしいよ!」
と成美は続けた。
「まさか倒産!?」
たしかに業績はゆっくりと右肩下がりだった。総務は経理も行うからこそ知っている。
でも、つぶれるほど悪かったかと言えば、そんな風にも見えなかった。
どこの飲料メーカーもなかなかヒットを飛ばせない中、ある乳酸菌飲料の新商品の売り上げが伸びてきていたからだ。
「それが……倒産ではないみたい」
その時、窓側の部長席の方で笹井部長が、聞いてくれ、と手を叩いた。私たちはそちらに目を向ける。
すると笹井部長は息を吸って、はっきりと、
「うちが鳳凰グループに吸収されることが、今日発表される」
と言った。
「……はい?」
「つまりこれから、正確には来月から、鳳凰グループ・ホウオウの社員となる」
「鳳凰グループ?」
男性社員が嬉しそうに後ろ歓声を上げた。
「……鳳凰、グループ」
鳳凰グループと言えば、飲料メーカートップを走り続けている会社だ。
就職活動の時受けようかと思ったが、大手すぎるので絶対無理だろうと受験すらやめたのは6年前のこと。すっかり忘れていたが、そんなことをふと思い出した。
「鳳凰って、最大手じゃん! 給料も上がったりするのかな?」
成美は言う。すると笹井部長は、
「処遇については、本日より個々に鳳凰グループの人事部長と面談する。また、同時に依願退職も募るそうだ。吸収時の依願退職者の退職金は、既定の数倍を予定しているとのことだ」
と告げた。
それから部内は誰もが落ち着かなかった。
当たり前だ。依願退職を募ってて、面談ってことはクビになる可能性も高い。とくに私みたいな特に能力もない普通の平凡な社員は……。
私は悲壮な顔で成美を見た。
「成美、どうするの……?」
「まぁ、ホウオウに行けたら行けたで嬉しいけど、彼氏とも相談してみるよ」
あっけらかんと成美は笑う。「結婚も考えてたし、このタイミングでやめてもいいかなぁって。退職金多いみたいだし。どっちみち28で能力なしなんて、肩叩かれること必須でしょ」
「そんなぁ……!」
私は情けない声を上げて、床にずり落ちそうになった。
成美は大学から仲良くなったけど、就活も入社も、ずっと一緒だった。同期が辞めていった時も、成美は『私たちにはそんな根性ないよねー、平凡が一番!』と笑ってた。
なのにいつの間にか、成美は成美で自分の人生の方向を模索していたのだ。
それには、成美が長年付き合っている彼氏の存在も大きいかもしれない。成美は平凡に彼氏を作って平凡に結婚する、と豪語していた通り、結婚を約束した彼氏と、もう5年目のお付き合いをしている。
それを成美は『平凡』と言ったけど、私にとっては彼氏を作って、結婚まで意識するなんて絶対真似できないし、それって全然平凡ではないことなんだけど……。
だって恋愛なんて私には一生無理だ。私は恋愛不適合者。恋愛したら犯罪者になりかねない。きっと、恋愛してはいけない星のもとに生まれている。
だからこそ、この会社が大事だった。平凡に、普通に、平和に、いつもどおりの毎日を過ごさせてくれるこの会社が……。
私はくるりと笹井部長を振り返ると、
「部長は……部長はどうされるおつもりなんですか」
と聞く。
笹井部長は、私が入社した時からの上司だ。御年58歳。優しく、怒らず、誰にでも笑顔で接してくれて、『仏の笹井部長』とまで言われている上司。
私はもちろんそんな部長を尊敬しているし、信頼している。笹井部長がいたからこそ、こんな私でも、ここで平和に、平凡にやってこれたようなものだった。
しかし、部長は目をそらし歯切れ悪そうな声で、
「えっと……僕はほら、そもそも定年間近だったしね」
「まさか残らないんですか……?」
「まだ決めたわけじゃないから」
それは早期退職、もしくは他に行くかもしれない、という意味の言葉に聞こえた。
部長も、成美も、そして、会社までも全部変わる……。
私はその日、どうしていいかわからず、ただ茫然としていた。
「ちょ、みゆ! 大変!」
会社に着いたとたん、同期入社で、大学からの友人である深山成美が走ってきた。成美はおっとりしているので一緒にいて心地いいし癒される。
その成美が慌てているので、その様子に嫌な予感だけはする。
カバンも置けないでいるまま、どうしたの、と問うと、
「うち、なくなるらしいよ!」
と成美は続けた。
「まさか倒産!?」
たしかに業績はゆっくりと右肩下がりだった。総務は経理も行うからこそ知っている。
でも、つぶれるほど悪かったかと言えば、そんな風にも見えなかった。
どこの飲料メーカーもなかなかヒットを飛ばせない中、ある乳酸菌飲料の新商品の売り上げが伸びてきていたからだ。
「それが……倒産ではないみたい」
その時、窓側の部長席の方で笹井部長が、聞いてくれ、と手を叩いた。私たちはそちらに目を向ける。
すると笹井部長は息を吸って、はっきりと、
「うちが鳳凰グループに吸収されることが、今日発表される」
と言った。
「……はい?」
「つまりこれから、正確には来月から、鳳凰グループ・ホウオウの社員となる」
「鳳凰グループ?」
男性社員が嬉しそうに後ろ歓声を上げた。
「……鳳凰、グループ」
鳳凰グループと言えば、飲料メーカートップを走り続けている会社だ。
就職活動の時受けようかと思ったが、大手すぎるので絶対無理だろうと受験すらやめたのは6年前のこと。すっかり忘れていたが、そんなことをふと思い出した。
「鳳凰って、最大手じゃん! 給料も上がったりするのかな?」
成美は言う。すると笹井部長は、
「処遇については、本日より個々に鳳凰グループの人事部長と面談する。また、同時に依願退職も募るそうだ。吸収時の依願退職者の退職金は、既定の数倍を予定しているとのことだ」
と告げた。
それから部内は誰もが落ち着かなかった。
当たり前だ。依願退職を募ってて、面談ってことはクビになる可能性も高い。とくに私みたいな特に能力もない普通の平凡な社員は……。
私は悲壮な顔で成美を見た。
「成美、どうするの……?」
「まぁ、ホウオウに行けたら行けたで嬉しいけど、彼氏とも相談してみるよ」
あっけらかんと成美は笑う。「結婚も考えてたし、このタイミングでやめてもいいかなぁって。退職金多いみたいだし。どっちみち28で能力なしなんて、肩叩かれること必須でしょ」
「そんなぁ……!」
私は情けない声を上げて、床にずり落ちそうになった。
成美は大学から仲良くなったけど、就活も入社も、ずっと一緒だった。同期が辞めていった時も、成美は『私たちにはそんな根性ないよねー、平凡が一番!』と笑ってた。
なのにいつの間にか、成美は成美で自分の人生の方向を模索していたのだ。
それには、成美が長年付き合っている彼氏の存在も大きいかもしれない。成美は平凡に彼氏を作って平凡に結婚する、と豪語していた通り、結婚を約束した彼氏と、もう5年目のお付き合いをしている。
それを成美は『平凡』と言ったけど、私にとっては彼氏を作って、結婚まで意識するなんて絶対真似できないし、それって全然平凡ではないことなんだけど……。
だって恋愛なんて私には一生無理だ。私は恋愛不適合者。恋愛したら犯罪者になりかねない。きっと、恋愛してはいけない星のもとに生まれている。
だからこそ、この会社が大事だった。平凡に、普通に、平和に、いつもどおりの毎日を過ごさせてくれるこの会社が……。
私はくるりと笹井部長を振り返ると、
「部長は……部長はどうされるおつもりなんですか」
と聞く。
笹井部長は、私が入社した時からの上司だ。御年58歳。優しく、怒らず、誰にでも笑顔で接してくれて、『仏の笹井部長』とまで言われている上司。
私はもちろんそんな部長を尊敬しているし、信頼している。笹井部長がいたからこそ、こんな私でも、ここで平和に、平凡にやってこれたようなものだった。
しかし、部長は目をそらし歯切れ悪そうな声で、
「えっと……僕はほら、そもそも定年間近だったしね」
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それは早期退職、もしくは他に行くかもしれない、という意味の言葉に聞こえた。
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