名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

雨降って地固まる 7


「婚約のお祝いの言葉をもらいましたね」
 将嗣が出行ったドアを見つめ朝倉先生が呟いた。

「はい、私も幸せになれって言ってもらいました」

「幸せにしないと後が控えていると牽制されたようだ」

 やっぱり、さっきのやり取りにはそういう含みがあったんだ。あの緊張感は私の勘違いではなかったんだ。
 ふと視線を落とすと左手の薬指にはまったピンクダイヤモンドの婚約指輪が目に入った。
 
「あっ、翔也さん。お願いがあります。指輪を失くすといけないので預かって頂けますか」

「わかりました。婚約指輪は、退院するまでお預かりします」

 朝倉先生は、私の手を取り、指輪を外した。
 そして、薬指の指輪があった所にキスを落とし、艶のある瞳で私を見つめる。
 
「夏希さん、私は結構、焼きもち焼きなんですよ。覚えてくださいね」

 その、仕草と瞳にドキドキして言葉の深い意味を考える事なんて出来ない。   
 朝倉先生は、もう一度、薬指にキスをして微笑んだ。

「結婚指輪はどうしますか? 外商さんに来てもらいますか?」
 
 うわっ! 外商さんなんて発想ないわー。贅沢!
 そして、慣れない提案に戸惑っていると他の案を出してくれた。

「ネットのカタログで選んで、注文でも良いですよ」

「あ、それがいいです! ネットのカタログで一緒に選びましょう」

 うんうん、慣れない事はしないのが一番!
 良い選択が出来たと満足していると、朝倉先生が

「夏希さん、美優ちゃんの誕生日に入籍で良いですね」
 と言って、A4の封筒を取り出した。
 中からクリアファイルに入った白地に茶色のプリントがされた紙を渡された。
 婚姻届けだ……。

「これ……」

「本当は、二人で提出に行きたいところですが、来週の美優ちゃんの誕生日の頃、夏希さんは、まだ入院期間中なので、私が提出して来ます」

 ベッドに付属の可動式のテーブルの上に婚姻届けを広げ、ペンを持ち自分の名前を記入する。
 自分の名前なんて今までに何回、何百回、もしかして何万回と書いてきたのに緊張して手がブルブル震えて、大切な書類だというの汚い文字で名前を書いた。

「翔也さん、どうにか書けました」

 ホッとしながらペンを置くと印鑑を渡される。
 わざわざ印鑑を用意していた事に少し驚きながら、これまた、用意された朱肉に印鑑を押し付け、婚姻届けに捺印した。
 
 「よろしくお願いします」

 翔也さんに署名捺印が終わった婚姻届けを渡すと甘やかな微笑みを見せ、封筒に大切にしまい、私を見つめ、そっと囁く。

「3人で幸せになりましょう」



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