名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

労多くして功少なし 3

  
 お待たせしました。と湯気の立ち上ったラーメンどんぶりが目の前に置かれた。めんが覆い隠されるほど煮チャーシューが乗っている。トッピングされたネギからもまぶされたゴマ油の香りが食欲を増す。 

「すっごーい!」
「美味しそう」
 二人で歓喜の声を上げチャーシューを頬張るとフワッと柔らく程よい塩気がある。チャーシューの下から現れたスープは澄んでいてあっさり味。モチモチの太ちぢれ麵に程よくからむ。 

「ナニコレ、美味しい」
「うん、食べやすい。鶏だしであっさりなのにしっかりしている」

 夢中になって頬張りながら将嗣の事が気にかっかった。
 運転して疲れているのに気を使わせてしまって悪いなって……。早く食べて美優の子守を交代して将嗣にもご飯を食べてもらわないと、最近の将嗣は気を使い過ぎるぐらい気を使ってくれているのがわかる。それに対して私は返せるものが何もない。

 お会計をすまし、将嗣に電話を掛けるとラーメン屋の角を曲がった5軒目のパン屋さんにいると言うので紗月と向かう。
 街並みに合わせた木造に瓦屋根白いぬり壁に開口部が茶色の淵のガラス張りのパン屋さんが見えてきた。
 
「すみません」
 ドアを開けると焼きたてのパンの良い匂いが漂っていた。
 今、お腹いっぱいに食べて来たばかりだと言うのに目が欲しくなる。
 そして、何故かお店のレジカウンターの内側に将嗣と美優がいた。
「いらっしゃいませ」
 と将嗣が声を掛けてきた。
「何やってんの?」
「かわいいパン屋さんだよ」
 将嗣に抱かれた美優もご機嫌の様子で私を見つけてキャッキャッはしゃいでいる。
「なんで、そこに座っているの?」
「たまたま入ったら高校の時の友達がやっている店だったんだ」
 するとレジカウンター奥の暖簾がひらりと揺れて、
「マサくんごめんねー。ありがとう」とショートカットの女性が顔を出し「あら?」と私と紗月を見て驚いた顔をした。
「あ、こちら美優のママの夏希といとこの紗月さん」

「桐本絵里です。マサくんとは高校の部活が一緒だったんです。今日は久しぶりに会えてビックリしちゃいました」
と明るく微笑んでいたが、その目は笑っていない。
 私のことを上から下まで値踏みするように見ているのがわかった。
「軟式テニス部だったんです。マサくん人気があったんですよ」
 と将嗣に目くばせしながらクスクス笑う。
 将嗣はそれを躱すように視線を逸らす。
 その様子を見て、なんとなく、二人の関係を察した。
 胸の奥がチリッと痛む。
 

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