名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

無理が通れば道理が引っ込む 7

 
 この前まで田舎に行く事を強引に誘っていたのに 今、気を使った言い方をしているのは、私が結婚を前提とした付き合いをしている人がいると話したからだ。 

 将嗣が復縁を望んでくれたのにその気持ちに応える事も出来ず、美優の件では色々と誠意をもって対応してくれているのに、私は受け取るだけで何一つ返せていない。

 気掛かりはあるけれど、ここは一つ覚悟を決める。

「いとこの紗月も一緒で良ければ、将嗣の田舎に行ってもいいよ。週末絡めてくれると嬉しいな」

「俺もそんなに仕事休め無いから11月の連休とかどう?」

「来月の連休ね。紗月に聞いてみる」

 携帯電話のアプリを立ち上げ、紗月にラインを送ると、直ぐにOKの返信が来た。

「紗月OKだって」

「じゃあ、みんなで温泉だ!」

「うわっ! 将嗣、美女3人に囲まれて贅沢だ」

「ああ、本当に贅沢過ぎて、嬉しいよ」
 と、将嗣はふわりと笑った。
 
 将嗣と私は、美優の父親と母親として切れない縁が出来た。
 この先、美優が成人するまでは、少なくとも関係は続いて行く。
 微妙な距離感に緊張している自分。
 恋人でもない、友人でもない、家族でもない。でも、美優のパパとママの関係だ。

 私が朝倉先生と付き合い始めたように、この先、将嗣が誰かと付き合うこともあるはずだ。
 その時、私はどんな感情を持つのだろう。そんな事をふと思った。


 食事も終わり夜も更けて来たので、将嗣に車で家まで送ってもらう。短い距離のドライブ。窓の外は見慣れた街並みが流れていく。
  自宅アパート前に到着し、車から降り立つとマザースバックを肩から下げて、美優が座る反対側のドアに回った。

 美優の様子を伺うとチャイルドシートの上で気持ち良さそうにスヤスヤと眠っていた。「ふふ、可愛い」私が小さく呟くと将嗣も運転席から降りてその様子を見に来くる。二人並んで美優の寝顔を眺めた。可愛いらしい寝顔に見ているこちらの顔がほころんだ。

「今日は、ありがとう。また、今度」

「夏希、ありがとう。田舎行きもOKしてくれてウチの親も喜ぶよ」

 「うん、おやすみ」と言って顔を上げると将嗣の腕に抱きしめられ、頬と頬が触れる。

 ど、どうしたらいいんだろう……。
 戸惑いながらもドキンと心臓が跳ねる。

 将嗣が顔の角度をかえ唇がかすめた。でも、それ以上触れる事なく、将嗣は私から少し離れて「おやすみ」と微笑みを浮かべる。
 そして、美優をチャイルドシートから降ろし、軽く抱きしめてから私の腕に渡し、もう一度「おやすみ」と呟いた。

 将嗣は車に乗り込むと直ぐにエンジンを掛かけ、発進させた。段々とテールランプが小さくなってく、私は、そのランプを見つめながら少しの切なさを感じていた。
 
 玄関のドアを閉めると、ドッと疲れが押し寄せる。
 遊び疲れて眠った美優をベッドに寝かせ寝顔を眺めていると複雑な思いに駆られた。

 耳や目の部分が、父親である将嗣に似ている……。

 常識や血のつながりの大切さ。
 それに将嗣の過去の過ちを償うような対応、優しさ。
  
 美優の母親としてこの先どうしたらいいのか……。
 
 

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