名無しの(仮)ヒーロー
無理が通れば道理が引っ込む 5
チェストの上の写真立てに目をやると、そこには美優が産まれた時に病院で撮影したお守りにしている朝倉先生と私と美優三人で写っている写真がある。あの時の出会いからいつも困った時に助けてくれる朝倉先生。
憧れの人から好きな人になるまでは時間が掛からなかった。そして、想いが届いて恋人になった。写真立ての横に置いてある携帯電話を手に取り、その人の名前をタップする。
3回目のコール音の後、朝倉先生の声が聞こえた。
『夏希さん、どうしたの?』
「お忙しいのにすみません。翔也さんの声が聞きたくなって」
『私も夏希さんのことを考えていたんだ。声が聞けて嬉しいよ』
耳に優しい声が聞こえる。
それだけで、不安が消えて行く感じがした。
「翔也さん、私も声が聞けて嬉しい」
『仕事の区切りがついたら会ってくれるかな?』
「はい、私も会いたいです」
『寒くなってきたけど、美優ちゃん風邪を引いたりしていない? 困った事があったら無理しないで呼んで欲しい』
「美優も私も元気ですよ。翔也さんも無理しないでくださいね」
『ありがとう。誰かに心配してもらえるのは嬉しいね』
「そうですね。私も翔也さんに心配してもらえて嬉しいです」
他愛ない話をして電話を切るとさっきまで不安にだった気持ちが落ち着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
水曜日、将嗣が迎えに来て私と美優の三人で弁護士さんの事務所に到着する。
会議室のような小さな個室に通されソファーに腰を下ろし、弁護士さんと向かい合わせになると少し緊張した。
弁護士さんの説明によると認知届自体は母親の同意が無くても届けが提出できるそうだ。
その話を聞いて驚いた。世の中の色々なケースの中で勝手に提出する事もできるのは怖いことでは? 新たなトラブルが降りかかる可能性だってある。
取り敢えず円滑に話が進んだ自分のケースは幸せなんだろうなと思った。
勝手に提出できるという事は、私が同席しなくても認知届を提出する事ができるという事だ。同席したのは何故なんだろうと思っていると弁護士さんから書類を渡された。その書類には、毎月の養育費や将嗣に万が一の場合に相続権が発生するという内容が記載されている。
まさか、ここまでしてもらえるとは思っていなかったので驚いて、私は将嗣を見ると彼は、真剣な眼差しで私を見て頷いた。
将嗣に相談せずにシングルマザーになる事を決めた時点で何かしてもらおうとは思っていなかった。
勝手に産んで迷惑だと思う男性も多い中、誠意ある対応を見せられ、将嗣の美優に対しての想いの深さを感じ、サインする時に少し瞳が潤んだ。
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