名無しの(仮)ヒーロー
地獄で仏 2
電話が切れた後、出来れば取り繕って自分とか部屋とかをキレイにしたかったのに胸が痛いのと、熱が高くてフラフラするので、色んな事をあきらめて美優のそばでダラダラと横になる。
移る病気だったらどうしよう。とか、酷い病気で入院とかになったらどうしよう。とか、ネガティブ思考のスパイラルに入って行く。
シングルマザーは、柱が一本で子供を支えているから、柱が倒れると子供も共倒れになってしまう。
こういう時は、弱いなぁ。と、つくづく実感する。
親がいくら具合が悪くても乳幼児には関係の無い話で、ぼんやりとした頭で美優を見ていると椅子の足を掴んで立ち上がろうとしていた。
あっ!あぶない!!
私は、慌てて立ち上がり、間一髪、椅子と共に倒れそうになった美優を抑える。と、急に動いたせいか胸にズキンと痛みが走った。
つうっ!
その場にうずくまることしか出来ずにいた。
どんなに具合が悪くても寝ていることさえままならない。
この体調の悪さは、普通の風邪と違う感じがする。本当にマズイかも……。
” ピンポーン ”とチャイムが鳴った。
やっとの思いでインターフォンを取ると朝倉先生の声が聞こえた。
「谷野さん、朝倉です」
「はい」
壁を伝い玄関まで出ると朝倉先生が立っていた。
逆光で朝倉先生の背中から日の射す光景は、まさに神降臨!
尊い……。
朝倉先生の姿を見て、気が緩んだのか、フラッと目眩がした。
「谷野さん、私につかまって」
と、膝裏と背中を支えられ、持ちあがった。
ひゃー! お姫様だっこ! 死ぬ!
朝倉先生からウッディーな香りがして距離の近さを感じる。
ヤバイ熱がスゴイ上がっている気がする。
心拍数もドキドキと全速力走った後のようになっている。
病気とは違う意味で死ねます。
そんな、冗談では済まされないぐらい本当に具合が悪い。
この際だから” 無理を言っても病院に連れて行ってもらった方が良いのでは? ” という思いと “ イヤイヤいくらなんでも迷惑なんじゃない? ”と言う思いが過ぎる。
ベッドの上に降ろされ、朝倉先生の手がおでこに当てられた。
余計に熱が上がりそう。
「ずいぶんと熱が高いな、他に症状は? 咳が出るとか、喉が痛いとか」
「あの、お恥ずかしい話ですが、胸が張って痛いんです」
私が伝えると、朝倉先生は少し考えるような様子の後、電話を掛け始めた。
床の上で遊んでいた美優をヒョイと抱き上げ、あやしながら通話をしている。
尊い……。
朝倉先生ってば、なんで私が困っていると現れて助けてくれるんだろう。
こんなんで、好きになるのを止めるなんて無理だよ。
仕事相手の憧れの人からとっくに好きな人に変わっていた。
朝倉先生は、電話を掛け終わると私の方に向き直り、心配そうな顔をしながら声を掛けてくれる。
「今から出かけるから車のカギを貸して、それと、美優ちゃんの荷物ってどうしたらいいか教えてくれる?」
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