名無しの(仮)ヒーロー

海月三五

魚こころあれば水こころ 7

 
 将嗣の酷く落ち込んだ様子を見て、この後、自分の話をして大丈夫なのか心配になる。取り敢えず、慰めの言葉を掛ける事にした。

「人生色々あるけど、頑張る前に諦めて楽をしたら手に入る物も手にはいらなくなるんだよ。諦めないで頑張ってみれば?」

 将嗣は、一縷の望みを見つけたかのように私を見つめる。
「手遅れだとしても?」

「諦めたらそこで終わりだけど、諦め無かったら終わりじゃないんだと思う」

 と、言ったところで大人の話に水を差すように美優がぐずり出した。

「ごめんね。ちょっと待って」

 そろそろオムツも替えないといけないタイミングだったので、ソファーの上にバスタオルを敷いてオムツを変えた。

 それでもご機嫌が悪い、眠くなってきた様子でしきりに小さな手を口の周りに持って行きフニャフニャ言っている。

 こ、これは……。
 朝倉先生の前で授乳をした事が、デジャブのようによみがえる。
 元カレだからと言って一年半前に別れた人の前でおっぱいあげるって、どうなの?
 美優は、すでに限界を迎え私の胸に向かって顔を摺り寄せ、フギャフギャ言い始めた。

 ぐっ! さあ、覚悟を決めろ。

「ごめん、美優におっぱいあげていいかな?」

 あああぁあああー!(心の叫び)


 マザーズバックから除菌のオシボリウェッティ取り出し、肩からバスタオルを掛けて、将嗣に背中を向けた。
 意を決し胸を拭いて、美優におっぱいをあげ始める。

 何をどうしてこんな事になった?
 私は、また、やらかしている!
 この前、乳幼児健診で断乳の話が出ていたのを思い出した。
 コレは、絶対、断乳する!!
 私は、心に誓った。

「美優ちゃんって、生後何か月?」
 
「今、10か月だよ」
 
「なあ、その子のパパって?」

「えっ!」
 将嗣からの不意打ちともいえる質問に焦る。

「もしかして、俺?」

 いきなり核心をついてきたよ!

「あ、あの……」
 いざとなると言葉に詰まる。

「生後10か月、妊娠10か月で1年8か月。俺たちが別れたのは、1年半前、夏希の倫理観からしてその頃付き合っていたのは俺だけ、という事は、美優ちゃんの父親は俺ってことだと思うけど」

 と、私の背中に将嗣が話掛ける。
 それは、普段話をしている時と変わらぬトーンだった。

 さあ、私、覚悟を決めろ!
 

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