神島古物商店の恋愛事変~その溺愛は呪いのせいです~
解けた呪いと恋の行方(8)
「そういえば、例の簪って先輩が持っているんですか?」
裸でシーツに包まりながら、保科くんは私の背中に腕を回す。
あの簪は白無垢を着たときにつけて、着替えた際に鞄にしまったのだ。今は私の家に置いてある。
「まだ家にあるよ。店に持っていこうと思って、忘れてた」
「俺、見てみたいです。呪われていた張本人なのに、まだちゃんと見てないんですよね」
そういえば、保科くんが簪を見たのは呪われている間だけだ。欲しいと言っていたし、ちゃんと見せてあげたい。
「上品なべっ甲の簪だよ。店にもっていかなきゃだし、取ってくるよ」
私の着替えも無いし、店に行く前に一度家に帰らないと駄目だろう。こんなことなら、保科君の家から着替えを撤収しなければよかった。
「じゃあ俺、車だしますよ。先輩の家に寄ってから一緒に店に向かいましょう」
「一緒にかぁ」
「え、嫌なんですか?」
「嫌ってわけじゃないけど。店長に何言われるかなって思って」
上手くいって良かったとからかわれるだろうか。色々と発破をかけられたし、店長には改めてお礼を言わなければならないだろう。私がそんなことを考えていると、保科くんが軽く唇を尖らせた。
「先輩って、店長と仲いいですよね。浮気はダメですからね?」
「店長には色々と恩があるから。そういうのじゃないよ」
「でも、向こうはどう思っているか分からないじゃないですか」
もしかして、昨夜のことを気にしているのだろうか。
店長が私を口説くようなことを言ったのは、どう考えても保科くんを煽るためだ。
「店長は私に興味ないと思うよ?」
「先輩がそうやって無防備だから、よけいに俺が心配するんです。店長だって男なんですから、ちゃんと警戒してください」
「はいはい」
「家に誘われても行かないで下さいね?」
「行かないよ」
保科くんに妬いてもらえるのがこそばゆくて、私はくすくすと笑った。それをみて、もっと真剣に聞いて下さいと保科くんが怒る。
保科くんの記憶が無いって知ったときはどうなるかと思ったけれど、こうやってまた恋人になれて本当に良かった。保科くんの傍が心地よすぎて、もう彼のいない生活なんて考えられない。
「保科くん、大好き」
「……俺もです」
目の前の身体をぎゅっと強く抱きしめる。幸せで胸が満ち足りた気分だった。
早朝になって、着替えを取るために保科くんの車で私のマンションへと向かう。近くのパーキングに車を停めると、保科くんも一緒に私の部屋へと上る。エレベーターに乗り込んで、部屋の前に向かうとドアポストから茶色い封筒がはみ出していた。
「先輩、郵便が届いていますよ」
「なんだろう。ダイレクトメールかな?」
鍵をあけて部屋の中へと入り、ポストの郵便物を確認する。
「これ、こないだのブライダルサロンからだ」
保科くんと一緒にリビングに向かって封筒を開ける。そこには、担当してくれたプランナーさんから保科くんの体調を心配するような文面と、結婚式が中断されてしまったお詫びのカードが入っていた。
「お詫びなんていいのにね。むしろ、心配かけてしまってこっちが謝りたいくらい」
「あ、他にもなにか入ってますよ」
封筒からでてきたのは、さらに一回り小さい封筒だった。保科くんは小さな封筒を取り出すと、ゆっくり中を開く。封筒から出てきたのは、白無垢と袴を着た私と保科くんの写真だった。
「うわ、これ、式のときの写真だ!」
特に写真撮影をオプションでつけていなかったのだが、プランナーさんが気をつかって送ってくれたらしい。なんとなく気恥しいような気分でいると、保科くんが食い入るようにその写真を見つめていた。
「保科くん、どうしたの?」
「俺……この時、先輩の髪に簪をさしました?」
保科くんの言葉に心臓がドキリとする。
「まさか、思い出したの?」
「いえ。でも、知っている気がします。もう少しで思い出せそうな……」
保科くんは写真を見つめながら、記憶を辿るように写真に指を伸ばした。そうして、写真の中で私の髪に飾られた簪をなぞる。
「この簪……先輩、家にあるって言っていましたよね」
「あ、うん。こっちだよ!」
私は壁付けの棚から、簪の桐箱を取り出した。箱をローテーブルに置くと、手袋をはめてから蓋を開ける。取り出した簪はもう黒いモヤを放っていない。細工の美しい、綺麗なあめ色の簪だ。
「これが……すみません、少し触ります」
保科はそういうと、簪を手に取ってしげしげと眺めた。
「覚えています……思い、出しました。あの時、白無垢を着た先輩がとても綺麗で……先輩と式を挙げるはずなのに、なんだか自分が別人になったような不思議な感じがしたんです」
「その感じ、私もあったよ。自分が自分じゃないような、誰かの感情が自分の中に入ってるような不思議な感じ」
保科くんは頷いてから、記憶を再現するみたいに簪を私の髪に当てた。保科くんの手が髪に触れて、心音が早くなる。
「あなたと結婚できる日を、待ち望んでいました」
あの日をなぞるように、真剣な顔で私の目を覗き込んで保科くんがそう言った。
そうして保科くんは、そのまま私を強く抱きしめた。
「立花っ……! すみません、俺、大事なこと……全部忘れてしまっていて」
私を抱きしめる保科くんの腕が微かに震えている。あの日と同じように名前を呼ばれて、ぎゅっと心が苦しくなった。
「思い出したの?」
「はい……立花と式を挙げたことも、一緒に京都に行ったことも」
「全部?」
「はい、全部です」
私は保科くんの背に手を回して、ぎゅっとその身体を強く抱きしめた。仕方がないと思っていたけれど、やはりあの時間を忘れられたことは悲しかったのだ。
「不安にさせてすみません。呪いが解けたら改めて気持ちを伝えるって約束したのに。全部忘れてしまって……立花を傷つけましたよね」
「ううん、いいんだよ。だって、記憶がなくても保科くんは私を好きでいてくれた」
保科くんの言葉は本当だった。それに、ちゃんと私が好きだって伝えてくれた。覚えていなくても、ちゃんと約束を守ってくれたのだ。
「あらためて言わせてください。立花、好きです。俺の恋人になって下さい」
「もう、恋人だよ」
「知っています。……大好き」
保科くんの唇が降りてきて、私のそれと重なった。
何度も深く口づけあって、ようやく少し身体が離れる。
「写真を送ってくれたサロンに感謝ですね。これが無ければ、多分、思い出せなかった」
「そうだね。それだけに、大変な思いをさせて申し訳なかったかも」
挙式中に救急車を呼んだカップルなんて、きっと前代未聞だろう。しかもそれが偽の挙式だったって知ったら、プランナーさんは驚くに違いない。
「お詫びってわけじゃ無いですけど、本番もここでお願いします?」
「え、本番?」
「今すぐってわけにはいきませんが、いつか、偽物じゃない式を挙げましょう」
プロポーズめいた言葉を言われて、私は顔を赤くした。
言葉を返せない私をみて、保科くんは少しだけ気まずそうな顔をする。
「気が早すぎました?」
「ううん。今度は私、ドレスがいいな」
「覚えておきます。きっと俺、世界で一番幸せな花婿になれますよ」
その日を想像して、私はゆっくり首を振った。
「世界で一番は無理だよ」
「どうしてですか?」
「だって、もしそうなったら、世界で一番幸せなのは私のはずだもん」
からかうように私が言うと、保科くんは幸せそうに破顔した。
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